第45話―2 脱出
40mm弾が着弾し、悪鬼の如き形相で走るアウリン1の周囲に土煙があがった。
何ら装甲の無い彼女は、たとえ怒りに身を任せた無許可の追撃だろうと足を止めざるを得ない。
「ええい、煩わしい! お前だけは仕留める!!」
彼女がこうして追いかけているのは帝都城門付近で前線に支援攻撃をしていたアウリン1やアイアオ人部隊、2両しかないカルナーク軍虎の子の自走砲に対してジーク大佐が13mm機銃による銃撃を加えてきたからだ。
半ば嫌がらせの様な攻撃だったが、アイアオ人一人と自走砲の乗員二人が戦死する損害を受けていた。
どう考えても誘いだったが、数キロ先に見覚えのある強襲猟兵を見た瞬間、アウリン1は駆けていた。
それからは半ば無意識だった。
ただただ怒りに身を任せ、友軍からの通信も耳に入らない。
空を飛んでいる航空機も無視する。
ただただ、妨害の機関砲を驚異的な速度とステップで回避し、妹達を殺した強襲猟兵”三皇”を追いかける。
今はレーザー砲照射による疲労から休んでいる父上からの叱責だけは怖かったが、それよりも怒りが勝った。
「死ねえ!」
最後の推進用電力を目いっぱい吹かし、逃げる強襲猟兵の背中に向かって突っ込んでいく。
気が付いた強襲猟兵が前方に何かを投擲するような動作をするが、もはや小細工は無意味だ。
「地獄から私たちに詫び続けろ!!!」
叫びと共にエクスカリバー対艦刀を振り下ろすと、ワーヒド星系最後の強襲猟兵は頭頂部から股下まで、文字通り真っ二つになった。
※
40mm弾による支援攻撃をあっさりと回避しながら巨人の女が対艦刀を携えて走ってくるのを一木やグーシュを始めとするカタクラフトの面々は見ていた。
クラレッタ大佐はジーク大佐へと通信を繋げどうすればいいかと問いかけるが、現状の速度と高度を維持したまま後部ハッチを開けておいて欲しいと言うばかりだ。
『どうするつもりですのジーク!? あなた、一体何を……』
『……せめてシ……ル……だけ……も』
『通信状態が……それにねジーク、後部ハッチを開けるにはターレットを放棄しないといけないのですわ! そうすれば支援攻撃が……ああ、ちくしょう!!!』
やたらと通信状態の悪いジーク大佐からの返答は、緊迫した状態化にあって聞き取る事は困難だった。
それでも、せめてもと要求だけは満たすようにカタクラフトは動いていく。
「アウン、後部ターレットを投棄! 同時に後部ハッチを解放しなさいまし。その他の者は一木司令とグーシュ様……あと殺を床に固定しなさいまし!!!」
「く、クラレッタ大佐……ジーク大佐は何をするつもりなんだ?」
「あ奴の事だから考えはあるんだろうが……おい、なんでシートベルトだけじゃなくわらわの両手まで縛る!?」
「俺の大事な所まさぐるからだよ!」
わちゃわちゃと騒ぐ機内一同を一瞥したクラレッタ大佐は、それらを無視しつつ解放された後部ハッチ入り口に仁王立ちした。
解放されたハッチからルーリアトの少しじめじめとした、そして戦闘や爆発の影響で土埃と火薬の香りのする空気が入り込んでくる。
「……やっぱりあのお馬鹿……」
そしてクラレッタ大佐は見た。
今まさにアウリンに背後から迫られ、両断される寸前の妹を。
その妹が、速度が落ちるのもいとわず何かを投擲するように腕を大きく振りかぶっているのを。
「全員衝撃に備えてくださいまし!!!」
叫ぶと同時にクラレッタ大佐は腰を落として両手を大きく広げた。
そして、ジーク大佐が何かをカタクラフト目掛けて投げつけてきた。
『兄さん……頼むよ』
カタクラフトのスピーカーからジーク大佐の声が聞こえる。
同時に、強襲猟兵によって投擲された何かが勢いよくカタクラフト機内に飛び込んで来た。
凄まじい衝撃が機体を揺らし、一木とグーシュから悲鳴が上がる。
しかし、重心を低くして必殺の力場まで用いたクラレッタ大佐によってそれは受け止められた。
衝撃でクラレッタ大佐の上半身の衣服がボロボロになっている辺り、もし受け止められなければ機体が危うかったかもしれない程だ。
「ジーク!」
「ジーク大佐!」
衝撃から立ち直ったその時、機内の面々は慌ててジーク大佐の方を見た。
だがその時にはもう、強襲猟兵”三皇”は真っ二つになっていた。
機体のバッテリーが衝撃で誘爆したのか、次の瞬間には機体は爆発する。
「あ、ああ……」
「そんな……」
呻く一木とグーシュをよそに、クラレッタ大佐はカタクラフトのアウンに命令を下す。
「ハッチ閉じろ。オダ・ノブナガとの合流地点へ全速前進。予定は?」
『8秒の猶予をちょうど使い切りました。シビアですが、いけます』
アウンの返答を聞いた後、クラレッタ大佐は両手と力場で抱き留めた物体を見つめた。
それは、アンドロイドのコアユニットだった。
衝撃により休眠状態にあるが、確かに機能は生きている。
無線接続してみる。
すると、それはジーク大佐が命がけで残した大切な妹の……シャルル大佐のコアユニットだった。
『ジーク……ん? これは……あっ』
クラレッタ大佐がさらに走査すると、さらに驚くべき事実が分かった。
そのコアユニットは確かにシャルル大佐のものだったが、非常用として記憶データが収められている最重要パーツであるメインチップは、ジーク大佐のものだった。
コアユニットが無いジーク大佐とメインチップが無いシャルル大佐。
両者とも多少の記憶やデータの欠如はあるだろうが、十分復元可能なはずだ。
「皆様方ー! ジークが、シャルルが!!!」
らしからぬ歓喜交じりの擦れた声で、クラレッタ大佐はこの喜ばしい報告を機内で叫んだ。
こうして、歓声に沸くカタクラフトはいよいよオダ・ノブナガとの合流ポイントへと迫っていた。
航空部隊を撃滅したアウリン達に追撃される、重巡洋艦オダ・ノブナガが向かう、その場所へ……。
次回更新は2月5日の予定です。




