第41話―4 休戦
「命拾いしたな」
そんな捨て台詞一つ残して巨大装備を展開しかけていたハン少尉と、クラレッタ大佐と打ち合っていたヴァルマ大尉は撤退していった。
ヴァルマ大尉の方は仕留められたのではないか、と殺大佐は思ったが、クラレッタ大佐によるといい所五分五分。しかもハン少尉同様切り札を持っているようだったので、むしろこの停戦はありがたいというのが実情だという事だ。
「……あー、猫と合体してこのざまとは……」
「仕方がないですわ。それはそうと、あとで殺と猫に人格分けますからね」
「「そんなー」」
そんな有様のクラレッタ大佐と殺大佐は愚痴と反省と今後の入り混じった会話をしつつ、急ぎ帝城のカタクラフトの元へと向かっていった。
無論、途中で残存部隊を糾合して帝城周辺に最終防衛ラインを作らせるのも忘れない。
さらにそれだけではない。
休戦終了後にやってくるだろう大気圏内に降下済みのアウリンやカタクラフトを狙う敵の対空砲火。
そういったものへの対処のためにも、かなりの数の部隊に命令を下し配置しなければならない。
「……しかし犠牲が多いですわね。せめて特務課の連中は連れて行きたかったですが……」
「さっきの二人に加えてジークが遭遇したゴッジ将軍に……アウリン1とかいう奴もまだいるんだろ? あと連隊規模のアイアオ人に、カルナーク、火星陸軍の混成部隊……こんなもんだろ」
事ここに至り、クラレッタ大佐は自分たち以外の大半のアンドロイドを捨てる事を半ば決めていた。
ダグラス大佐には最大限撤退させると言ってはいるが、ゲート方面の状況を考えると厳しいと言わざるを得ない。
自分達だけ助かるのに随分と非情に見えるが、感情制御システムによって管理された状態のアンドロイドというのはこのようにドライな面が強調されるものだ。
「ま、そこらへん嘆くのは脱出してからにしよう兄さん。全員脱出とか言って一木や自分たちも脱出に失敗したら目も当てられない」
「まったくですわね」
そう言って二人は笑い合う。
反物質弾が幾度も爆発した影響で通信が不安定になり、特に参謀型がいない帝都方面の状況が分かりづらくなっている状況だが、帝都への襲撃者ジンライ・ハナコやシュシュリャリャヨイが帝都内の部隊からの報告によって帝城周辺の部隊の壊滅と引き換えに撃退したという報告を受けた事が笑みを浮かべる余裕となっていた。
そして、郊外で戦闘していたジーク大佐も残骸となったシャルル大佐を連れて期間途中との連絡が来ている。
そう。
つまり、甚大な犠牲を払いつつも事実上地球連邦軍は目標をほぼ達成することに成功したのだ。
あとは既にカタクラフトの前で待っている一木とグーシュ、ミルシャと合流した上でカタクラフトを離陸させ、数分後にはやってくる揚陸艦ルナに移乗。
軌道上へと上がれば後は艦隊の仕事となる。
「ジークが二便以降というのだけが不安ですわ……いえ、艦隊がゲートまで行けるかも不安ですが……」
「それは言ってもしょうがないよ。あー、けれどもこれ以上姉妹が減るのはキツイ……」
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
クラレッタ大佐達の雑談を遮ったのはマナ大尉の泣き叫ぶ声だった。
何事かと思いクラレッタ大佐達が残りの会談を駆け上ると、床に突っ伏したマナ大尉にズタボロのグーシュが寄り添って何か話しかけている。
だが、マナ大尉は泣くばかりで碌に会話になっていない。
と、階段を昇ってきたクラレッタ大佐と殺大佐に気が付いたグーシュが疲れ切った顔を上げ立ち上がると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おお、おお! 二人とも無事だったか……よかった、よかった……」
いつもの威厳が薄れ、芝居がかった余裕が全くないままグーシュはクラレッタ大佐と殺大佐に抱き着いた。
弱弱しい力で、それでいて指が真っ赤になる程力一杯に二人に抱き着く。
「殿下ご無事で……ミル……いえ……よくぞ」
クラレッタ大佐は一瞬ここにいないミルシャの事を尋ねようとしたが、すぐに言うのを止めた。
RONINNのサイボーグと魔法使い相手に戦ったのだ。犠牲がアンドロイドだけという事も無い。
参謀型一体とSSとSLの混成部隊で犠牲一人ならば、むしろ僥倖と言えた。
だが、クラレッタ大佐の余裕もここまでだった。
もっともいなくてはならない人物がいないのだ。
「一木司令はどこです……」
血の無い身にも関わらず、クラレッタ大佐は血の気が引く思いで問うた。
だが、泣き叫ぶマナ大尉を見れば察しは着く……いや、見てすぐについて然るべき立った。
機械にあるまじきことだが、やはり過酷な連戦と姉妹の死が精神的に負担となり思考力が鈍っているのだ。
だが、マナ大尉の言葉は予想外のものだった。
「ひ、ひろっひ……ひろかずくんがあ……じぶんは、のご、残るから……私達だけで先に、いけ、てぇぇ」
「……」
「…………は?」
唖然とするクラレッタ大佐と殺大佐。
死んだわけでは無い。無いのだが……この状況下で自らの意思で残る。
「マナ大尉……詳しく……」
殺大佐がマナ大尉をゆすり問いかける。
しかし言葉にならず、埒が明かない。
仕方なくと言った様子で殺大佐の乳に顔をうずめていたグーシュが口を開く。
「なんでもやる事がある、のだそうだ。それで泣くマナ大尉に自分だけカタクラフトに行くように命じると、どこかへ行ってしまったそうだ」
「なんという……クソ迷惑な馬鹿野郎……ですわ」
ストレートなクラレッタ大佐の罵倒。
しかし、この場にいる面々に共通した偽らざる本音でもあった。
「……どうするクラレッタ……一木を探して……」
「そんな暇はありませんわ。一旦グーシュ殿下をカタクラフトに載せて揚陸艦に移乗して頂き、その間に捜索……」
「それじゃあ揚陸艦が軌道上に着くまでに休戦が切れるぞ。殿下が乗ったら揚陸艦は一度軌道上に……」
一木の思わぬ暴走が招いた黄金よりも貴重な休戦時間を用いた議論。
だが、この贅沢な時間を許さぬ絶望が彼女達を照らすこととなった。
カタクラフトを……いや、帝都全体を突如としてまばゆい光が覆ったのだ。
「え……」
「ふぇ……」
「何事だ」
「そん、な……」
見上げて彼女らが見たのは空に浮かぶ巨大な火の玉……。
それが何なのか疑問を浮かべる間もなく、アンドロイド達には艦隊から情報が伝達される。
そして、彼女達の顔色がみるみるうちに悪くなっていく。
それを見たグーシュは、人間のための感情表現とは言えこういう時は機械らしく飄々としてほしい、という的外れな感想を抱き、殺大佐の胸を揉んだ。
「ムーンが……機雷で……爆散?」
揚陸艦ムーン、火星宇宙軍軌道潜伏機雷によって爆散。
この時点を以て、地球連邦軍の地上にいる部隊は脱出手段を事実上喪失した。
次回更新は12月26日の予定です。




