第40話―2 決着その三 グーシュとシュシュ
「ふふふふ……」
死体になったグーシュとミルシャを見下ろしながら笑うシュシュ。
しかしその実、全てが虚勢だった。
笑っている余裕などない。
全てを投げ出して足元にいる妹のように横になりたい。
石や金属の破片が全身に傷を作りそれが痛む。
ニュウ神官長の札による補助があるとはいえ、魔術の度重なる行使は元来素養の乏しいシュシュにとっては負担が大きい。神官長の言う所の魔力切れという奴だ。
特に、ここに転移した直後に放った切り札の一つ『我が前に来たれ太陽』を回避して突っ込んできたアンドロイドが不味かった。
『我が前に来たれ太陽』は超高熱の火球を任意の場所に生み出し一定範囲内の物体を焼き尽くす魔法だ。
そのため、陣地を構築して固まっているアンドロイドを倒すにはうってつけの攻撃だったのだ。
ところがその消耗の大きい必殺の攻撃を避けられた事で動揺し、おまけに高周波ブレードを構えて突っ込んできた。
このことに動揺してとっさに同様に消耗の大きいが速射性のある『光よ貫け』を使い撃破したのだが、結果として立っているのも辛い程消耗してしまった。
(正直グーシュちゃんが来たときは終わったと思いましたが……グーシュちゃんの方がもっと消耗していたのは僥倖……本当、ミルシャちゃんには感謝ですわね)
呆然と死体の顔を眺める妹を見下ろすと、シュシュは疲労と痛みにまみれた身体の中にあって、下腹部がじんわりと熱を帯びて活力が湧いてくるのを感じた。
「ねえグーシュちゃん……そんなに悲しまないでよ。ほら、私を見てごらんなさい? お付き騎士なんかいなくたって、こうして自分自身の夢を追いかけていればどうにかなるものよ?」
「……」
シュシュは精一杯の励ましのつもりだったが反応は無い。
恍惚とした感情に一筋の怒りが湧いてくるが、それが感情におけるアクセントになり、却って心地よかった。
「それにそれに、地球連邦になんて付かなくても、私と来てもあなたの夢は叶うわ。遠くに、行きたいんでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、素早くグーシュの瞳が動いた。
無表情のまま、視線だけがシュシュを射抜くように見ている。
「あなたはただ、ちょーっと遺伝情報を分けて私と子供を作ってくれればいいの。そうしてくれれば、あとは私が全てやってあげる。七惑星連合を手に入れるのも、エドゥディア帝国を手に入れるのも、地球連邦とナンバーズを倒すのも……あなたはただ、エドゥディア帝国皇帝の母の一人として自由気ままに宇宙を旅すればいいわ」
同性同士で子供をつくるにあたり、性行為は必須ではない。
あくまでも遺伝子情報を読み取って人工的に精子を培養して受精すればいいのだ。
(まあ、グーシュちゃんもいずれ抱くけど……身内は取りこぼしがあるから、なるべくやらないと……)
グーシュのみならず、聞けば大半の人間が顔をしかめるような事を考えるシュシュ。
これが、彼女の欲求だった。
ルーリアトの王族は、一定の割合で強い欲求を持つ人間が生まれる。
そして、そういった欲求に心を焼かれた者達は苛烈な行動でそれをかなえようとしてきた。
初代王ポーナレスの母である名もなき少女は神であるシューと息子のポーナレスのためにとエドゥダー派と呼ばれる当時の守旧派を皆殺しにした。その人数は、当時のこの地の人口の半数を超えたという。
彼女はその後も、死ぬまでシューと息子を守るためにありとあらゆる悪行を重ねた。
女神教の絶頂期。当時王国を支配していた神殿勢力を倒すため、改革派筆頭であり強い英雄願望を持っていたカーシュミャナユキティは王都ごと神殿関係者とその信者八万人を焼き殺した。
大陸を統一し、自分の好きな形に変えたい。
そんな子供じみた欲求を満たすため、初代皇帝ボスロキュキュキスティは大陸人口の半数を殺し、神殿の全てを焼き尽くした。
その娘のリュリュリュリュカスティは二人の兄との幸せのために、それを阻むすべてを破壊し、殺し、作り変えた。
このように、常人には理解しがたい欲求、目的、夢。
ルーリアト王族にはそれを持った存在が時折生まれ、それを叶えるために波乱を巻き起こしてきた。
そして今代において、それはシュシュとグーシュであった。
グーシュの欲求は「遠くに行きたい」というものだ。
ここではないどこかへ行きたいというその願いは身を焦がすような強いものであり、皇女という立場上難しいものであったが、地球連邦との出会いによりこの願いは動き出した。
そう言う点で、シュシュは妹がうらやましかった。
シュシュの欲求は「全ての人間と交わりたい」というものだった。
常軌を逸した願いだった。
現にシュシュ自身こんな願いはかなわないし、叶えられないと知っていた。
幼いころ母にこれを切り出した際は激昂し、しかも衝撃で倒れ、そのまま亡くなってしまった。
父は頑として拒み、兄とは一度関係を持てたがその後はすっかり疎遠になってしまった。
僅か数人の身内ですら取りこぼしが出てしまった。
それ以外の大多数となれば全て、など到底不可能だった。
城の女官、官吏、武官、兵士といった人間とは可能な限り関係を持った。
臣民とも街に秘密裏にくり出して交わった。
だが、当然の事だが全てというのは不可能だ。
グーシュ同様に身を焦がすような思いを抱えたまま、自信の中で折り合いをつけて多少……本当に多少大人しく過ごすその最中。
ジンライ・ハナコとシュロー・シュウと出会い、彼女も未来の妹と同じように宇宙規模の存在を知った。
だが、世界の広がりはシュシュに希望をくれなかった。
むしろ、広大に広がった世界はシュシュの願いの困難さをより大きいものにした。
無限に広がる宇宙の全ての存在と交わるなど、不可能だ。
故に、故にシュシュは再びの妥協を強いられた。
全てが無理ならば……せめて知る限りの全ての種族と交わりたい。
地球人、サイボーグ、アンドロイド、アウリン、魔法使い、既知未知の宇宙人、そしてナンバーズ。
せめて、それら種族単位だけでも……。
だから、シュシュは妬ましい。
宇宙と接しただけで願いが可能になる、妹が妬ましい。
シュシュはぐつぐつと煮えたぎる、絶対に敵わない思いを燃料に、走り続けなければならないのに、妹はただただ思いに向かって走り続ければそれが叶い続けるのだ。
「わらわ……は」
シュシュがそうして物思いにふけっていると、声が聞こえた。
グーシュが乾いた唇を震わせている。
苦し気なその声が、いよいよ下腹部を熱くさせる。
許諾か、あくまで拒むのか?
拒むなら、どうしようか?
いっそ拷問が出来るだろうか?
ならばハナコを探してきて……。
シュシュが温かい気持ちで想像を巡らせつつ、グーシュの言葉を待っていたその最中。
唐突に強い揺れが帝城を襲った。
「地震?」
ルーリアトにおいて地震というのは非常にまれな現象だった。
シュシュ自身、七惑星連合のデータで学ぶまでは名称しかしらなかった。
そうして状況を確かめようと床のグーシュから視線を上げ、窓から外を見たシュシュが見たものは……。
「やば……」
帝都のすぐ近くで巻き起こっている巨大なきのこ雲だった。
地震に関しては通り一辺倒に学んだだけだが、核兵器や類する高威力兵器に関してはそれよりは詳しい。
意外に生真面目な彼女は、いずれ来たる政争に備えた勉強は怠らなかったからだ。
そしてその知識が教えてくれた次に襲ってくる爆風による衝撃に備えるため、シュシュはなけなしの魔力と体力を消費して防御のための魔法を唱えた。
『光壁よ我らを覆え!』
衝撃が襲ってきたのはその直後だった。
次回更新は12月8日の予定です。




