第33話―6 さようなら
「そんな表情を浮かべるなよ。今の俺にだって応急処置くらいはできる……大丈夫かミルシャ? 酷い怪我だ」
相変わらずのぎこちない動きで一木はミルシャの治療を始めた。
とはいっても本来の地球連邦軍の衛生兵が行うものに比べると格段にぎこちなく、程度が低い物だった。
グーシュが携帯端末やマナ大尉の研修で目にした時は簡易的な手術すら行っていたことを考えると、消毒と医療用ホッチキスと接着剤による止血、そして汎用人工血液の注入(しかも全ての動作が酷く雑だった)しか行えない一木の処置は物足りない物だった。
(とはいえそんな事を言っている状況でもない、か)
壁にもたれかかり喉の傷を治療されるミルシャを眺めながらグーシュは嘆息した。
だが、グーシュの不満をよそにミルシャの顔色は徐々に良くなっていった。
シュシュが施した嫌がらせ交じりの中途半端な治療魔法よりは効果があったらしい。
それを見たグーシュはようやく一息つくことが出来た。
思わず長く息を吐きだす。
ミルシャを背負って歩いていたせいか体中が熱く、顎から汗が滴り落ちていく。
思わずそのまま倒れ込みたい衝動にかられたグーシュだったが、勿論そんな余裕はない。
すぐにミルシャを連れて移動を開始しようと腰を上げようとして、今の今まで流そうとしていた疑問がようやく口のすぐそばまでやってきた。
「一木……一体何があってそんな事になっているのだ? 第一……あれは、あのお前の体に入っている者は何なのだ?」
グーシュが疑問を発すると、マナ大尉の姿をした一木は辛そうに一瞬顔を歪めた後口を開いた。
「あれは……ハイタだ。ハイタが……死んだはずの俺とマナを助けてくれたんだ」
そう言って一木はマナ大尉の体で自身の胸元を示した。
そこにはコアユニットの位置を深く貫く大きな傷跡があった。
※
あの時。
ジンライ・ハナコにより死の縁に追い込まれた一木が、同じく死にかけていたマナ大尉と視線を合わせ、そして光に包まれた時。
一木の目の前にはハイタがいた。
白いワンピースを着込み、光によって真っ白な空間に浮かぶその姿は精神世界で女神や上位存在と改稿するときのテンプレートのような光景だった。
「これは……何ともベタな展開だな」
思わずオタク丸出しの言葉が口をついて出る。
とはいえ、ある程度アニメや漫画に親しんだ人間ならば誰もがそう思うであろう光景ではあった。
「……あなたの認識と趣味に合わせたつもりだったのに、何ですかその感想は?」
不満げにハイタは頬を膨らませた。
(こう言う所もベタなんだよなあ)
という率直な感想を胸に収めつつ、一木はあたりを見回しながらハイタに尋ねた。
「で、俺はどうなったんですか? 今度こそ……死にましたか?」
「いいえ」
ハイタはきっぱりと即答した。
「正確に言うと死が避けられない状態に……マナちゃんと一緒になりました」
一木は思わず顔をしかめた。
あの状況から覚悟していなかったわけでは無い。しかし、結局マナ大尉の事を巻き込み、グーシュを助けられなかったのが心残りだった。
「……そう、か。それで、お別れってわけか? そのためにこの不思議空間を?」
今度の質問にはハイタは即答しなかった。
まるで変な事を聞かれたかのようにきょとんとすると、ニッコリと笑みを浮かべる。
「お別れのためだけにこんなことしませんよ。あ、いえ……お別れってのはそうなんですけど……」
「え……?」
一木は不穏な空気を感じて思わず聞き返した。
しかし、ハイタはそんな一木の心中など察した風もなく笑みを浮かべたままふわふわと漂う様に一木へと近づいてきた。
そして一木をギュッと抱き締める。
微かに雑巾で牛乳を拭いたような匂いのする、甘いミルクのような香りがする。
よりによってなんでこの香りをチョイスしたのかと文句を言いたくなるが、流石の一木も空気を読んでそのことは指摘しなかった。
「一木さんには……いえ、一木さんとマナちゃんには、私の全てを上げようと思うんです」
ハイタの話が思ったより大事なので、一木はギョッとして思わず体を振るわせた。
次回更新予定は7月24日の予定です。




