第45話―1 脱出
一方帝城を飛び立ったカタクラフト機内では、緊張が続いていた。
いつハン少尉の機動ユニットの追撃や騎士長の粒子ビームが飛んでくるか気が気でなかったからだ。
『……粒子反応及びレーダー反応なし……追撃は無いようです』
塔を監視していたSAのアウンがアナウンスするとようやく機内に弛緩した空気が流れた。
と、同時に大きな泣き声が上がった。
マナ大尉だ。
「ひ、弘和君……う、うわああああああああ」
上半身だけになり、数名の歩兵型アンドロイドに抱えられている一木にマナ大尉は抱き着いた。
一木はしばらく沈黙していたが、しばらくするとモノアイが静かに動き、気まずそうに喋りだす。
「……すまない、みんな……だが、俺は」
「謝罪はいい一木」
ピシャリと一木の言葉を遮ったのはグーシュだった。
彼女は疲れ切った様子でボロボロのアンドロイド達を眺め、少し迷った後に下半身だけになり座り込む殺大佐の隣に自身も座った。
そして太ももを撫でまわしながら喋り出した。
「……こんなでも感覚はあるんだからセクハラやめろよー」
カタクラフトのスピーカーから殺大佐の抗議が響く。
上半身が無いのでカタクラフトのスピーカーに接続しているのだ。
「今湿っぽい話は聞きたくない……今はただ、お前がジンライ・ハナコを足止めしてくれたから脱出出来た。そう言う事でいいだろう」
殺大佐の抗議を無視しながらグーシュは言い切った。
殺大佐のスカートの中に入り込もうとした手は、流石にクラレッタ大佐が手を掴み阻止していた。
「グーシュ様の言う通りですわ……クソ迷惑野郎と正直思ってはいますが、今は言いません」
「……ごめん」
「それよりも……」
謝罪し、マナ大尉にあちこちキスされる一木をよそに、クラレッタ大佐は手を掴んでいるグーシュを見つめた。
「なぜ先ほどあの老騎士の言う事をあっさりと信じたのですか? もしジンライ・ハナコを解放したあと向こうが約束を反故にすれば、今頃私たちは全滅ですわ」
「いや、騎士が剣を投げ捨ててまで言ったんだから嘘はつかんだろ。それにクラレッタ大佐、あなたあそこに残るつもりだっただろう? それは嫌だったからな」
即答だった。
あまりにも真っすぐな物言いと眼だったので、クラレッタ大佐はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「……グーシュ様。理由は分かりましたが、どうか今後は私達の事よりもご自身の確実な生還をご優先くださいまし」
「そりゃあそうするが……いや、今回もそのつもりだったんだがな」
グーシュは憮然として言った。
グーシュとしては他人……それもああいった武人のような人間は一際見極めやすく、信用がおける。ただそれだけだったのだが、アンドロイド達には合理性の無い突拍子も無い行為に見えたのだ。
と、そこでようやくマナ大尉のキス攻撃から解放され、アンドロイド達に床にベルトで固定された一木が口を開いた。
「……それでこの機はどこに向かうんだ? 揚陸艦はいつ来る? それに地上の残存部隊は……すまないが内蔵コンピューターがイカレてしまって状況が分からん」
一木のあまりにも明後日な言葉にグーシュ達は顔を歪めた。
とはいえ仕方がない事ではある。
あのRONINNのサイボーグと戦闘素人の一木が戦っていたのだ。
ましてやコンピューターによる補正やネットワーク機能が無ければ、状況把握など出来ようはずもない。
「この機はこれから帝都郊外のオダ・ノブナガとの合流地点まで向かいますわ。合流が予定されていた揚陸艦ムーンは触雷して沈みました……残存部隊は……殿として全て残していきます」
「そんな!!??」
一木が声を荒げ、モノアイがぐるぐると回りだした。
だがクラレッタ大佐はにべもない。
「仕方がないしょう……ムーンを失った我々に残された脱出手段は高速推進するオダ・ノブナガによる大気圏離脱しかありませんわ。そして、もう合流予定時間まで残された時はほんの僅か……今更悠長に残存部隊を回収するなど出来るはずがありません」
呆然とした一木は首を回転させて背後のキャノピーから地上を見た。
未だ最終防衛圏を中心に激戦が続く帝都を。
しかも、彼女達は単に防衛し足止めするだけではない。
カタクラフトを狙おうとする部隊や対空装備を備えた敵を倒すため、特攻同然の攻撃を仕掛け、一木を助けようと奮戦しているのだ。
顔を正面に戻した一木は、機内にいる顔ぶれを眺めた。
「せめて……せめて……ジーク大佐……シャルル! ああ、救護所にいたニャル中佐も……み、ミルシャさんはどうしたんだ!? あの子も足止めしてるんなら助けないと……」
「ミルシャは死んだよ。立派な最期だった」
グーシュが言い切ると、一木のモノアイから光が消えた。
「一木司令……我々が提案し、あなたが決断し、皆で奮戦した結果がこれでございます。どうか、どうか……これを受け入れて、そして誇ってください。わたくしたちの精一杯を……」
「そんな……俺の、俺のせいだ……グーシュ、みんな……すまない……本当に、ごめんなさい……ごめんなさい」
クラレッタ大佐の言葉を聞いて、とうとう一木のスピーカーから嗚咽が漏れだした。
それを聞いて、マナ大尉はおろか歩兵型や殺大佐、クラレッタ大佐までが俯き、泣き始めた。
「……湿っぽいなー。これから無事に脱出できるとも限らんのに」
ポツリと呟くグーシュは、不意にキャノピーから地上を眺めた。
「ん? おいアウン……左側の地上を走査してみろ。あれ……強襲猟兵じゃないか?」
そして、見つけた。
目標地点に向けて全速力で飛行するカタクラフトを追いかけるように、全速力で走る一機の両手の長い強襲猟兵を。
『機種確認……強襲猟兵”三皇”です! ジーク大佐及び個体不明のシグナルも確認!』
アウンが報告を上げると、機内はにわかに活気づいた。
慌ててクラレッタ大佐がジーク大佐へと通信を試みると、意を決したように顔を上げる。
「一木司令……オダ・ノブナガとのランデブーまでにある8秒の猶予を頂いてもよろしいでしょうか? ジークが高度を下げ、ハッチを開ける事を求めていますわ」
一木の嗚咽は既に止んでいた。
クラレッタ大佐への返答は即座に行われた。
「許可する! アウン、急いでくれ!」
カタクラフトは機首を傾けて地上へと高度を下げた。
無論、カタクラフトに強襲猟兵をこの状況で輸送することは出来ない。
しかし、そんな事は誰もが百も承知だった。
それでも、残った貴重な仲間が求めるのならば、それを行わずにはいられなかった。
ジーク大佐がそれを求め、それに理由があるならやらない理由は無い。
『……! ジーク大佐の後方に敵機! 生身のアウリン……数1!』
だが、そんな希望を打ち砕かんとする脅威がまじかに迫っていた。
血の涙をつぶれた目から流す隻眼の巨人。
アウリン1がジーク大佐目掛けて疾走してきた。
「足止めですわ! アウン、全力射撃。目標アウリン!」
クラレッタ大佐の命令と共に後部ターレットの40mm連装機関砲が火を噴いた。
明日も更新します。




