第33話―4 さようなら
一方的な、と言って過言では無い蹂躙の最中。
一木弘和は突如として背中のスラスターを噴射してジンライ・ハナコの元から壁を突き破っていなくなった。
唖然とした彼女が一木弘和が向かった先がシュシュのいた所だと気が付いたその時には、彼女自身もなけなしの姿勢制御用の推進剤をすべて使って一木弘和の後を追って飛び立っていた。
※
「シュシュ……絶対に前に出るなよ」
「ハナ……」
背後にシュシュを庇いながら眼前の一木弘和を睨みつける。
不気味に光るモノアイに圧倒される中、状況は刻一刻と悪化していた。
何よりも最悪な事に、妙な女の声で喋るようになった一木弘和に勝つ見込みがないのだ。
まず、腰と手首にマウントされていた何の変哲もない強化機兵用の武装が身体能力と相まって非常な脅威となっていた。
左手に持った7.62mm強化機兵用サブマシン。
強化機兵用としては低下力な武器だが、対人用としてはライフル弾を高精度でばら撒ける点で脅威となる。
あまつさえ今の一木弘和は片手で無造作に連射しながら狙撃同然の制度で攻撃してくるのだ。
このせいでジンライ・ハナコは遠距離から中距離の位置をスラスターとアンカーランチャーで攪乱しながら飛び回って隙を伺う本来の戦法が取れずにいた。
戦闘開始と同時にこの戦法を行い、その際に一連射をまともに受けてしまい全身をズタズタにされてしまった。
この損傷に焦ったジンライ・ハナコは即座に距離を詰め、接近戦に活路を見出した。
確かに最初の攻防では攻撃を避けられたが、それでも真正面からの斬り合いには自信があったからだ。
しかし、それもまた甘い考えだった、
一木が右手に持った強化機兵用のAM10高周波ブレードによる白兵能力はジンライ・ハナコ自身と同レベルの凄まじいものだった。
高周波振動による聴力への妨害と切断力強化を織り交ぜた独特なナイフ術に似た白兵は、対人刀剣術のマスターの位をもつジンライ・ハナコをもってしても崩す事の出来ない頑強さを持っていた。
しかも攻めあぐねている所に、サブマシンやこめかみの部分に仕込まれた22口径弾による牽制射撃まで混じり始め、完全に抑え込まれてしまった。
(その状態を何も打開できない所に来て、その上シュシュという守るものがあるところに誘い込まれてしまった、というわけか……)
背後に立つシュシュリャリャヨイティの気配を感じながらジンライ・ハナコは心の中で冷や汗を流した。
シュシュをこのまま逃がしたいところだが、一木弘和には機動力も精密射撃能力もある。
そんな相手の前でシュシュを逃がせば、単なる的か逃げるウサギか……。
どう考えても逃げ切れる目は無い。
ろくな打開策を思いつく事も出来ず、そうして震えるシュシュを背にしている間にも確保目標だったグーシュリャリャポスティが逃げていく。
そして、この膠着状態自体が一木弘和の気まぐれでしかないのだ。
相手が一転して攻勢に出てしまえば、そこで全てが終わる。
「……させない。絶対に」
「ハナ……」
珍しくしおらしいシュシュの態度が、とある手段を後押ししてくれる。
同じRONINNや旗艦のハストゥール指揮下の宇宙艦隊が戦闘中の現状では最悪の悪手になりかねないため躊躇ってきた手段。
だが、やるしかない。
ジンライ・ハナコは決断する。
もう、シュシュを二度と失う事はしない。
「シュシュ」
どうせ一木弘和に対して隠し事など出来ないと、ジンライ・ハナコは普通の声量で大事な女に語り掛けた。
返事は無く、微かに頷く気配だけがする。
「今から私があいつをやっつけるから、あなたは妹さんを追いかけて」
「ハナ!?」
驚いた声。
普段からかうような呼びかけしかしない彼女の揺れ動く感情が心地いい。
「……大丈夫。勝算はある。最終兵装を使う」
最終兵装。
白兵戦用第一種兵装。
遠距離戦用第二種兵装。
空間戦闘用第三種兵装。
現状三つある兵装の上位に位置する、RONINNの隊長クラスにのみ扱う事が許される最強の兵装。
目の前の化け物に打ち勝つにはこれしかない。
ただし、この兵装には重大な問題があった。
それ故に、この兵装を展開するためには指揮官の……現状だとハストゥールの司令部にいるクク艦長の許可が必要なのだ。
そうして、許可が下りるまでの数秒を待つ。
永遠にも等しく感じられた許可までの時間。
その永遠の果てに、クク艦長はジンライ・ハナコに一分の最終兵装展開を許してくれた。
縮退炉の総電力の5%を使用する、狂気じみた兵装の。
胸の奥の極小空間湾曲ゲートが揺れ動くような感触と共に、ジンライ・ハナコは一歩だけ一木弘和に近づいた。
次回更新予定は7月13日の予定です。




