第45話―4 脱出
上半身だけとはいえ裸体を晒すクラレッタ大佐にどことなく居心地が悪くなり、一木はモノアイを逸らしながらさらに聞いた。
「……いや収容できないって……じゃあ、どうするんだ?」
『オダ・ノブナガとの合流20秒前!』
クラレッタ大佐が応えるよりも早くアウンから報告が入ると、クラレッタ大佐はニコリと一木に笑みを向けた。
『聞くより見ていただいた……いえ体験した頂いた方がはやいですわ。さあ、一木司令……グーシュ様……我慢してくださいまし』
いよいよ迫る合流に向け、とうとう保護マットだけではなくアンドロイド達が守ろうとするように一木とグーシュにしがみ付きだした。
それに加え、数体のアンドロイドは大きな工具の様な物を抱えて待機している。
その表情は、緊張しているのか非常に硬い。
ここに至って二人はオダ・ノブナガとの合流作業が一筋縄ではいかない荒事であることに気が付いたが、もはや喋れるような状況ではない。
グーシュに至っては保護マットどころか舌を噛まないようにとマウスピースまで噛まされているので、物理的に喋る事も出来ない。
『5秒前!』
「アウン、後部ハッチ開け!!!」
クラレッタ大佐が叫んだと同時に後部ハッチが解放される。
外気と共に飛び込んでくるのは、想像を超えて近くにいる全長400mの巨艦だった。
「「!!!!!!!」」
一木とグーシュが声にならない悲鳴を上げる中、オダ・ノブナガの前方上部の装甲の一部が勢いよく吹き飛んだ。
外部点検口と呼ばれる部位であり、非常時に搭乗者が脱出するための場所だ。
そのため、重巡洋艦のSAの意思でこのようにパージできるようになっているのだが、こんな高速航行中に行うのは異例だ。
力場で覆われているとはいえ空力特性が悪化するのだから当然であるし、そもそも敵に追われるような状況で装甲をパージする時点で得策とは言えない措置であることは言うまでも無い。
だが今回、これしか方法が無いという事情が全ての無茶無理を行う理由となっていた。
『外部点検口解放を確認!!!』
「突っ込みなさいませアウン!」
「嘘だろ」
小さな一木の呟きと共に無理に出していた最高速度をカタクラフトが緩めた。
次の瞬間には、驚くほど静かな音と共にカタクラフトがオダ・ノブナガ艦首に衝突した。
機体制御の専門アンドロイド、SAとしての性能を最大限発揮した結果だった。
「固定!」
だがまだ終わりではない。
クラレッタ大佐が叫ぶと同時に工具を手にしたアンドロイド達が走り出し、カタクラフトとオダ・ノブナガの点検口の触れている部分に人間の腕程の杭を打ち込んでいく。
実は非常時に艦艇にカタクラフトを乗せて大気圏を離脱するというのは想定されており、そう言った場合に艦艇の装甲部とカタクラフトを固定するための専用工具なのだ。
とはいえ、それはあくまでも静止状態の艦にカタクラフトで着陸しての話だ。
音速航行中の艦にぶつけた上で行う事では、当然無い。
「固定完了!」
アンドロイド達が叫ぶと同時に、一木とグーシュの固定が解かれていく。
「オダ・ノブナガハッチ解放! 一木司令とグーシュ様を急いで艦内へ!」
そこからはさながらプロの引っ越し業者の如し。
一木とグーシュはベルトと保護マットに挟まれた状態で、あっという間にオダ・ノブナガ艦内へと運び込まれた。
通路に飛び込み、ハッチが閉まった瞬間……さすがのクラレッタ大佐達SSも、緊張の糸が途切れたのか床に膝を付いた。
「なにゆっくりしてるんだ! すぐに再加速入るぞ! 敵を振り切って大気圏を離脱する!」
へたり込みかける面々に待っていたオダ・ノブナガの端末が叫ぶ。
そう、まだまだまだ終わりではない。
距離4000まで迫ったアウリン隊を振り切り、マッハ4まで加速して宇宙に逃れるという大作業が控えていた。
グーシュと一木の脳の限界を考慮して加速するが、それでも二人には8Gという恐るべき重力加速度が掛かる事になる。
急ぎ対Gカプセルへと収容する必要があった。
そうして慌ただしい移送の後、グーシュ達が艦内の対Gカプセルに入った。
その時点で予定時間0.8秒超過。
猶予は既になく、アウリン隊がすぐそこまで迫っている。
『ミサイル発射管スペースアロー装填! 敵編隊ロックオン……発射!!』
20発のスペースアローミサイルが後方のアウリン隊目掛けて発射される。
しかしオダ・ノブナガは命中の可否の確認はせず、その全てをミサイルのAIに一任する。
彼女が集中すべきはグーシュと一木を無事に宇宙に届ける事、それだけだからだ。
『グーシュ姉、どうか無事で……』
オダ・ノブナガは意を決してメインスラスターで反物質と水を対消滅させた。
まるで爆発したかのような猛烈な閃光が艦後方で巻き起こる。
そして恐るべきGがグーシュ達を押しつぶし始めると同時に、重巡洋艦オダ・ノブナガは猛烈な勢いで加速を始めた。
次回更新は2月9日の予定です。




