第44話―2 決着その四 一木弘和と神来華子
戦闘開始と同時に一木が放ったサブマシンガンによる射撃の内一発を、ジンライ・ハナコはあっさりと被弾した。
通常の彼女なら容易く回避して、一気に一木との距離を詰める事が出来たはずである。
それが射撃のタイミングを分かっていたのにも関わらず走り出す事が出来ず、胸元に被弾した一発によろめいてからようやく駆け出すありさまだった。
「あ、足が……」
サイボーグになって以来、始めて彼女は疲労感を覚えていた。
無論、そのような感覚は火星のサイボーグには存在しない。
本来ならば損傷とは無縁の筈のフルオリハルコン製のボディが最終兵装の起動とハイタによる攻撃のダメージによって機能不全を起こしているのだ。
それは瞬く間に脳内をエラーメッセージが埋め尽くし、危険だからと禁止されていたアラームの全解除を行わざるを得ない程だった。
さらに、ようやく駆け出した速度も絶望する程だった。
なにせ一木の素人射撃に捉えられているのだ。
速度もだが、射線をズラす為のステップも浅く、遅く、稚拙だった。
そうしてどうすることも出来ず再び被弾した彼女は、悪手と分かりつつ距離を取るしかない。
腕に残っていたアンカーランチャーを射出。
部屋の端へと打ち込み一気にワイヤーを巻き取り跳躍する。
ようやく打ち切った弾を、一木がノロノロとマガジンチェンジする間も彼女はろくな行動をとる事が出来なかった。
「……罠……じゃないな。ハイタのお陰で、随分消耗している」
一木はマガジンチェンジしたサブマシンガンを構えつつ、距離を取ったジンライ・ハナコに対してこめかみの位置に据え付けられた散弾を射出した。
距離があるだけあって効果は薄いが、牽制にはなる。
ジンライ・ハナコはまたもや一木から見てもゆったりとした動きで走り出し、射撃を警戒するように距離を取り続ける。
勝ててしまうかもしれない。
一木弘和は場違いな感情を抱いた。
この状況は彼にとって非常に予想外であり、内心困惑していた。
なぜなら彼にとって今のこの状況とは……。
「ジンライ少佐! どうした……俺を殺すんじゃないのか!? 君の憎悪をぶつけてくれ……そうして俺を……俺をシキの所に行かせてくれよ!!!」
手の込んだ身勝手な自殺だったからだ。
ジンライ・ハナコの憎悪を一身に受けて解消を目指し、あわよくば相打ちとなりつつ自分はシキの元へと旅立つ。
それが彼の思惑だった。
だが想定外のジンライ・ハナコの弱体化により、戦闘は奇妙な膠着状態となりつつ拮抗した。
即ち火力に優れジンライ・ハナコを寄せ付けないが決定打の無い一木と、攻撃をかろうじで回避できるが唯一の武器である折れた対人刀を叩きこむ方法が無いジンライ・ハナコ。
このグダついた流れの中、奇妙な対話が始まるのは戦闘開始から数分後の事だった。
「勝手な事を……死にたいのなら勝手に死ね!」
「駄目だ、それじゃあ君は憎悪をアンドロイド達にぶつけるだろう」
「当たり前だ! 地球を支配する機械を倒さない限り我々人類には未来は無い……それが何で分からん!」
「アンドロイド達に罪は無い……ナンバーズの支配は不幸な事もあるけれど、それでも今の人類は道足りて幸せなはずだ! 君たちこそ無意味な対立を続けて、揚げ句シキや君の恋人の様な不幸を生み続けているじゃないか!」
「シュシュを殺したお前がそれを言うか!」
サブマシンガン、頭部10ゲージ近接散弾銃による射撃と回避行動。
これらの合間に挟まれる対話はやがて、激昂を含むものへと変わっていき……。
やがて当然の帰結として一木弘和のサブマシンガンと近接散弾銃の弾薬は付きた。
ジンライ・ハナコが怒りと共にアンカーランチャーを一木に向けて放ったのはその時だった。
「くっ……!」
弾切れに一瞬気を取られた一木はそれに対応できなかった。
最後の武器である高周波ブレードを持った右腕にアンカーランチャーが深々と突き刺さる。
「もう武器はあるまい!」
ジンライ・ハナコが勢いよく左腕のアンカーランチャーを巻き取ると、凄まじい速度で一木に一直線に飛んでいく。
狼狽えた一木は急いで高周波ブレードを左手に持ち替えようとするが、アンカーを撃ち込まれた右腕は思う様に動かない。
一木のモノアイが激しく明滅し、揺れ動く中……とうとうジンライ・ハナコが目前まで近づいた。
「シュシュの痛み思い知れ!」
折れた対人刀をジンライ・ハナコが構える。
「うわあ」
それに対する一木の反応は間の抜けた声と同時にくり出された蹴りだった。
ただの蹴りではない。
ジンライ・ハナコの下半身を蹴りつぶす事を狙った、玉座の間の床が砕け散る程の凄まじい蹴りだ。
透き通るようなとろりとした白色の高級石材の床が砕け、粉塵と破片が舞い散る。
当たればばRONINNのサイボーグであろうと破損待ったなしの一撃……死を感じた一木がとっさに身体のリミッターを解除したことによる、脚部の破損を代償にした高威力だ。
それも、あたりさえすればだが……。
床の破損により粉塵舞う中、一木の視界が何かに覆われる。
何事か分からない一木に対して、その覆った張本人のジンライ・ハナコが冷たく、それでいて愉悦に染まった声で告げる。
「終わりだ一木弘和」
空中に飛び上がり蹴りを回避したジンライ・ハナコが、一気に飛び掛かり一木の首に両足で組み付いていた。
彼の視界を覆ったのはジンライ・ハナコの腹部だったのだ。
そして、彼女は既に一木の首の付け根部分の隙間に対人刀を突き入れていた。
その押し込んだ位置は一木の脳が格納された部位だ。
いくつかのケーブル類が切断され、一木の視界は埋め尽くさんばかりのエラーメッセージで埋まった。
「……あの世で……シュロー・シュウに詫びろ。その後で機械人形といくらでも仲良くすればいい!」
ジンライ・ハナコは達成感と慈愛に満ちた声で告げた。
復讐を終えた者特有の余裕が込められていた。
次回更新は1月24日の予定です。




