第41話―1 休戦
ジーク大佐が反物質弾を放った直後。
彼女の悲しみに曇った目ははっきりとそれを捉えていた。
命中すればただ反物質を垂れ流して弾頭自体と対消滅してしまう通常の弾頭とは違い、ジーク大佐が放った反物質弾は命中後に敵の構成物質と対消滅するべく内部の反物質を命中後に噴射させる構造になっている。
だからこその必殺。
自分自身の身体が強力な爆弾になって生きている生き物はいない。
そんな確固たる自信の元放った反物質弾が、唐突にアウリン1の前に立ちふさがった赤黒い巨人によって防がれたのだ。
(いや……正確には、あの化け物が展開した光る壁……)
印象としては有名な巨大人造人間アニメのフィールドのようにジーク大佐には見えた。
直近で言うと、あのニュウ神官長とかいう魔法使いが用いた魔法によるバリアーだろうか?
様々な考察がジーク大佐の脳裏をよぎるが、一旦それは脇に置く必要があった。
「くそ……あー、ごめんシャルル……ごめん一木……ごめん……みんな」
スピーカーから思わず謝罪の言葉が漏れる。
小型核弾頭に匹敵する爆発の最中、センサーでかろうじで監視していたアウリン1の反応に変化が生じていなかったからだ。
つまり、切り札の……シャルル大佐が命を賭して命中させた反物質弾は、あの空を飛んできた赤黒い化け物……ベルフとかいう宇宙戦闘民族によって防がれたのだ。
『謝罪は不要。貴殿は勝利されたのだ。むしろ、水を差してこのような事をした我が糾弾されるべきだ』
立ち尽くすジーク大佐にその声が聞こえた……いや、送り込まれたのは爆風と衝撃波が収まってきた時だった。
「なんだこれ……ハッキング? いや通信とは違う……魔法による通信?」
思わず混乱するジーク大佐。
音声でも無線でも量子通信でもない、脳裏に湧き出すように生じる文章データなど経験も想定もしていないのだ、無理もなかった。
『おお、通じたか。混乱することは無い。我らベルフによる生体通信……分かりやすく言えばテレパシーと言ったところか? それを貴殿に送っただけだ。火星にいるAndroidにも通じる感応指数だったが、やはり同様に通じたようだな』
火星にもアンドロイド、の下りは地味に火人連へのアンドロイド横流しの裏付けとなる重要情報だったが、今はそれどころではない。
眼前にいる身長13m程の骨と筋肉で出来た化け物は、どうやらこの状況下において対話をするつもりがある様なのだ。
戦闘力を喪失したジーク大佐にとって、自身の口が武器になるのならば利用しない手は無い。
たとえ、敵に何らかの意図があろうとも……。
「……ああ、聞こえている。地球連邦異世界派遣軍所属の参謀型SS、ジーク大佐だ。確か……ベルフ族、だったか?」
ジーク大佐がかつてハイタから得た知識で言うと、眼前のベルフ族は緑色一色の丸い目を歪め、口元を隠すように垂れ下がっている無数の針のような物体を大きく広げて見せた。
すると口腔があるはずの部位にあるのはキラキラと輝く無色透明な球体だった。
それを見た瞬間、ジーク大佐の脳裏にかつてハイタに見せられた映像が浮かぶ。
「レーザー砲!?」
思わず足に力を入れるが、膝関節にだいぶガタが来ており即座に跳躍とはいかなかった。
だが、一秒経っても何も飛んでこない。
ただ、脳裏にはガタガタガタガタ、という奇妙な音が響くのみ。
それが、ベルフ族の笑い声であり、あのレーザー発射口? と思しき部位を晒したのも笑みだと察したのはさらに数秒経ってからだった。




