第37話―3 帝都決戦
三皇と五帝はほぼ同一の機種だが、いくつか装備や仕様に違いがある。
指揮官機と量産機という種別差。
それに伴う機体の各種グレードの違い。
こう言った一般的な差異が殆どを占めるが、最大の違いはとある装備の有無だ。
それこそが両腕に内蔵されたアンカーランチャーに用いられているワイヤーだ。
五帝に内蔵されたものは通常の強化カーボンと特殊鋼の複合製であり、その長さは移動や極近距離での戦闘用に用いる数百メートルの物に過ぎない。
対して三皇のものは違う。
五帝よりも1メートルも長く、一回り大きいその両腕に内蔵されたアンカーランチャーのワイヤーはオリハルコン製なのだ。
両腕合わせって総重量500キロにも及び大容量のオリハルコンを目的に応じたアンカー形状とワイヤーの性質にランチャー内部で即座に変質させて射出するのだ。
この結果、例えば先の様に極小極細にして数キロ先にアンカー及びワイヤーを射出して罠を張り、敵が掛かった瞬間に切断に特化した形状に変化させると言った、従来のアンカーランチャーに囚われない自在な使い方が出来るのだ。
ジーク大佐発案で異世界派遣軍や陸軍、連邦構成各国に売り込んでいる装備であり、現状だと米軍のMF9や欧州のⅣ号猟兵。日本の試製六四式に韓国のKF3、そして中国の始皇帝と三皇などにしか装備されていない最新鋭の装備だ(残念ながら陸軍と異世界派遣軍では採用されなかった)。
そんな最新鋭の装備だからこそ、ジーク大佐は目的に対して必殺のこのタイミングで使用した。
目的。
そう、ジーク大佐の目的はたった一つ。
偵察機でありアイアオ人と同じ特性を持つ単眼の機体だけが狙いだったのだ。
アイアオ人の能力の恐ろしさはジーク大佐の身に染みていた。
ましてやそれが地球以上の技術力を持つ今の七惑星連合軍ならば、その脅威度はカルナーク軍のそれを遥かに上回る。
(そんなものを……一木の所に行かせるわけにはいかないんだよ)
だからこそジーク大佐は待った。
切り札を用いる好機を。
十四機の部下達が敵戦力を削ぎ、敵残存戦力が単眼型を逃がすべく殿を務めるその時を。
そしてその狙いは見事に当たった。
十四機の部下達全機損失は痛かった。
だが、敵の隊長機と単眼型だけを残して全機撃墜という素晴らしい好機をもたらしてくれた。
敵の隊長機の動きも望むべく最高のものだった。
そうして狙い通り、逃げ出した単眼型を罠に誘い込み撃破。
全てはうまく行っていた。
最後に狼狽した隊長機を必殺のオリハルコンワイヤーでバラバラにすれば全てが終わり。
すでに敵の全身に極細ワイヤーが巻き付いている。
後はこれを切断形状に返還後、巻き取れば終わり。
(さあ、あとは一木を助けに行けば……)
ジーク大佐はこの時、過信していた。
彼女自身が手掛けた対人型巨人用強襲猟兵という兵器の実戦という事態に浮かれていたのかもしれない。
それがあまりにもうまくいきすぎていた。
不利な戦場。
従来の装備の部下達。
未知の敵。
追い詰められる仲間たち。
そんな状況下において、自分が考案した新装備が素晴らしい戦果を発揮して敵の未知の兵器が一瞬でゴミのようにバラバラになっていく。
この大好きな漫画やアニメのような展開に、製造後六十年を経過したベテランのアンドロイドは油断し、過信した。
全てが上手くいく未来を。
愛する人間を、自分が華麗に助けに行く未来を。
だからこそ。
バツン!!!
形容しがたい巨大な音が周囲に響いた。
ジーク大佐の意識がそれを聞いて瞬時に覚醒する。
過信も、妄想も刹那に過ぎなかった。
しかし、その報いはすぐに訪れた。
「ワイヤーが!?」
アウリン1に巻き付き、必殺の時を一瞬の後に待っていたオリハルコンのワイヤーが切断されていた。
それも一か所ではない。
1の体に巻き付いたワイヤーの複数個所においてだ。
「馬鹿な!? 最細だって強襲猟兵を支えられる代物だぞ!」
思わず狼狽を音声にして発してしまう。
その時気が付いた。
敵の異様な様子にだ。
そもそも、ワイヤーを切断したにも関わらず、敵の装甲。
その頭部部分が地面に落下していた。
ワイヤーはその威力を示す前に斬られたにも関わらず、敵の装甲が全身緩み、割れていた。
(緊急時の装甲排除機能! しかもご丁寧にワイヤーカッター……極小の粒子砲とは……)
してやられた。
が、それゆえにジーク大佐は大したものだと感心してしまった。
確かに強襲猟兵や敵の人型兵器のようなある程度の大きさを持つ大気圏内運用の兵器にとって、仕掛け罠は脅威だ。
その中でもワイヤーのようなもので絡めとって動きを止めるというのは、遥か昔から用いられてきた有効な手段と言える。
だからこそ、装甲をパージすると同時に仕込まれた使い捨ての粒子ビーム砲によって巻き付いたワイヤー状の物体を切断するという敵の手段に素直な感心をしてしまう。
そんなジーク大佐の心中など関係ないという風に、アウリン1はゆっくりと顔を上げた。
全身を包んでいた重厚な巨大装備は大半が剥がれ落ち、今やその身を覆うのは人間が着込む全身甲冑程度の薄い装甲に過ぎない。
しかも頭部は何ら身に着けていない。
だが、その結果見えた顔を見て思わずジーク大佐は絶句した。
白金色の水の様に艶やかな髪が、纏めていた紐でも切れたのか頭頂部からゆっくりと流れていく。
その下にある肌は病的なまでに青白く、まるでゾンビメイクしたお化け屋敷の従業員……控えめに言って死体じみた色をしている。
だが、不思議と気味悪さは感じない。
むしろ人非ざるその肌の色が、無機質的な奇妙なまでの美しさを強調し、アンドロイドのジーク大佐をして見惚れさせる美を誇っていた。
(けれども……一番美しいのは……)
ジーク大佐はアウリン1の顔をジッと見つめた。
憤怒に染まり、ギザギザと尖った肉食獣の如き凶悪な歯をむき出しにしてジーク大佐を睨み返すその顔を。
「へぇ……生首ではさんざん見たけど、生きてる顔の方が綺麗だね」
偽らぬ本心だったが、アウリン1には賛辞とは思えなかったようだ。
より一層怒りを深め、憎悪に満ちた呟きがジーク大佐にも感知できた。
「殺してやる……」
ワイヤーを切られたジーク大佐はそれまでのワイヤー移動の慣性そのままにアウリン1のすぐ脇をすり抜けた。
すり抜けざまに斬りつけられるかと思いカウンターを狙っていたが、アウリン1は何もしなかった。
ただゆっくりとジーク大佐の方へと振り向きながら、ゆっくりと長大な剣を頭上へと振り上げる。
達人の様な見事な構えだった。
その身のこなしから感じる威容は艦隊最強の剣術使いであるスルターナ少佐にも匹敵する。
相手にとって不足は無い。
部下たちの敵。
妹達の敵。
一木への手土産。
対巨大人型兵器の実用試験に箔をつける。
ジーク大佐の脳裏に様々な倒すべき理由がよぎる。
個人的感情と感情制御システムのもたらす欲求が混ざり合い、異様なまでの興奮と戦意をもたらしていた。
「それは僕の台詞さ! お前の仲間みたいにバラバラにしてから剥製にして旗艦に飾ってやるよ!!」
見え透いた煽りを叫ぶ。
相手の理性や冷静さを奪えれば、との思いから飛び出た言葉だったが、効果は絶大だった。
「ああっ!!!!」
短く、太く、感情の籠った叫びと共にアウリン1は剣を振り下ろした。
同時に長大な刀身から噴き出した膨大な荷電粒子の渦が帝城の一部を吹き飛ばし、さらに崖を崩落させ、それどころか帝都の一画までをも吹き飛ばした。
凄まじいまでの威力だった。
巨大な爆発の勢いそのままに吹き飛んだジーク大佐は宙を舞いつつ静かに笑った。
全ての理由は吹き飛びつつあった。
ただ、あれほどの相手と戦える高揚がジーク大佐の胸を満たしていた。
太ももに備え付けてあった強襲猟兵用の銃剣付き拳銃を両手に構えると、同じく自由落下中のアウリン1に狙いを付けた。
ジーク大佐が全スラスターを吹かして突撃するのと、アウリン1が姿勢制御スラスターでジーク大佐の方を向いたのはほぼ同時だった。
巨大な荷電粒子砲の熱波と大量の岩石と石材の破片の中、エクスカリバーとマテバが火花を散らした。
次回更新は9月10日の予定です。




