第40話―4 決着その三 グーシュとシュシュ
「……ミルシャ」
姉と愛するお付き騎士が崩れた壁から一緒に落ちるのを、グーシュはじっと見ていた。
だが疲れ切り、爆発の衝撃で朦朧とした意識はその光景の意味を認識できない。
それが意味する事がようやく認識できるようになるまでの数分間。
グーシュは身じろぎ一つせずにいた。
「あ」
口から擦れた声が漏れるのと同時に、目から涙があふれ出した。
数分の休息がもたらした回復が、グーシュにようやく現実を認識させた。
「あ、ああ……ミルシャ……」
見ていた。
グーシュはずっと見ていた。
死んだはずのミルシャの背中にシュシュが障壁を張る直前に飛び込んで来た何かの破片がぶつかるのを。
その衝撃の直後、小さなせき込みと共にミルシャの顔に微かに色が戻ったのを。
その瞬間の歓喜が、なぜか強く思い出される。
乾いた体に水がもたらされたような。
数日間の頭脳労働の後の飴のような。
あまりにも甘い歓喜の味。
爆風による轟音と障壁を張るシュシュの苦悶の声の中、グーシュはミルシャを抱き締めた。
頭の中の冷静な部分は早くシュシュを倒す算段を付けろと叫んでいたが、一度切れたグーシュの緊張感は疲労も相まってそう簡単に繋がらなかった。
まるで逃げようとするミルシャを捕まえる様に、ただただ抱き締めた。
そんなグーシュに、小さく荒い呼吸を繰り返すミルシャは背後にいるシュシュを見てこういった。
大丈夫……。
今考えれば、ミルシャはどの道もたなかったのだろう。
シュシュによって魔法を用いた攻撃を喉に受けた時点で、助かる道は無かった。
だからこそ、奇跡のような心臓の再起動の後も碌に呼吸できずに苦しげだったのだ。
それなのに……。
「ミルシャ……ミルシャ……ミルシャ……」
ミルシャの名を呼びながら、ゆっくりと身体を起こす。
目尻から床に落ちていた涙が、今度は頬を濡らす。
それなのにミルシャはグーシュを助けるために、最大の敵であるシュシュを倒すために身を起こし、一度死んだ体で立ち向かったのだ。
名残惜しそうに、行かないでと懇願するように袖と乳を掴むグーシュに、呼吸が殆ど出来ないミルシャは最後に言った。
グーシュ。どうか彼方へ。
かつてグーシュはミルシャが死んだら自分も死ぬのだと言った。
それほどに愛おしい、大切な大切なミルシャ。
なのに、あんな事を言われては……。
彼方へ行くことを望まれたのに、よもや隣に行くことがどうして出来ようか?
「ふ、へへへ……はは、そうだな。ミルシャ。わらわは、行ってやるぞ。遠くへ……」
震える体でグーシュは立ち上がり、二人が落ちた壁の穴を見つめる。
下を覗き込みたいという強い欲求が足に少しだけ力を入れさせるが、その力は階段へと歩むために使う。
「敵が落ちた場所を見下ろすなんて、そう言うのは死亡フラグだもんなミルシャ……ははは」
涙と共に笑いが止まらない。
涙は間違いなく悲しみ故だが、笑いの理由はグーシュにも分からなかった。
強がりではなく、自分が人でなしの証であって欲しいとグーシュは思った。
その時だった。
『両軍ともそれまで!』
雄々しく野太い声が突如として響いた。
「なんだこれ!?」
グーシュは思わず驚く。
その声が音声ではなく、自信の頭の中に直接響くような不可思議なものだったからだ。
「す、すごい! テレパシーだ……漫画や説話でみたテレパシーだ!! 凄いなミルシャ!」
咄嗟に振り向きつつ出た言葉がグーシュを打ちのめした。
ウキウキとした好奇心と悲しみがまぜこぜになった気持ちのまま、グーシュは再び階段をヨタヨタと登りだした。
なおもテレパシーのような声は続く。
『我七惑星連合所属、ベルフ族が将軍ゴッジなり! 我と一族と地球連邦軍アセナ大佐及びダグラス大佐の名において、この星系における三十分の休戦がたった今結ばれた! 両軍とも一時銃を降ろされよ!』
「休戦だと? 一体何が……あ」
テレパシーの内容を訝しむが、事実として先ほどまで爆発によって小康状態になっていたとはいえいくらかは聞こえていた銃声がぱたりと止んでいた。
さらに目を凝らせば、空に見えていた宇宙艦隊による光の軌跡も見えなくなっている。
「……急がねば」
何が起きたのか確かめなければ。
その思いと好奇心で自身に喝を入れると、グーシュは亀のような速度で階段を駆け上った。
「誰かいるか!?」
グーシュが叫びながら階段を昇り切ると、そこには入り口に向けて銃を向ける十名ほどのアンドロイド達がいた。
銃と言っても陣地に据え置かれた重機関銃や駐機中のカタクラフトのドアガン、それにテールターレットの40mm機関砲だ。
発砲されれば人間などたちまち血煙と肉片を残して消えてしまう。
「グーシュ殿下! ご無事でしたか」
ホッとした様に声を上げるアンドロイド……たしか憲兵連隊のキア少佐だ。
当然だがグーシュとしては文句の一つも言いたくなる。
「ご無事でしたかではない! なぜ救援に来なかった!?」
あの規模のアンドロイド部隊が来てくれれば、シュシュと言えども何とかなったのではないか。
そんな当然の思いからの発言だった。
それに対しキア少佐はすまなさそうに頭を下げつつ口を開いた。
「申し訳ありません……ですが我々カタクラフトの整備及び警備班一同、たとえ一木司令の悲鳴が聞こえてもここから動くなと厳命されていたもので……」
「ふん……ならば仕方がなかろう」
どうせそんな事だろうと思った内容だったので、グーシュはそれ以上文句は言わずに引き下がった。
脱出の切り札であるカタクラフトを守る事は何より優先される。
業腹だが、下手な事をしてカタクラフトが爆破でもされていたよりはよっぽどいい。
「それよりもだ。先ほどのテレパシーみたいな声はいったいなんだ? 休戦などと、一体何が起きている?」
グーシュがヨタヨタと歩き出すと、慌てて整備員のツナギを来たアンドロイドと歩兵型が駆け寄ってきた。二人に支えされながら歩くと、ようやく一息付けた。
「はあ……状況としては声の通り三十分間の休戦という事ですが……声の主に関しては……あれをご覧になられた方が早いかと」
キア少佐がそう言って指を指す方にグーシュが目をやると、帝都の郊外、ちょうど先ほどの爆心地の辺りだった。
目を凝らすがさすがに何も分からず、キア少佐に双眼鏡か何かをねだるように手を差し出す。
「あ、申し訳ありません。どうぞ……」
カメラモードの携帯端末だった。
グーシュはレンズを爆心地の方へ向けると、画面に指を這わせひたすらにズームしていく。
十数秒ほどもその作業を繰り返すと、ようやくそれが見えてきた。
「なるほど……これがテレパシーの主か」
その不気味な姿は、好奇心の塊であるグーシュですら微かに声を震わせるほどだった。
両手の長い強襲猟兵と対峙する女の姿をした巨人……その前に巨人を守るように立ちふさがる赤い化け物。
先史文明の生き残り、ベルフの姿がそこにあった。
次回更新は12月19日の予定です。




