第37話―5 帝都決戦
そんなアウリン1を見つめ笑みを浮かべるジーク大佐の一方で、友軍であるその存在を苦虫を嚙み潰したような顔で見つめる者もいた。
着陸した強襲揚陸艦の指揮所で指揮を執るカルナーク軍の軍師長だ。
「アウリン1……やっと来たと思ったら装甲をパージしているだと……」
「軍師長殿、先の一撃での我が軍の被害は甚大。未だ混乱して詳細すら不明。ですがこれは好機ですな。戦闘後火星政府に対して大きな貸しを作る事が出来ます」
寝ぼけた様な事を言う副官に対し軍師長は内心強い怒りを覚えた。
この期に及んで……ましてやアウリンがあの状況にある中で政治的な思惑を口にするなど、いくら長老連中のスパイだとしても常軌を逸した無能だった。
だが、軍師長はその怒りをすぐさま小さなため息と共に吐き捨てた。
今はそのような事を言っている場合ではないのだ。
「それは良いことだが……まずは現状把握が必要だな。副官、君前線に出て状況把握と壊滅した前線の掌握をしてくれるか?」
絶対に断るだろうという確信をもって軍師長は発言する。
案の定、副官の顔色は急速に悪化し、冷や汗を掻き始める。
その様子を見て満足しつつ、さらに指揮所を見回す。
すると、かねてより副官同様長老連中のスパイと目していた連中が同じように顔色を悪くする一方、軍師長が目をかけていた軍師や幕僚たちは自分が行くと言わんばかりに軍師長を見つめる者と指揮に忙殺される者に分かれていた。
その結果に概ね満足していると、副官がたどたどしく言い訳を始めた。
「いえ、軍師長殿……。その、私では前線掌握は難しく……三等カルナークや火星人とのコミュニケーションにも、ですね」
「そうだなその通りだ」
期待通りの言葉にすぐに乗ってやる。
今すぐ行動に移したいところだが、せっかくの好機を逃すことは出来ない。
「適材適所だ。君はここを司令部から艦の火器を用いた後方支援陣地に移行させて郊外にいるアイアオ人部隊との連携体制を密にしてくれ。私と……そこの君たちと、君と、君と君は私と共に来てくれ。司令部を前線に移して現場の掌握行う」
「「「了解」」」」
素早く支持を下すと待ってましたと言わんばかりに命令を下した者達は動き出した。
地球連邦に比べると大きな端末を背負い、ボディアーマーや自衛の武器を抱えて指揮所を移動する準備を始める。
一方でこの安楽な……安楽に見える場所に残れると思い、命令を下されなかった者達は目に見えて安堵の色を浮かべた。
「ではな副官」
「はっ! お気をつけて」
見送りもそこそこに残った少ない端末を弄り始める副官を一瞥すると、軍師長は生え抜きの者達を率いて指揮所を後にした。
そして、数秒程歩いた後で小さく呟いた。
「よし。総員走れ」
「は? え……」
「りょ、了解。よし、お前たち走れ!」
困惑した幕僚たちをよそに全力で走りだした軍師長はアタフタと走り始めた幕僚たちにさらに命令を下す。
「指揮所を通信網から外して総員退艦を発令だ。近くの部隊も艦から離れた場所に移動させろ」
この段階でこの強襲揚陸艦に危機が迫っていると気が付いた者達は焦りの色を濃くした。
幾人かは事情を聞きたそうにしていたが、軍師長は一瞥して黙らせた。
(ああ、まどろっこしい。膿を出す好機とは言え、有能な者まで危機に晒すとは……)
この行動は軍師長のアドリブだった。
本来なら長老派の部隊を降下部隊第二陣諸共全滅した段階で満足するべきだったが、予想外の展開に今回の策を思いついてしまった。
アウリンが、生身の顔を晒していた。
これが何を意味するかと言えば、暴走である。
そもそもアウリンとは、人間に様々な生物の遺伝子を配合して作られた人口生命体だ。
その中には、先ごろ暴走したハストゥール級の肉艦の創造主であるベルフ人も含まれている。
そして、肉艦とはベルフ人が自らの遺伝情報を基に想像した戦闘生命体なのだ。
故にアウリンにも肉艦の様な暴走の可能性がかねてより危惧されていた。
精神状態が人間に近いとはいえ、戦闘中のストレスや暴力衝動によって肉艦や怒りに我を忘れたベルフ人同様の状態になる……そう言った危惧がかねてより強かった。
(だからこその機動甲冑という名目の拘束外装だったのに……それ無しで、しかも単機。初めての戦闘。死んだ仲間。十中八九高ストレス下に置かれている。確実に戦前の演習と同じ結果になる)
軍師長が思い返した演習において、とあるアウリンが事故によって機動甲冑をパージ。
その際、アグレッサー部隊や一部の友軍に対して攻撃を仕掛けたのだ。
(あの例から考えて、暴走時の標的は概ね三つ。一つは敵)
この点は今は問題ない。
しかし……。
(もう一つはコンタクトを試みた相手。そして最後に、大きな標的……)
そこまで考えた所で、軍師長一行は艦の外へと飛び出した。
艦の周囲には荷電粒子の奔流によって混乱した部隊が軍師長の命令にも関わらず移動出来ずに右往左往していた。
敵も混乱しているのか、つい先ごろまでの高精度の銃撃が止んでいるのが救いだった。
「予想以上に状況は悪いな。お前たちはあそこでうろついてる連中を指揮下に置いて前線陣地4号に集結させろ。ああ、それと君……緊急回線の十番を起動。ゴッジ将軍に、緊急連絡だ」
「え、そ、それって……」
ゴッジ将軍。
七惑星連合軍において、存在は知られていても口にする事すら稀なその名を聞いて、命じられた通信士は困惑の色を濃くした。
だが、次の瞬間。
そんの困惑は吹き飛んだ。
再び帝都に荷電粒子の嵐が飛び散ったのだ。
見ると、アウリン1に敵の強襲猟兵が再び攻撃を仕掛けている。
「急げ! 時間は無いぞ。このままアウリンのお嬢ちゃんを暴れさせたら艦や城どころか帝都が消えてしまうぞ! とっとと父親に来て止めてもらうんだ!」
ゴッジ将軍。
七惑星連合の一画をしめるベルフ人最後の生き残り。
ナンバーズに匹敵する、超生命体。
そんな化け物を呼ぶという命令に通信士が怯えを浮かべる。
だが、自分たちがさっきまでいた強襲揚陸艦の上部構造が拡散荷電粒子の帯を受けて融解するのを見るに至り、通信士は怯えと迷いを捨てて動き出した。
次回更新予定は9月20日の予定です。




