第39話―2 決着そのニ クラレッタと殺
カナベルル11mm自動銃を抱えたカルナーク軍の兵士たちが帝都のやや小さな通りを走る。
大口径で”中銃”とも呼ばれる銃は重く、火星の低重力に慣れた彼らには地球とほぼ同じ重力によって普段の三倍近い自重が掛かり、それが体力を奪っていく。
だが止まるわけにはいかない。
というのも……。
ビシャッ!
「まただ! どこから……」
「いいから走れ! 犠牲を気にするな走れ……走れ!」
水風船がはじけるような音と主にカルナーク兵の頭がはじけ飛ぶ。
異世界派遣軍のSSによる銃撃だ。
眼球に内蔵されたFCSによって驚異的な命中精度を誇るアンドロイドによる銃撃は、無駄弾などという概念すらなく、必中を以てカルナーク兵の命を奪っていく。
「通りの向こうにある建物まで走れ! あそこまでいけ……」
指揮官の言葉は最後まで続かなかった。
それまでとはけた違いの量の銃撃が彼らを襲ったからだ。
百二十名いた中隊が一瞬で三分の一程度になる激しい……そして短い銃撃が終わった頃、部隊の先鋒はかろうじで目標の石造りの建物にたどり着いた。
壊滅した中間と後方に取り残された部隊を除いた二十名弱が、彼らには読めないが『鶏肉宿』と書かれた看板のある建物に突っ込んだ。
この突然の銃撃強化は、それまでカルナーク軍の戦闘を下支えしていたアイアオ人達による狙撃がシャルル大佐による突撃によって止んだためだった。
銃撃と同時に即座に移動しなければ狙撃される状況が終わった瞬間、SS達は必中の弾をカルナーク兵に思う存分送り込み始めたのだ。
だがカルナーク軍もさるもの。
アンドロイド対策に数十年を費やした彼らも負けてはいない。
取り残された形になった先鋒を助けるべく、火星陸軍のサイボーグが石畳を踏み割りながら通りへと姿を現した。
ろくな装甲車両の無いカルナーク軍にとっての虎の子である彼らはここまで温存されていたのだが、異世界派遣軍がアイアオ人部隊の狙撃が止んだのを機に攻勢を強化したのに対抗するためについに投入されたのだ。
人間より巨大な金属製の相撲取りがバケツを被ったような不格好な彼らは、強化機兵以上とも言われる頑強さを活かして通りを突き進むと、バケツ型の頭部にあるセンサーで銃撃を物ともせずに異世界派遣軍側の射撃地点を冷静に割り出す。
そして右腕と一体化した15mmガトリング砲で一斉に反撃を始めた。
とてつもなく思いチェーンソーの様な思い射撃音が数秒程響くと、破壊されたのか逃げたのか、異世界派遣軍側の銃撃は沈黙した。
対アンドロイド戦特化型サイボーグの名は伊達では無かった。
「さすが火星陸軍だ。よおし、俺たちカルナーク軍も黙っちゃいれねえ。彼らに続け!」
死んだ中隊長の副官が号令をかけると、二十名強のカルナーク兵が四人のサイボーグを壁にしながら進んでいく。
アイアオ人からの支援の下、装甲車両やこうしたサイボーグを壁にしつつ敵に可能な限り接敵し、五十メートル以内まで接近して近距離戦闘を挑む。
この犠牲を前提にしたシンプルかつ犠牲を前提にした戦術がカルナーク軍の対アンドロイド戦だった。
あまりにも前近代的かつ犠牲の多い戦術だが、結局のところ生身の人間主体でアンドロイドに勝つという事はこうした不合理を前提にしなければならない。
それがカルナーク軍が出した結論だった。
「とはいえ基本戦術の二枚看板であるアイアオ人と装甲車両が機能不全を起こしてるのはいかんな。航空支援に来るはずのアウリンが暴走した上に帝都外に行ってしまった現状では、これ以上の進軍は困難だぞ」
副官がサイボーグ兵に愚痴をこぼす。
カルナーク軍は守旧派と軍師長派による対立の多い組織だ。
そのため、彼らにとっては下手な味方よりもこうして派遣されてくる他の組織の兵員の方が信頼できるという歪な傾向があった。
「その点は私も危惧している。我々サイボーグ兵はあくまでも歩兵支援が任務だ。君たちの主力戦車が読中央広場から動けない今の状況で進めば被害が増えるばかりだ。そもそも……」
サイボーグが右腕のガトリング砲を示す。
「今の戦闘で弾薬を三分の二消費している。先鋒の連中と合流したら一旦引くべきだ」
サイボーグ兵の言葉に副官は一瞬言葉に詰まった。
苦労して確保したこの通りと目標の建物を放棄することをためらったのだ。
今から行こうとしている建物はこの辺りでは一番高い三階建ての建物だ。
銃座と監視所を作れば優位になれると踏んだのだが……。
「軍師長達とも連絡が取れん。連中と合流して一旦引く」
副官の言葉にサイボーグや兵たちは安堵した。
中隊長が生きていれば進撃を命じるようなタイプだったのでなおさらだ。
だが、彼らの安堵はすぐに終わってしまった。
先ほどガトリング砲が撃ち込まれた火点から猛烈な射撃が行われ、サイボーグ以外のカルナーク兵達が全滅したからだ。
「みんな!?」
「う、うおおおおおおおお!? なんだこの射撃……機械人形連中がこんな連射するなんて……」
サイボーグ達は狼狽した。
行われた射撃がそれまでのSSが行う狙撃の様な高精度射撃を最低限行うものではなく、人間が行うような弾丸をばら撒くようなものだったからだ。
「クソが! そのクセ精度はいいなっ。的確に頭部のスリットを狙ってきやがる」
「どういうことだ? さっき倒した筈なのに……んん?」
スリットの奥のセンサーで攻撃してきているアンドロイドを見たサイボーグは気が付いた。
「嘘だろ……おい……」
「なんだあ! どうした、何が見えた!?」
「……ゾンビだ」
この場に似つかわしくない言葉に、思わずサイボーグ達は唖然とした。
火点の一つから放たれたロケット弾によって最後に残っていたカルナーク兵達が建物ごと吹き飛んでも立ち尽くしていた。
そんな彼らを、ガトリング砲で全身が砕け見るも悍ましく損壊したSS達が銃撃していた。
手にしている銃が無い者はボロボロの身体で這いずるようにカルナーク軍の方へと向かっていく。
これはあり得ない光景だった。
15mm弾の威力はSSであろうと容赦なく破壊するだけの威力があり、実際に彼女達の大半はそのコアユニットを失っていた。
そうでない個体も、通常であれば活動を休止して救助を待つのが普通の反応だ。
このように一心不乱に敵を攻撃し続ける事はありえない。
そして、この状況は彼らだけではなかった。
帝都中のカルナーク軍が撃破したはずのアンドロイドの再起動により包囲され、危機に瀕していたのだ。
皮肉な事にこの光景は、サイボーグが評したようにゾンビ映画そのままの光景だった。
※
かつてのカルナーク戦の際、カルナーク軍は水爆搭載のICBMを大都市の地下に配備していた。
これを異世界派遣軍を市街戦に引き込んだ上で発射。
都市直上で爆発させ、強烈な電磁パルスによりアンドロイドを作動不能に陥らせるという戦術を多用した。
この無謀かつ、対処の難しい作戦に対して投入されたのが殺大佐だった。
彼女が持つ猫少佐達を操る能力を使い、作動不良に陥ったアンドロイドを無理やりに……つまりハッキングして動かそうと画策したのだ。
殺大佐と猫少佐のリンクには量子通信が使われていたために電磁パルスの影響を受けず、上手くいけばカルナーク軍の地下基地を攻略できると目された。
しかし作戦は失敗した。
猫少佐によるハッキングを受けたアンドロイド達は暴走。
無差別に殺戮を行う殺人装置と化し、カルナークの一般市民の潜むシェルターに殺到。
数十万人規模の大虐殺を起こすに至った。
後に”ゾンビパニック”と呼ばれるこの非稼働中のアンドロイドや兵器を操れる能力を上層部は危険視し、以後殺大佐は単独運用を。猫少佐はボディを与えられ通常のアンドロイドとして運用されることとなった。
そして……。
今日この日、暴走の原因も仕組みも不明瞭なこの”ゾンビパニック”を、猫少佐は帝都で起こすに至った。
カルナーク軍は正面の異世界派遣軍と背後にある自分たちが撃破した残骸に挟撃されることとなったのだ。
次回更新は11月13日の予定です。




