第41話―5 休戦
軌道潜伏機雷。
火星宇宙軍が開発した軌道機雷と呼ばれる兵器の最新……いや最終モデルである。
そもそも軌道機雷がどういう兵器かと言うと、惑星の衛星軌道上に散布して制天権を取らせないようにする一種の妨害兵器であり、ある程度のステルス性能を持ったうえで敵の艦艇が接近すると内部に格納されたミサイルやレーザー砲などで攻撃、ないし自身が丸ごと突っ込んで自爆するという兵器だ。
地球連邦軍でも一時期は配備されていた兵器だが、基本的にこの兵器は軌道を封鎖するためのものであり、軌道上に戦力を展開して制圧するのが主眼の地球連邦軍では廃れた兵器である(データは取ってあるのですぐに再生産は可能)。
そう、この兵器はあくまでも劣勢な空間戦力しか持たない軍が用いるものであり、その点で火星宇宙軍にはうってつけの兵器だったのだ。
が、物事上手くはいかないものである。
一時期の火星宇宙軍は艦隊を縮小してこの種の兵器に傾倒する程だったが、当然のごとく地球連邦軍はそれに対する対抗策を構築。
護衛戦隊による掃軌戦を想定した対応策を構築し、一時期機雷軍と化した火星宇宙軍の目論見をアッと今に打ち砕いた。
そんな過去の僅かばかりの機雷栄光の時代を取り戻すべく作られたのが軌道潜伏機雷である。
とはいえコンセプトは単純なもので、ステルス性能を極限まで高めた機雷である。
機雷の脅威を取り戻すならば掃軌させなければいい。
掃機させないのならば見つからなければいいという単純な思考の元作られたこの兵器は、散布した側ですら場所が分からないという驚くべき性能を発揮。
これさえ大量散布できれば火星は無敵であるという開発者の発言が飛び出す程だった。
しかし、そう。
何事も上手くはいかないものである。
この兵器には欠点があった。
ステルス性能の代償として、内蔵兵器も自力での推進能力も失ってしまったのである。
あるのは敵と直接接触しての自爆能力のみ。
さらに言うと、これ二発で統制艦が一隻作れるという劣悪なコストパフォーマンスまでをも兼ね備えていた。
この欠点に加え七惑星連合結成によって艦隊戦力の重要性が高まったことがこの兵器のとどめとなった。
結局従来型の機雷を妨害兵器として継続採用することが極まるのと同時にこの兵器は製造中止が決定。
たった二機の試作が今回こうして持ち込まれ、在庫処分のようにワーヒド軌道にバラまかれた、という流れである。
だが、世の中何があるか分からないもの。
この在庫処分品によって、異世界派遣軍は今会戦シャフリヤール撃沈に次ぐ大損害を受ける事となったのである……。
※
「……掃機は十分だったのか?」
爆散した揚陸艦ルナの破片がワーヒドの大気圏で燃えながら落ちるのを見てダグラス大佐は軽巡マンダレーに尋ねた。
「護衛戦隊に命じて行ってはいましたが、状況が状況ですので……」
「……まあ、それはいい。今論じても仕方がないからな……しかし、どうする」
休戦が切れるまでしばらくある。
敵艦隊に動きは未だ無いが、地球連邦軍で損失艦……それも揚陸艦という艦種からどういった事態に陥っているか把握はしているはずだ。
「カタクラフト単体で脱出させようとしても、それを読んでいる敵はカタクラフトの迎撃を狙って火力を集中してくる……地上部隊やアウリンも同様だろう……マンダレー、軽巡や護衛艦ならどうだ?」
大気圏内に降下できるのは何も揚陸艦だけではない。
軽巡洋艦や護衛艦のような小型艦も降りる事は出来るのだ。
だが、その問いに対してマンダレーは首を横に振った。
「揚陸艦と違って軽巡洋艦や護衛艦の推力では……。力場を航行状態に移行してから加速して上昇するので、下手をするとカタクラフト以上に時間がかかります。いくら装甲があるとは言ってもとても軌道上まで持ちません」
ダグラス大佐は天井を仰いだ。
本来要人や人員輸送に用いるシャトルもあるが、それの離発着には滑走路が必要だ。
当然だが、帝都周辺にそんな場所は存在しない。
思考の迷路に囚われるダグラス大佐。
一木達が脱出できなければ、人間を見捨てる判断が出来ないアンドロイドの彼女達はここで死ぬまで戦うしか道は無くなる。死ぬこと自体はそこまで苦ではない。ただ、人間を助けられずに死ぬことがダグラス大佐に深い苦悩をもたらしていた。
……とはいえ実のところ、一木がマナ大尉に部隊指揮権を一時的に委譲しているのでマナ大尉の判断があれば脱出は不可能ではない。
混乱から脱した地上のクラレッタ大佐達から連絡が行けば、その点だけダグラス大佐の苦悩は緩和される事になる。
なる、が……どの道一木とグーシュを見捨てて逃げたという苦しみが彼女らを襲う事にはなるのだが……。
そんな最中だった。
「ワシが行く!」
マンダレーの指揮所に声が響いた。
ダグラス大佐がモニターに顔を向けると、腕組みして口をへの字口に曲げた少女の顔が映し出された。
重巡洋艦オダ・ノブナガだった。
そう、重巡洋艦である。
一応大気圏内に降りる事が出来るが、マスドライバーのような打ち上げ施設が無ければ大気圏突破は出来ない大型艦である。
ダグラス大佐は若干の苛つきを抑えながら口を開いた。
「……ありがたい言葉だがノブナガ……重巡洋艦では軌道に戻って……」
「出来る!」
ダグラス大佐の声を遮ってオダ・ノブナガが言い切った。
ダグラス大佐も思わず気圧されるほどの迫力があった。
「大気圏内で静止、ないし低速になれば戻ってこれない……だが、降下時の速度をある程度維持したまま止まらずに航行。カタクラフトを空中でキャッチしてそのまま再加速すれば計算上は軌道上まで戻ってこられる。もはやグーシュ姉と一木司令を助けるにはこれしかない!」
「ノブナガ……だが」
ダグラス大佐は否定の言葉を発しようとした。
カタクラフトを高速で空中収容など出来るのか?
再加速時のGに生身のグーシュが耐えられるのか?
地上で高速航行すれば再度軌道上に来たときは帝都上空からズレる事になり、今定点防衛している場所から残存艦隊は今敵が陣取っている付近まで前進する必要がある……そんな事が可能だと……。
ダグラス大佐はそれらの言葉を音声には出さず、指揮下の艦艇たちに投げかけた。
数秒の沈黙。
そして答えが通信で返ってくる。
『『『不可能ではない。つまり、やれば出来る』』』
数えられる程になった艦艇SA達がニヤリと不敵に笑みを浮かべた。
『俺たちは無敵の049艦隊!』
『ちまちました防衛線には飽き飽きしてたんですよ』
『水雷戦隊の栄光をお見せしますよ』
『ノッブが啖呵きったんなら、私達ベテランがくよくよしてらんないでしょ』
『ダグラス大佐、どもみち指をくわえてたらお終いなんだ。やってみましょうぜ』
「ダグラス大佐……」
最後にマンダレーが振り返り名を呼ぶ。
それに対し、ダグラス大佐はさらに数秒程沈黙したのち、静かにサングラスを外した。
「……ノブナガ、一木司令達を任せたぞ。陣メフメト二世、重巡洋艦は任せた。私はルートを再計算のち地上部隊に作戦及び予定ルートを通知する。お前ら、049艦隊の維持を見せろ! 絶対に一木司令とグーシュ殿下を助け出すぞ!」
『おう!!!!!』
ミユキ大佐の死以来となる、艦隊の心が一つとなった瞬間だった。
明日も更新します。




