第41話―3 休戦
「敵艦隊停止しました。有効射程ギリギリの位置です」
「……動きは逐一報告。ゲートの要塞化とポリーナの補給整備急がせて」
オペレーターのSLからの報告を受けたアセナ大佐が疲れた様子で答え、防衛艦隊臨時旗艦にしている軌空母ジブリールのブリッジにあるキャプテンシートをギシリと揺らした。
本来なら地上部隊の指揮を師団長が執り行うための場所だが、空間戦闘専用の指揮所などこの艦には無いので仕方がない。
そして空間戦闘用の指揮所がある艦を後方で遊ばせる余裕などないので、自然と戦闘能力のない軌道空母ジブリールが旗艦となっている。
「いやアセナたい……いえゲート防衛艦隊司令……私とアズラエルは後方に下げてくれないのですか?」
陰気な紫色の髪の女、ジブリールのSAが何回目か分からない言葉を発する。
ベルフ族のゴッジ将軍とかいう化け物と交渉してからだけでも三回目だ。
いい加減しつこいので若干苛つきながらアセナ大佐は答えた。
「くどいわよ。ポリーナが予定通りにいけばよかったんだけど……見なさいアレを」
アセナ大佐大佐が指さすモニターには、80隻ほどの火星宇宙軍の標準艦が艦列を作っていた。
ポリーナ大佐によるアステロイドベルトでのゲリラ戦を潜り抜けてきた艦隊だ。
これにさらに40隻ほどが月軌道から向かってきている。
元が300隻ほどだった事を考えれば漸減は成功したとも言えるが、ゲート周辺にいる地球連邦軍の防衛艦隊の大半が対艦戦闘には不向きな護衛艦である事を考えれば状況はかなり厳しい。
貴重なまともに対艦戦闘を行えるのはゲートを固着する施設に備え付けられた自衛装備と警務課に所属する三隻の重巡洋艦パーゴ、モーガン、ロロネーのみ。しかもこの三隻は艦船の拿捕を主任務とするため主砲が粒子ビーム砲から800mm低電圧電磁投射砲というネットや粘着弾のような非破壊兵器を主に射出する装備に換装されていた。
敵の標準艦が概ね重巡洋艦と同格という事を考えればあまりにも過酷な状況と言えた。
「この状況下で唯一の勝ち目がポリーナ、そしてあなた達よ。ポリーナの遊撃と貴重な軌道空母と軌道コントロール艦を囮にして敵の動きを制御しつつ護衛艦とゲートの自衛火器で耐え凌ぐ……」
幾度目かの説明に対して、ジブリールは同じように囮は嫌だとピーピー泣き出した。
アセナ大佐はジブリールの音域をシャットダウンすると、改めて彼我の戦力差を見直す。
「……停戦で時間は稼げたからゲートの火器を増強出来たし、ポリーナも万全になった。けど、相手もこのままだと集結が間に合ってしまう……停戦案、微妙な所ね」
見た目と違い、あのゴッジ将軍とかいう化け物は知恵が回った。
アウリン1の救援にかこつけて地球連邦軍が断れないのを分かりつつ、ギリギリで七惑星連合が得をするような三十分の停戦案という微細な毒の入った飴を寄こしたのだ。
「そして案の定飢餓状態の私達はそれを口にせざるを得ない……」
アセナ大佐は絶望的な様子で月の向こう側にあるであろうワーヒドの方を見た。
「……ダグラス……早く一木達を回収してちょうだい……」
※
「水雷戦隊はほぼ壊滅……残存は軽巡2、駆逐艦6」
「軽巡は本艦の直掩に付ける。駆逐艦は補給と整備を急がせろ! 以後は増強駆逐隊として旗艦脇にて待機だ」
ワーヒドの軌道上。
帝都の直上では、ダグラス大佐が旗艦マンダレーで艦隊を必死に再編している最中だった。
だが、ほぼすべての艦が損傷を受けているこの状況では並大抵の苦労ではない。
「護衛艦は比較的善戦していますが、それでもやはりアウリン相手は厳しいようです。損失艦は少ないですが、全ての艦が小破以上の判定を受けています」
「機動力を保った艦は全てそのままアウリン隊にぶつけろ。残りは旗艦直掩だ。重巡洋艦は?」
「全艦健在です。最優先で補給を受けさせています……ですが……」
オペレーターが言い淀む。
ダグラス大佐は唇を噛んだ。
分かってはいたが、どうやらもう全ての艦を満足に補給させる事すら出来ないらしい。
「出来る限りで構わない。それよりも……ムーンはどうだ?」
ダグラス大佐はワーヒド星系に最後に残った揚陸艦の名を口にした。
ルニ子爵領の領民を軌道上で輸送艦に移乗させた後、この艦は星系脱出の総仕上げになる作戦のためにこうして待機していたのだ。
「補給も整備も完璧です。このまま帝城の真上まで降下させられます」
このムーンこそが一木達地上部隊脱出のための切り札だった。
鈍重なカタクラフトでは大量に人員を乗せて脱出するにはあまりにも厳しいこの状況……。
平時のようにノタノタ軌道上まで飛んでいたのでは、敵艦隊のいい的だ。
だが揚陸艦ならば帝都の真上に停泊した上で、カタクラフトと艦載艇でピストン輸送できる。
「よし……カタクラフト守備隊のキア少佐に連絡だ。一木司令とグーシュ殿下、ミルシャさんに参謀各員が集合次第カタクラフトの第一便を離陸させろ。合わせてムーンも降下させるんだ」
ダグラス大佐は安堵しつつ命令を下した。
ムーンを降下させ、カタクラフトが離陸すれば一木達の移送には十分ほどしかかからない。
歩兵達全員は厳しいが、どうにか一木とグーシュ、そして姉妹達の脱出だけは叶う。
その展望が彼女の気を抜かせた。
ましてや……。
ましてやだ。
異世界派遣軍……いや、地球人類が初めて知的生命体相手に行う本格的な空間戦闘なのだ。
ダグラス大佐が……いや、異世界派遣軍がこの後の事態を予見しろというのはあまりにも酷だった。
明日も更新します。




