第38話―4 決着その一 ジークとシャルル
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!」
ジーク大佐の背後から人間ならば鼓膜が破けるような雄叫びが聞こえてきた。
その瞬間、ジーク大佐は最小限の動きでステップを踏み、背後から襲い掛かってきた巨大な荷電粒子の奔流を回避する。
背後を確認するまでも無い。
帝都からジーク大佐を追ってきたアウリン1の放ったエクスカリバー対艦刀から放たれた荷電粒子砲による攻撃だ。
幸い今回も回避は成功した。
とはいえ、一歩間違えば体の傍を通り過ぎた荷電粒子によってボディが融解しかねない危険な避け方だ。
だが、もう先ほどまでの様なスラスターやアンカーランチャーを用いた回避機動は行えない。
(アンカーランチャー用のオリハルコンも、推進剤も限界だ……このままシャルルに言った場所までどうにか行くしかない)
ましてやこの場所は崖や市街地ではない。
アイオイ人部隊がいる高地に行けば話は別だが、薄い草地と砂と土と岩が広がる障害物のほとんどない平地だ。
ジーク大佐の特異な高機動による回避と奇襲攻撃が一切行えない鬼門とも言える場所だ。
「とはいえ……これを使うのは、ここしかないよなあ……」
そう独り言ちてジーク大佐は腰の装甲に格納されたやや大きめの強襲猟兵用の拳銃に触れた。
これこそ、ジーク大佐の切り札。
45mm弾を生身で弾くアウリンという名の化け物を屠れる、たった一つの可能性。
S&W社製の強襲猟兵用大口径単発拳銃……そしてその中に装填された、地球連邦軍最大の威力を持つ最終兵器。
75mm反物質弾。
カルナーク戦の中期に限定的に配備され、あまりの過剰威力に外部から物言いが付き正式採用が中止になったいわくつきの逸品。
本来ならこんな所に残っているべきものではないが、当時の異世界派遣軍と政府がその威力を惜しみ、新規の配備を行わない代わりに配備済みの弾は回収しないという方針を取ったためにこうして残っている代物だ。
そのためジーク大佐が所持することを知った人間は皆が怪訝な顔をするものの、あくまで正式な手続きに則ってジーク大佐が所持しているものであり、違法性は一切ない。
(だけど、こいつには大きな欠点がある……発射の際に内蔵AIによる使用可否が行われる……その診断に3秒かかる……しかもその時には状況把握のために身動きが取れない……)
当然だが、今ジーク大佐を追いかけているアウリン1相手に3秒間停止するのは自殺行為だ。
そもそも数キロ先から砲撃で撃ち込むような兵器を強襲猟兵が拳銃で数百メートル先に撃ち込むという事が無茶なのだが、今のジーク大佐には半ば趣味で取っておいたこれに頼るしか現状手段が無い。
だからこそ、シャルル大佐に頼んだ。
反物質弾が発射可能になるまでの3秒間、あのアウリン1が放つであろう荷電粒子砲をどうにか止める事を。
とんだ無茶ぶりだ。
ましてや、相手は強襲猟兵の拳銃弾を弾く相手だ。
だが、今この場にはアイアオ人のニールストライフルとシャルル大佐がいる。
ニールストライフルの2フィンガ弾は貫通力だけを追求した特殊な弾丸だ。
しかもその貫通力は対アンドロイド戦に特化したもので、装甲の様な硬質な標的よりも生物の様なある程度弾力のある対象に効果を発揮するように設計された、おおよそ地球には存在しない設計思想の物だ。
「だから、賭けるよシャルル。だから、信じるよシャルル」
決意の言葉と共に、ジーク大佐は再び脚に力を入れ荷電粒子砲を回避する。
恐ろしい事に、今度は雄たけびが無く、その上精度が上がったのか先ほどまでより距離の近くなった荷電粒子砲の熱波が右肩の装甲を微かに焦がしたのが感じ取れた。
「……やっぱりそう甘くないか……」
残念ながら逃げ一辺倒ではいかないようだ。
ジーク大佐はそう判断すると、命を賭けて戦うシャルル大佐のためにもアウリン1牽制のための攻撃を仕掛ける。
貴重な残存武器の30mmサブマシンガンを構えると、肩越しに背後に射撃を行う。
シャルル大佐に指定した場所まで、あと1.5キロ。
早すぎても、遅すぎてもいけないという厳しい条件下の死の逃避が本格的に開始された。
※
荷電粒子砲の光と巨人の雄叫びに、強襲猟兵のサブマシンガンの音が加わりだした頃。
シャルル大佐は高地を必死に駆けながら、所定の位置に達すると肩のニールストライフルを真上に打ち上げるという行為を繰り返していた。
正確にはほぼ真上であり、当然シャルル大佐には狙いがあったが、アイアオ人の感覚を以てしても意図のつかめないようなあまりにも明後日の方向を向いた射撃であり、シャルル大佐が恐れていた意図を察知される事は今の所防げていた。
だが、状況は悪化していた。
駆けるシャルル大佐を当然黙ってみているアイアオ人ではなく、周囲を囲む白兵部隊が八の字を描きながら三人一組の隊を組んで怒涛の連続攻撃をシャルル大佐に仕掛けていた。
そんな凄まじい攻撃を高周波ブレード一本でいなしながら、シャルル大佐はニールストライフルを撃つポイントに向かい、射撃を行う。
尋常な業ではない。
ましてや、相手は参謀型アンドロイドに匹敵すると言われるアイアオ人白兵部隊だ。
そんな相手を、数人ほど屠りながらいなし続けるシャルル大佐に対して、若いアイアオ人達の動きが若干鈍りつつあった。
無論、純然たる恐怖からだ。
次々と振るわれる斧を躱し、的確に喉や手足を高周波ブレードで切り裂いていくシャルル大佐に対して……血に塗れ、ピンクと赤の不気味なコントラストを成すシャルル大佐に対して、かつてのカルナーク軍と同様に彼らは恐れ、八の字が徐々に歪み始めた。
「怯むな馬鹿ども!!!」
そんな状況に淡い期待を持ちかけたシャルル大佐を、妄想する間もなく現実に引き戻したのは癖っ毛の戦士の大音声だった。
見ると、白兵部隊のほぼすべてが参加した八の字の包囲網がゆっくりと距離を取りつつあった。
(包囲を解いた?)
「包囲を解いたわけじゃないぞ!」
心を見透かすような掛け声と共に、ひと際体の大きいアイオイ人を二人引き連れた癖っ毛の戦士がシャルル大佐に迫っていた。
驚くべきことに、あの癖っ毛の戦士は直属の部下二人だけを引き連れてシャルル大佐に挑む積りのようだ。
先ほどまで物量で潰そうとしていたそのほかの人員はあくまで包囲網に専念させるようだ。
「そんなに甘くないかー……」
アウリンとジーク大佐の位置を確認したシャルル大佐は憂鬱そうにぼやいた。
予定される最終段階までの時間はあと三十秒。
しかし、シャルル大佐には見えていた。
迫る三人のアイアオ人の実力が……。
「……もつかな」
長い三十秒が始まった。
次回更新は10月16日の予定です。




