第40話―3 決着その三 グーシュとシュシュ
ジーク大佐が放った反物質弾による爆発は、きのこ雲がもたらす印象に反して比較的威力は小さかった。
とはいえ、広島型原爆の数分の一の爆発とはいえ帝都の目と鼻の先で起きた巨大な爆発による影響は大きかった。
帝都と周辺に展開する両軍は生じた爆風と衝撃波により大小多数の被害を受け行動不能に陥り、戦闘行動どころではなくなっていた。
また、このような爆風等想定していない(ルーリアトでは当然ではある)建物が多数崩壊し、少数残っていた民間人が犠牲になった。
そして、当然ながらその影響から帝城も逃れる事は出来なかった。
帝城は各部増築されているが、その中心部は背にしている岩山を掘って作られた耳長族の遺跡だ。
地球連邦も知らない事だが、かつて高度な文明を誇っていた耳長族により掘った岩山に特殊なセラミックで補強を加えられたこの中枢部分はかなりの強度を誇っている。
そのためこの強力な爆風にでも全面的に崩落するような事態は避けられた。
だが、中枢部以外の増築個所はその限りではない。
実際に爆風により上層階や各所にある塔のいくつかは崩壊の憂き目を見た。
その点グーシュ達がいた塔も危うい場所ではあったが、異世界派遣軍による補強工事とシュシュによって塔の基部付近に展開された広域防護魔法により最悪の事態は避けられたのだった。
「ぐぅ……ううう……」
だが、その最悪の事態を回避させた張本人であるシュシュは苦悶の声を上げていた。
グーシュをも守るために展開した魔法により、なけなしの魔力や体力が尽きてしまったからだ。
そうして凄まじい眩暈と脱力感と吐き気に襲われながらも、シュシュは歯を食いしばりながら崩れた壁から見えるきのこ雲を睨みつけていた。
「どこの……馬鹿があんなものを……アイアオ人部隊? いえ、あの子達にはあんな装備は……地球連邦軍が……まさか!?……だとすると、郊外の部隊は……全滅」
最悪の想像にそれまでグーシュに対して取り繕ってきた余裕がボロボロとはがれ出していた。
無理もない。
シュシュがこの場をグーシュを連れて逃げる切り札としていたのが、帝都郊外に設置されたセーフハウスへ転移する魔法だったからだ。
そこに逃れれば、アイアオ人部隊への連絡手段があり回収してもらう手はずだった。
「あ……」
その場所があのきのこ雲の下である。
その事実を認識した瞬間、とうとうシュシュの膝から力が抜けていき、思わず片膝を付いてしまう。
先ほどまでの優越感と全能感は消え、敵地のど真ん中で孤立した事実だけが押しかかってくる。
これから全てが始まるというのに、全てが終わってしまうというリアルな認識が心臓を締め付ける様にシュシュを襲う。
「……………………仕方、ないわね」
数秒の迷いの後、シュシュは決心した。
諦めたわけでは無い。
最後まで足掻く事を決めた。
絶対にここから逃げ、七惑星連合に帰還し、この宇宙の手の届く限りの存在と交わる。
その邪で歪んで淫乱な願いだけは絶対に諦めない。
諦めないからこそ、ここで妥協しなくてはならない。
「……惜しいけど、仕方がない。エドゥディア帝国皇帝を生むにはグーシュちゃんの細胞だけあればいいんだし」
ため息をつきながら、シュシュは懐からミルシャに致命を負わせた短刀を取り出す。
望みを持った自分たち一族の厄介さは誰よりもよく知っている。
だからこそ、地球連邦に妹を逃すことは論外だった。
ジンライ・ハナコを探し、ここから逃げるまで妹を抱える事も現実的ではない。
だから、決心した。
グーシュを殺して、指先辺りの……体の一部だけ持って帰る事を。
ほんの僅かに生じる悲しみと喪失感を胸に、シュシュは立ち上がる。
せめて、最後は笑顔で……。
満面の笑みを浮かべ、妹を切り刻むために振り返る。
「グーシュちゃ……」
ドン!
強い衝撃がシュシュを襲った。
何かが……いや、誰かがシュシュに体当たりしてきたのだ。
ただでさえふら付いていたシュシュはそれに耐えられない。
背後にあるのは崩落した壁……つまり、何も無い。その先は空中。そして、帝城の塔から落ちた先……つまりは地面だ。
「いや……」
反射的に生じた少女の様な悲鳴は、その体当たりしてきた人物の正体を認識した瞬間途切れ、絶叫へと変わる。
「やああああああああああああああああああああ!」
裏返り、擦れた絶叫がシュシュの喉から上がる。
体当たりしてきたのは、ミルシャだった。
確実に、死体となっていた筈のお付き騎士の少女。
それが死体の様に真っ白な死相を浮かべたまま、ジンライ・ハナコと一緒に見た映画のゾンビのように自分に体当たりした上、しっかりとしがみ付いてきているのだ。
動く死体への恐怖は続いてやってきた浮遊感により、今度は死の恐怖へと変化する。
恐怖に裏打ちされた擦れた絶叫はやがて、途絶えた。
後には無気力に倒れ伏す、グーシュだけが残された。
次回更新は12月13日の予定です。




