第38話―5 決着その一 ジークとシャルル
ジーク大佐が放った予備弾倉含め60発の30mm弾は案の定アウリン1に対しろくな損害を与えなかったが、牽制にはなった。
ジーク大佐に射撃をやめさせようと拡散式の荷電粒子砲を放ってきたからだ。
「やっぱこっちだと通じるのか。うーん、やっぱり市街戦用の拳銃弾はやめた方がいいかな……でもサブマシンガンみたいな弾だとビルや城壁過貫通して人口密集地だと使えないし……悩ましい」
先ほどまで用いていたマテバの45mmと今用いたサブマシンガンの30mm弾との違いに対してほんの少しぼやくジーク大佐。
だが、余裕はない。
拡散荷電粒子は回避が難しく、飛び跳ねまわりつつ回避を試みたジーク大佐もいくつかの拡散粒子が身体をかすっていた。
損害は軽いが、先ほどまでの熱による融解とは桁が違う損傷だ。
瞬く間に視界と意識が損傷警告に埋め尽くされる。
「……アイアオ人共のいる方からは断続的な射撃音……シャルルが頑張ってくれてるな。……よっしゃ」
決意の言葉と共に、ジーク大佐は弾丸の切れたサブマシンガンをアウリン1目掛けて投擲した。
これで残った武装は愛用のナイフと切り札の反物質弾装填の単発拳銃のみ。
だが、これで問題ない。
走る速度を維持したまま、ジーク大佐は背中側のセンサー類を全力で稼働させる。
アウリン1の挙動全てを見逃さないためだ。
投げ捨てたサブマシンガンがアウリン1の方に向かい、それをアウリン1が切り飛ばそうと腕を動かす。
その瞬間、
「よっと」
軽い掛け声とともにジーク大佐は足元に右腕のアンカーランチャーを放った。
アンカーによって固定された全長十メートルの鉄の巨人が一瞬にして停止し、その慣性を一身に受けた三皇の腕が激しく軋む。
並みの強襲猟兵ならば腕が千切れ飛んでいたが、アンカーランチャーを用いた高速機動がうりのこのタイプの機種は頑丈だ。人工筋肉や補助油圧系がエラーを吐くが、致命的な損傷はない。
そのまま、停止の際の勢いを利用して素早くアウリン1の方へと向き直った。
「しゃっ」
短い息を吐くような声と共にジーク大佐は背部のスラスターを全力で吹かした。
これでスラスター類の推進剤も全滅だが、構わない。
目的を達成するための加速さえ得られれば、構わないのだ。
そうして急停止からの急加速を得たジーク大佐は、投げつけられたサブマシンガンを対艦刀で弾き飛ばそうとしていたアウリン1へと突進した。
面食らったのはアウリン1だ。
あそこまで一目散に逃げていた敵が、まさか一転して突進してくるなどというのは想定外だったからだ。
ここで、ジーク大佐の狙い通りアウリン1には迷いが生じた。
サブマシンガンをこのまま弾いていいのか? 避けるべきか?
爆発? 罠? 牽制?
敵の目的は?
進むか? 止まるか? 戻るか?
敵本体は? 迎撃? 剣で応戦? 荷電粒子を放つ? 拡散? 単発?
弾切れしたサブマシンガンを投げ捨て、敵が対処を決めた瞬間に自らも突進。
ジーク大佐の行動はたったこれだけだが、その突飛さと意図の不明瞭さによってアウリン1に無尽蔵の迷いを生み出すことに成功した。
結果、一秒にも満たないがアウリン1に意図の定まらない無意味な行動が生まれる。
ジーク大佐はこれを待っていた。
ジーク大佐への殺意でもなく、荷電粒子砲による攻撃でもなく、意志のないただの疾走だけをする時を。
ジーク大佐は左腕に最後に残ったオリハルコンをワイヤー状に変化させると、アンカーランチャーで射出。
サブマシンガンへの対処を決めかね、なし崩しに避ける選択肢を取ったアウリン1に撃ち込んだ。
これによってアウリン1にから迷いが消えた。
撃ち込まれたアンカーランチャーと、ジーク大佐がたった今構えたナイフからその意図を察したのだ。
「この程度の拘束で!」
武器の投擲と急転換からの突進により虚を突き、アンカーランチャーを打ち込み動きを制限したのちにナイフによる超近距離で仕留める。
ジーク大佐の意図をそう解釈したアウリン1の動きに再び意志が戻る。
両足に力を込め、慣性により地面を削りながら滑りつつ対艦刀を大上段に構え、貧相なナイフを手に突っ込んでくる敵を両断しようという、確固たる意志だ。
おおよそ、ジーク大佐の想定通りだった。
「よっっっっしゃ!」
ジーク大佐はスラスターの推力でアウリン1に対して突き進んでいた自身の身体を地面を這うように低くすると、這いつくばる様な姿勢で地面に右手と両足を突き立て急減速を掛けた。
「んな!?」
アウリン1が困惑の叫びをあげる。
よもや再びの急停止を相手がかけるなどとは想定外だったのだ。
再び動きが鈍るアウリン1をよそに、ジーク大佐は両足の裏から身体固定用のツメを展開すると、その場に完全に停止した。
「仕上げっ!」
「な、なんっ」
停止したジーク大佐は慣性のまま進み続けるアウリン1を、その勢いを利用しつつアンカーランチャーを用いて勢いよく投げ飛ばす。
再び虚を突かれたアウリン1は姿勢を崩し、十メートルほどの距離宙を浮き、投げ飛ばされた。
そう。たった、十メートルだ。
手を尽くし、虚をつき続け、装備を全て捨てて結果得たのは、たった十メートル投げ飛ばしただけ。
そして、最後に残ったアドバンテージである差し込んだアンカーランチャーとオリハルコン製のワイヤーすらも解除して、ジーク大佐は二百メートルほどの距離をとった。
「……は? こんな……これが、お前のしたかった事か?」
アウリン1はしばらくその場に立ち尽くしていた。
相手に翻弄され続けた結果がこのしょぼい結果という事実が、酷くプライドを痛めつけたようだ。
「そうだ。これでいい。さあ、火星の姫騎士様。勝負と行こうじゃないか?」
それに対しジーク大佐は煽るように拳銃を抜き、構えた。
反物質弾を装填したS&W社製の強襲猟兵用大口径単発拳銃だ。
それを見たアウリン1が声も無く大上段にエクスカリバー対艦刀を構えるのを見て、ジーク大佐は勝利を確信した。
相手の荷電粒子砲発射までの動きは速い。
発射までは一瞬の筈だ。
対してジーク大佐は照準を付けた後に反物質弾使用のための内蔵AIによる状況判断を行わなければならない。
このことを考えれば、どう考えても奇跡が起きて相打ちがせいぜいだ。
だからこそ、ジーク大佐は奇跡に頼らず、姉妹の力を借りた。
「照準……射撃審査開始……」
「粒子に焼かれろ……」
対艦刀の刀身が加速した荷電粒子によって輝き始める。
審査AIがのろのろと稼働し、周辺状況の把握と使用規定との照合を始める。
やはり、このままでは間に合わない。
このままでは。
次の瞬間、アウリン1の右目に小さな針状の物体が突き刺さった。
続いて、ドンッというニールストライフルの発射音が響く。
シャルル大佐が放ったニールストライフルによる狙撃だ。
「こんなものが……立った一発の2フィンガ弾で私が!」
だがアウリン1はひるまない。
当然だ。
45mm弾が直撃して皮が破けるだけの生物が、人間が単独運用できるような火器の攻撃がたとえ眼球だろうと直撃しても怯むはずがなかったのだ。
だが、だからこそ……。
「いっぱい撃ったんだ♪」
アイアオ人達に追われながらシャルル大佐が呟いたのと、アウリン1の右目が全く同一位置に着弾した十数発の2フィンガ弾により破裂したのは完全に同時だった。
荷電粒子によって光る刀身が、小さく揺れた。
次回更新は10月22日の予定です。




