第46話―3 追撃
仲間の命が足止めにすらならない事実は、メフメト二世の心を打ちのめし、ダグラス大佐を絶望させるに十分なものだった。
損傷したとはいえ、重巡洋艦が身を犠牲にすればある程度時間が稼げる。
そうであれば、かつての日本の戦国武将島津氏が関ヶ原からの撤退に際して見せた捨てがまりが如く、損傷の重い重巡洋艦を犠牲にしながらゲートまでたどり着ける。
そんな計算があっさりと崩れ去ったのだ。
『ダグラス大佐……一木司令とグーシュ殿下に通信を繋いでください。残念な報告……いえ進言をしないといけません』
メフメト二世が言うと、ダグラス大佐は悔しそうな表情で首を横に振った。
『私が言う。……いや、全艦通信を繋いでおけ。これは全員が聞くべきだ。マンダレー、ノブナガに回線接続。艦隊内オープン回線で構わん』
ダグラス大佐が命じると、すぐさま残存艦隊内の人員、アンドロイド全てが参加する通信が開始された。
呼び出された胸部と頭部だけの一木と疲れた表情でノブナガの端末に抱き締められたグーシュがアンドロイド達の視界や艦のメインモニターに姿を現した。
『ダグラス大佐、どうした? 追っ手が迫っているとノブナガから聞いたが……』
一木が問うと、ダグラス大佐は全てを話し始めた。
会話に伴う僅かな感情表現すら惜しい程状況は切迫している。
「単刀直入に言います。これよりマンダレーとオダ・ノブナガ以外の全艦で追撃してくる敵を迎撃します。ですが追手が強すぎて残存戦力では足止めすらままなりません」
一木とグーシュがびくりと体を震わせた。
それを見たアンドロイド達も罪悪感からある者は天を仰ぎ、ある者は俯き歯を食いしばった。
『それなら……迎撃する意味なんてないじゃないか……』
一木が問うと、メフメト二世が口を開いた。
『重巡洋艦部隊指揮官のメフメト二世であります。一木司令……このような状況下で我らが戦わずして、どうして艦隊の名誉とアンドロイドの矜持を守れましょうか? 司令達が座上するオダ・ノブナガがゲートまでたどり着ける可能性が1%でもあるのならば、我らは挑まねばなりません』
『だが……』
メフメト二世に一木が反論しようとするが、それをグーシュが止めた。
彼らの名誉をないがしろにするな。
どの道降伏すれば火人連やカルナークはアンドロイドを許さず破壊されるし、残骸やデータも利用される。
そうなれば地球の利益を害する、それが彼らの矜持をどれほど傷付けるか考えてみるのだ。
それならばやれることを、やりたいようにさせてやるべきだ。
微かに聞こえる声がそう言っているのをアンドロイド達はかみしめる様に聞いていた。
一木が沈黙したのを確認したダグラス大佐が再び口を開いた。
『ついては迎撃が失敗した段階で敵に降伏する許可をもらいたい……。まことに情けない事だが、一木司令とグーシュ殿下の命を守るにはもうこれしか方法が無い……私が最後まで条件付けの交渉はするが……』
ダグラス大佐やメフメト二世が欲していたのはこれだった。
迎撃戦闘前にこの許可をもらい予め準備しておかなかれば、シャフリヤール戦同様の高速戦闘状態に移行した敵によって一気呵成にオダ・ノブナガまで撃破されかねない。
だからこそ、降伏許可をもらいメフメト二世達が全滅した段階で即座に降伏し、ダグラス大佐が最低限一木とグーシュの命の保証を得る。
そしてその後はマナ大尉以外のアンドロイドは自壊する。マナ大尉も、軍機に関するデータは予め削除しておく。
正真正銘、一木とグーシュの命だけしか残らない。
ダグラス大佐の胸中は後悔しかなかった。
ルーリアト統合体の勢力を削り、グーシュの政治力を保ち、現地友好勢力を温存し、残存艦隊と地上部隊を連れて悠々とワーヒド星系から撤退する。
そのつもりだったのに、全てが手からこぼれ落ちていった。
自分たちなら出来ると思っていた。
けっして高望みではなく、現実的かつ妥当な判断だと思って実行した撤退プランだった。
しかし結果はこのざまだ。
最終的に残ったのは不確かな一木とグーシュの命のみ。
『……っ……許可する』
一木が声を絞り出した。
『わらわの事は気にするな。存分にやれ』
グーシュが笑顔で言った。彼女にしては珍しく声が震えていた。
『メフメト……敵ハストゥール級が距離1万まで接近したと同時に重巡洋艦部隊は反転し敵を迎撃。モリオカ率いる警戒部隊は分散しつつ重巡洋艦部隊を突破したハストゥールを待ち伏せせよ』
軽巡洋艦モリオカと護衛艦ミケ二隻の役割は降伏を通達する数秒間を安全に確保するための保険だ。
とはいえ、その数秒間すらあのハストゥール相手では稼げるか怪しいが、出来る事は全てやらなければならない。
『……それでは一木司令、グーシュ殿下……行ってまいります。オダ・ノブナガ……お前は最後まで司令と殿下をお守りしろ……頼んだぞ』
『メフメト……みんな……シャーニナ』
オダ・ノブナガが泣きそうな声を上げる。
特に世話になっていたシャーニナを名残惜しそうに呼ぶ。
そんな幼い仲間をメフメト二世は優し気に見る。
(なあに大丈夫だ。俺たちにあの世などあるかはわからんが、お前もすぐにこっちに来るさ)
どの道敵がアンドロイドを捕虜にする事を拒むのであれば、オダ・ノブナガも自壊するしかないのだ。
一木がそれを拒めば話は別だろうが、その判断はメフメト二世が関与するものではない。
『メフメト、ハストゥールが後方に付けました。距離1万1000』
頼りになる副官の重巡洋艦アウンサンが報告する。
想定より足が遅い。
異世界派遣軍艦隊の加速が大したことないのを見て取って、速度など必要ないと高をくくっているのだろうか?
メフメト二世は黄金より貴重な敵の侮りに感謝しつつ、最後になるであろう部下達への命令を発するべく意識を後方に集中した。
1万900
1万800
1万700
1万600
1万500
1万400
1万300
1万200
1万100
速度を緩めずハストゥールは近づいてきた。
メフメト二世達の光学カメラで観測できるほどの距離だ。
神々しいまでに美しい銀色の輝き。
それが突き出される剣の様に突き進んでくる。
1万90
1万80
観測結果を見たメフメト二世……いや、異世界派遣軍艦隊全艦が訝しんだ。
1万75
1万74
1万80
1万100
ハストゥールの速度がみるみる緩んでいるのだ。艦隊との距離はとうとう広がり始めた。
思わず絶句するメフメト二世達は、急ぎダグラス大佐に通信を繋ぐ。
『…………』
しかし、彼女もモニターを凝視して固まるばかり。
遠距離から例の主砲による攻撃かと思いセンサー類の情報を確認するが、粒子反応の欠片すらない。
『メフメト!!! ハストゥール……停止しました! 完全に静止しています……距離1万2000……なおも距離拡大……』
『再加速、反物質推進0.5秒!』
アウンサンが珍しく感情を込めて叫ぶのを聞いたメフメト二世はすかさず再度の加速を命じた。
それでもハストゥールは動き出すことなく、彼我の距離はさらにどんどん開いていく。
張りつめていた空気が弛緩した頃には、艦隊は安全圏に到達していた。
『奇跡……なのか?』
『故障か何かしらんが……まずは第一関門突破だな』
一木とグーシュの声が沈黙した艦隊に響いた。
そう、超えるべき壁はまだある。
ハストゥールの謎の停止の理由を考える間もなく、標準艦によって包囲された空間湾曲ゲートを通り抜けなければならないのだ。
気味の悪い安堵感を抱き、艦隊は一路ゲートへと突き進んだ。
次回更新は2月22日の予定です。




