インタールード09 前潟美羽の決着
「踏み込みなさい」
地球連邦日本自治国岩手県遠野市。
かつては……一木が生きている頃は民話の里と呼ばれたこの地は、巨大な複合都市に居住機能が集約された現在ではアンドロイドが管理する広大な自然保護区が広がる無人区画となっていた。
とはいえただ原野が広がっているわけでは無い。
自然保護区とは言え、それぞれの土地地域にあった環境が整備される規定のため、日本においてはアンドロイドが管理する田園風景や里山が広がっているのだ。
前潟美羽が大隊規模の部隊を引き連れてきたのもそんなアンドロイド運営集落の一つであり、観光目的の滞在も受け入れている場所の様だ。
「……ま、だからこそあのバカもこんな所に来たんでしょうけど……」
そう呟き、前潟美羽は部下のSSが突入した茅葺き屋根の民家を眺めた。
この集落は隠れるという点においてはある程度有効な場所だが、一度見つけてしまえばどうという事は無い。
事実管理アンドロイドは逃げ込んだ人物を隠すどころが、事前連絡を入れると独自に退避する始末。
前潟美羽が命令を受けて捜索していた人物……前潟一郎上院議員は議会で与党の政策を批判するのには長けていたが、指名手配から逃げるという点においては優秀とは言い難かったのだ。
事実、茅葺き屋根の家からほんの十数秒ほどの物音が響いた後で、SSに拘束された人影が連れ出されてきた。
前潟一郎その人だった。
じたばたと暴れ、アンドロイドへの暴言を吐き続けている。
「話せ塵ども! 私を誰だと……お、おおおおお! 美羽じゃないか! まさかお前が指揮官か!? 早くこいつらに命令して解放しろ!!」
「……はぁ」
テンプレートのようなセリフを吐く父親に、前潟美羽はため息をついた。
数年ぶりの再会だが、憎悪や侮蔑以外の感情が浮かんでこない。
わざと足音を立てて近づくと、前潟美羽は両手を後ろに組み、胸を反らして拘束された父を見下ろした。
「美羽……なんだその態度は!? それが……」
「勘違いしてもらっては困るのだけど……私はあなたを捉えるために来たの。見逃すためじゃない……売国奴め」
そもそも勘違いするような要素など存在しない……日常の態度から今こうして部隊を率いてきた点まで、一体何をどう楽観的に考えればそんな事が思えたのだろうか。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ父を前に、前潟美羽の心は急速に冷めていった。
恨み深い父親をこうして反逆者として拘束すれば気持ちも晴れるのかと思ったのだが……。
「くそーーー! そもそも私は何もしてない……それを政府の薄汚い連中が陥れたのだ! だいたい美羽……」
「……見逃してあげてもいいわ」
「……おお!」
ぼそりと呟くと、父が見る間に表情を明るく変える。
反対に、すわ連邦政府に対する反逆かと部下のアンドロイド達の雰囲気が一変する。
「大丈夫よ」
そんな正直なアンドロイド達の事が大好きな前潟美羽は、ニッコリとほほ笑みながらアンドロイドを軽く手で制した。
そして、笑顔のまま父に向き直る。
正直諦めている事だが、今聞かなくてはならない事がある。
「母さんはどこなの?」
「は?」
前潟一郎が呆けたように呟く。
「クソヒステリーの本当の母親じゃなくて、私の本当の……あんたが私にくれたたった一つの真っ当なモノ……あんたのパートナーアンドロイドのリョウコはどこにいったの?」
ヒステリーの激しい母親が死んだ後、海外を議員活動で飛び回る父親が行政に言われてしぶしぶ美羽の養育のため取得したパートナーアンドロイドがリョウコだ。
前潟美羽が唯一実の母と思っていた存在だが、前潟一郎が日本を活動拠点としたときに異世界派遣軍の航宙艦SAとして寄付され、美羽はそれ以来会っていない。
美羽が異世界派遣軍入りを目指し、こうして入隊した第一の動機でもあった存在だが、個人情報と軍事機密の壁がその行方を阻み続けていた……のだが。
「なんだ、お前そんな事を未だに気にしていたのか。子供のお前にはさすがに悪いかと思って隠したが、あいつなら北米の反アンドロイド組織が集会でデモンストレーションに使う個体を欲しがっていたからな、伝手を使って……」
ゴスっ。
一切悪びれずにべらべらと喋る前潟一郎の顔面を、美羽は右手で力一杯殴りつけた。
宇宙艦船勤務の師団長とは言え、軍人として鍛えられた美羽の拳をまともに受けた前潟一郎は顎が外れ、開きっぱなしの口から唾液をだらだらと垂れ流しながら気絶する。
「……やっぱりね。コネまで使っても見つからないなんて、おかしいと……」
涙がこぼれないように空を仰ぐと、人間が住まない地域だけあって素晴らしい星空が広がっていた。
今まさに月周回軌道に設定された地球絶対防衛線付近で火星宇宙軍と地球連邦宇宙軍が激戦を広げている事を知らなければ最高の光景だ。
「連れていけ……ごめんね疑わせて」
部下達に命令すると、歩兵達が前潟一郎をキルゴアヘリに連行していく。
連行する以外の歩兵達は、美羽の辛そうな顔と発言を聞いたからか心配そうに美羽の周囲に集まってきた。
(このままだと励まそうとして集団で抱き着いてきて団子にされる……)
装備含めると体重九十キロ近いアンドロイド達に団子にされては堪らないので、美羽はキルゴアに全員戻り、五分ほど待機するように命じる。
ハグし損ねた事を残念そうにしながら、アンドロイド達はぞろぞろとヘリに乗っていった。
「……少し……少しだけ一人でいさせて……」
誰にでもなく呟く。
「そうもいかんのや」
端末から聞こえてきた唐突な関西弁に思わず飛びのく。
親友で同僚の王松園からの通信だった。
中国の有名な資産家の長男坊だったにも関わらず、男の娘タイプのパートナーアンドロイドが欲しくて跡継ぎの地位を捨てて移住してきたという変わり者だ(中国では背徳的なパートナーアンドロイドのデザインは禁止されている)。
「びっくりした……な、なによ?」
いつものクールキャラの演技も出来ない程狼狽した美羽は、そのことをからかわれるかと思いドキドキしながら言った。
だが、携帯端末から聞こえてきた声はそんな日常的な事は言ってくれなかった。
「悪い知らせと悪い知らせがある」
「……いいから言って」
美羽の方もさすがに察してツッコミ待ちのような言葉にも何も言わずに促す。
王は小さく深呼吸すると意を決したように話し出す。
「まず一つや……ついさっき上田の携帯端末に一木はんからメールが届いた」
美羽の顔が一瞬輝き、次いで曇った。
一木が連絡をくれた事は嬉しいが、なぜ上田拓だけなのだ、という不満からだ。
だが、次いで聞こえてきた言葉が美羽の感情を吹き飛ばした。
「内容は、遺書や。シキの後釜に貰ったマナっていうPAを貰ってくれっちゅう内容や。どうもな、一木はんのいる星系がいよいよアカンらしい」
内容を聞いた瞬間美羽はもう駆け出していた。
無論行先はキルゴアの中だ。
飛び乗ると同時に命令を下す。
「急ぎ離陸せよ! 行先は複合都市盛岡に駐機中の軽巡ビクトリア! 連絡を入れて搭乗後軌道上まで……」
「落ち着かんかい! そんなこったろうと思っとったが……何する気や? ワーヒドまでビクトリアで行くわけじゃなし……」
「もちろんそのつもりよ! ビクトリアに載せられるだけ歩兵を乗せて一木を助けに……」
声に狂気が籠っていた。
王は今度は大きく息を吸い込むと、本題を告げる。
「色々言いたいことはあるが、それは根本的に不可能や」
「ああ?」
ガラの悪いドスの利いた声で美羽は王を脅すように言ったが、携帯端末の向こうの王は数秒沈黙した。
そして、美羽がしびれを切らす寸前で告げる。
「さっき連絡が入った。月周回軌道にて連邦宇宙軍は敗北、火星宇宙軍の絶対防衛圏侵入を許したそうや」
さすがの美羽も絶句し、狂気も薄まる。
月周回軌道内に侵入されては、当然ながら月軌道にあるエデンへのゲートを通る事は出来ない。
「銀色の新型戦艦と人型機動兵器を主力とする艦隊は一路地球へ向かっとる……もうじきここは戦場や」
王の言葉に美羽の頭はすっかり冷えていた。
今や、遺書を送ってきた一木に美羽の方が遺書を書かなければならない立場なのだ。
再び見上げた星空は、妙に恐ろしく見えた。
今年最後の更新となります。
所用にて時間が取れず番外編ですいません。
次回更新は1月4日の予定です。
皆さま良いお年を。




