第39話―1 決着その二 クラレッタと殺
ジーク大佐がアウリン1を帝都から誘い出したその時。
クラレッタ大佐と殺大佐はRONINNのサイボーグと城門付近で激闘を繰り広げていた。
市街地からは両軍の激闘による銃声と爆発音が響くが、この城門付近だけは例外だ。
ここで響き渡るのは……。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
盛り上がったターバンを巻いた偉丈夫、ヴァルマ大尉の雄叫び。
「ふっっっ」
クラレッタ大佐が軽い息吹の様な声と共に放つ、ヴァルマ大尉の見えない拳を迎撃する不可視の攻撃。
銃声のしない、現代戦から逸脱した不思議な戦場だった。
「はっはっはーーーーー!! なんたる……なんたる事だああああああああああ! 我が精鋭RONINN第一分隊がほぼ壊滅ではないかあああああああああ!」
ヴァルマ大尉は内容とは裏腹の、歓喜に満ちた声を上げながら尚も威力と数を増した見えない拳を放ち続ける。
言葉の通り、彼が拳を放っているクラレッタ大佐の背後には三人分のサイボーグの残骸が転がっていた。ヴァルマ大尉の猛攻に防戦一方に見えたクラレッタ大佐を背後から奇襲して、返り討ちにあったのだ。
残った一人は距離を取って尚もクラレッタ大佐の隙を伺っているが、仲間同様屍を晒すことを警戒してか、身動きできないでいた。
「部下が死んだことを嘆くにしては随分と嬉しそうだな?」
クラレッタ大佐はあざける様に問うた。
「武を競う事……それ自体は好む故な!!!」
ヴァルマ大尉は喜びを大音声と共に放つ。さらに声と共に放たれた力場の拳が、一層圧を強める。
その様は、クラレッタ大佐の防戦一方に見える。
身長2メートル近い筋肉の塊の大男が無数の力場で構成された拳で縦ロールにロングスカートの女を一方的に殴り続けているのだから当然だ。
しかし、その実それらSSですら一瞬でスクラップに変えるよう猛攻は一発たりともクラレッタ大佐に届いてはいない。
力場で構成された拳の全てが命中前に力場維持が出来なくなる損傷を受け消失しているのだ。
そのカラクリが分からないからこそ、ヴァルマ大尉も自身の拳による打撃は避けていた。
どうやって力場を破壊しているのか?
力場を使えない目の前のアンドロイドは、どうやって不可視の攻撃を放っているのか?
その謎が解けない限り、ヴァルマ大尉は殴打を止める事が出来ない。
だが、一方でクラレッタ大佐が優位化と言うとそうとも言えない。
なぜなら実体として、クラレッタ大佐はカウンターと迎撃以外の行動がとれていないのだ。
ヴァルマ大尉の攻撃を捌こうとも、背後から斬りかかってきたサイボーグを一瞬でスクラップにしようとも。
ヴァルマ大尉に逆襲をすることも、素早く駆け出して一旦距離を取る事も出来ない。
故に互いに近距離で攻撃しあい続ける事しか出来ない、歪な千日手。
ここまでは……。
「おい、お嬢様型サイボーグ。両手を上げて動くな!」
相互に殴り合いを続けるクラレッタ大佐達へと突如声が掛けられる。
この戦場にいたもう一人の隊長格のRONINN、ハン少尉だ。
声に反応しつつも、クラレッタ大佐とヴァルマ大尉双方が動きを急に止める事が出来ず、互いにハン少尉の方を見つつも攻撃しあうという妙な光景が繰り広げられる。
「オッサンまで……器用なことしてんじゃねえよ。いいから、これを見ろ!」
ある種間の抜けた光景に、呆れたように苦笑しながらハン少尉は続けた。
だが、ハン少尉が示したものは笑えるようなものではなかった。
「殺!?」
クラレッタ大佐は妹の名を驚愕と共に呼んだ。
胸部にクレーターのように陥没する程の打撃を受け、ハン少尉によって髪の毛を掴まれている殺大佐の名を……。
しかも、ハン少尉の部下がコアユニットの位置に対人刀を突きつけているのだから尚更だ。
「さあ、動きを止めろ! そして手を上げな! オッサンも一旦止まれよ。ようやく悲願の量子通信装置を入手できるチャンスなんだからな」
ハン少尉の言葉を聞き、クラレッタ大佐は悔しそうに歯を食いしばる。
一瞬妹を見捨てる、という判断がよぎる。
むしろ、人質に屈するという判断は通常悪手だ。見捨てるのが当然と言える。
だが、どの道殺大佐が囚われハン少尉がフリーになった時点で圧倒的な振りは変わらない。
ハン少尉が先ほどまで返り討ちにしていた一般隊員と同レベルならどうにかなるが、それは望み薄だ。
ならば、と……クラレッタ大佐は手を止める事を選んだ。
即座にヴァルマ大尉の打撃がクラレッタ大佐を襲うかと覚悟していたが、ヴァルマ大尉は器用にクラレッタ大佐と同じタイミングで自らの攻撃をも停止させた。
「……殴らないのか?」
クラレッタ大佐が問うと、ヴァルマ大尉はにっかりと破顔した。
「武人として、筋は通したいのでな」
「なら人質なんてとるな」
「それはそうだが……君たちの量子通信装置は我らの悲願なのだ。後々の事を考えればそれが複数あった方がいいことは言うまでも無いのでな?」
クラレッタ大佐は破顔したヴァルマ大尉を睨みつけた。
ようは、攻撃が当たりさえすれば量子通信装置の入っているコアユニット事砕けると言っているのだ。
(大した自信家だな…さって……)
クラレッタ大佐はドヤ顔で自信を見るハン少尉を睨んだ。
そして、この最悪から抜け出すために全力で演算を始めた。
「私達をどうするんだ? コアユニットを抜くのか? というか……よく妹に勝てたな?」
まずは状況を正確に把握する。
矢継ぎ早に質問したのは、相手の反応を見るためだ。
地球連邦陸軍や内務省の実働部隊ならばこうした状況下でノコノコ会話などせず、無言で淡々と相手を制圧に掛かる。相手がサイボーグやアンドロイドの様な高度な通信、演算能力を備えた存在ならば不意を撃つ方法など無数にあるからだ。
(だからこそ……こいつらのそこら辺のリテラシーを把握するのが先決……さて、どう出る?)
「順番に応えてやろう! まず、な……」
ハン少尉はどこか嬉しそうに、自慢げに。
しっかりと通信妨害をしつつ、部下を周囲に展開させつつではあるが、クラレッタ大佐の言葉に応じた。
首の皮が数枚は繋がっている事に心中で安堵しつつ、クラレッタ大佐は目の前の美少年型サイボーグの言葉を聞いた。
いきなりのピンチです。
次回お楽しみに。
次回更新は10月31日の予定です。




