第42話―1 休戦終了
「正門付近に敵が集結してる……」
ジーク大佐は帝都郊外……からも若干離れた場所で市街に集まる七惑星連合軍を偵察していた。
すでに満身創痍。
出来る事と言えば応急修理の結果全速の八割ほどの速度で走る事と、最後に残った武装……こめかみの辺りに設置された13mm機関銃での銃撃しかない。
だが、それでも偵察ぐらいは出来るとの判断だったが……。
「アイアオ人一個連隊に火人連の機械化大隊とRONINNの指揮官……数は定数より少し少ないかな? それにカルナーク陸軍が師団規模……こっちもだいぶ損耗してる……」
主力を成すのはこの三者だが、どの部隊もそれなりに損耗しているため市街戦となれば待ち受ける異世界派遣軍の方がやや有利の筈だ。
アイアオ人部隊も最大の脅威であった遠距離狙撃が市街地で標的を誘導する前線部隊が居なくなったことで困難になり、その脅威度は大幅に減じている。
「厄介なのは……」
ジーク大佐は光学カメラを最大望遠にした。
三十分で最低限の休息と補給を行った七惑星連合軍の陣営にあって、まるで避けるかのようにぽっかりと開けた空間があった。
ベルフ人のゴッジ将軍とその隣に立つアウリン1。
そしてその足元に立つ百名ほどの新たなる異形。
ぱっと見甲冑を着込んだ人間の集団に見えるそれは、最大望遠で観測するとそうでは無い事が分かる。
まず、手足の数だ。
多少のばらつきはあるが、脚部が四つの者や手が六本の者など、人間では到底あり得ない数を有している者が大半を占めている。
さらにその細さは異常なほどで、おおよそ人間が着込めるような代物ではない。
直観的にその見た目を表するならば、直立歩行の昆虫人間、といったところだろうか?
残念ながら、有名な特撮ヒーローのような親しみやすさは微塵もないが……。
そして肝心な点だが、二足歩行の昆虫のような異形の兵器などジーク大佐の持つデータには存在しなかった。
「……あのゴッジ将軍だかと一緒にいるってことはあいつらも古代文明の生き残りかな? ん?」
その時ジーク大佐のセンサーが動きを捉えた。
一台の車両、火人連の軍用車が走ってくるのを捉えたのだ。
数瞬の後そのことに七惑星連合軍も気が付き、そして陣営が湧きかえる。
そして車両に乗っている人物を見たジーク大佐は絶句した。
「草原の老騎士!? 監視してた筈じゃ……」
44師団の主力を単身撃滅した老人が助手席に座っているのを確認したジーク大佐は思わず天を仰いだ。
これの意味するところは二つ。
一つは単純な戦力増。
そしてもう一つは監視ドローンの運用や異常発生時の通知も出来ない程軌道上の艦隊が追い込まれているという事実。
「いよいよかな……休戦もすぐに切れるし……ねえシャルル、最後はどうしようか?」
ジーク大佐は手の平にある僅かばかりの残骸に視線を向けた。
全部持ち帰れと言われたシャルル大佐の残骸だったが、斧と大口径弾で粉々になったそれを全て集める事はこの短時間では出来ず、必要なものだけを集めるのが精いっぱいだったのだ。
無論返事の音声は無い。
だがジーク大佐は小さく頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
覚悟を決め、歩み出そうとしたその時……。
艦隊指揮を行うダグラス大佐から量子通信が入った。
その情報を確認し、ジーク大佐は歩みを止めた。
そして手の中のシャルル大佐をもう一度眺めた。
「……シャルル。どうやらまだ出来る事があるみたいだ……」
そう呟くと強襲猟兵はいずこかへと駆けだした。
※
『オダ・ノブナガ降下準備完了。いつでもいけるぞ!』
威勢のいい重巡オダ・ノブナガからの通信が艦隊に響き渡った。
ダグラス大佐はそれを聞くと、軽巡マンダレーの方に視線を向ける。
「…………計算完了。オダ・ノブナガの降下予定時刻まであと900秒です。それまでに敵艦隊を……現在本艦がいる位置まで進ませ、その後に敵艦隊を突破。オダ・ノブナガがワーヒド大気圏内を飛行し一木司令達を回収して……」
「軌道まで上がってくるまでに今敵艦隊がいる位置まで前進しなければ作戦は失敗、というわけか」
マンダレーの計算結果はかなりシビアなものだった。
敵をワザと勢いづかせた上で突破し、規定時間までに前進しなければならない。
無論、背後を突かれない程度に打撃を与えた上でだ。
当初は敵艦隊を単純に押し返してオダ・ノブナガの帰還空域を確保する計画だったのだが、それは困難だった。
敵艦隊が陣形を構築している前でノコノコオダ・ノブナガを大気圏内に降下させては、こちらの意図が丸わかりだ。
そうなれば降下中のオダ・ノブナガへの砲撃や、最悪アウリン隊を追撃に向かわせる可能性もある。
故に、このタイミングも戦力的にもシビアな作戦しか道は無い。
『なあにダグラス大佐……俺たちに任せとけ』
表情を歪めるダグラス大佐にメフメト二世が自信に満ち溢れた声を掛けた。
『大佐はあくまでもマンダレーと直掩艦隊を指揮してノブナガを回収してくれればいい。戦闘は俺たち重巡部隊でやる』
この困難な作戦に際し、ダグラス大佐はこのメフメト二世に進言を受け入れ指揮を二分することとしたのだ。
指揮権の分割は通常なら悪手だが、ダグラス大佐は賭けたのだ。
ベテランの重巡洋艦の手腕に……。
「任せた……メフメト二世……」
『おうさ! いくぞ英雄ども、一木司令とグーシュ殿下の生死が掛かってる……異世界派遣軍の重巡洋艦魂を見せてやれ!』
『『『『おう!』』』』
勇ましい声が響く。
それを聞いたメフメト二世は副官の重巡アウンサンに命じて陣形変更を行わせる。
建造したてのオダ・ノブナガ以外の艦が滑らかに動き、ほんの数十秒で壁のように薄く展開する陣形が構築された。
火力を無駄なく発揮できるが、もし突破されれば後は無い危険な……七惑星連合軍にとっては魅力ある陣形だった。
『オダ・ノブナガ降下開始まであと830秒。休戦終了まであと20秒です』
重巡アウンサンから報告が入り、メフメト二世は笑みを浮かべた。
その光学カメラには、火星艦隊が一斉に噴射炎を上げて突っ込んでくるのが見て取れた。
その先鋒は防護艦を盾にするように突き進んでくるアウリン三個中隊28機。
後方には統制艦を中心に投射艦が古代のファランクスさながらにハリネズミの様な突撃陣形を組んでいる。
こちらの防護陣形を見て一気に帝都軌道を確保しようと欲をかいたのだ。
『全艦休戦終了と同時に敵最先鋒に集中砲撃!』
休戦終了のカウントダウンが進む中、メフメト二世は指揮刀のヤタガンを敵に向けた。
セテワヨ
オダ・ノブナガ
アウンサン
ペク・ソンヨプ
ヴォー・グエン・ザップ
クリス・カイル
ローザ・シャーニナ
クレイグ・ハリソン
バーナード・モントゴメリー
張良
タタンカ・イヨタケ
ジョアシャン・ミュラ
スパルタクス
アドルフ・ガーランド
十五隻の重巡洋艦が艦首粒子ビーム砲をヤタガンの先へと向け、同軸レーザー砲が発光を始める。
ワーヒド星域会戦最後の艦隊戦が始まろうとしていた。
あけましておめでとうございます。
クライマックスに向け頑張っていきますので、本年も宜しくお願い致します。
次回更新は1月7日の予定です。




