第32話―5 姉妹
シュシュが笑顔で言った内容は事実だ。
一見強そうに見える一木がその実大したことが無いという事は、グーシュも繰り返し聞いていた。
戦闘力では上位にあるはずのジーク大佐がジンライ・ハナコに細切れにされたのを見ていたグーシュとしては、しょっちゅう体のあちこちをぶつけて壊していた一木が対抗できるとは到底思えなかった。
「……」
声が出ない。
グーシュは視線だけを動かして周囲を探った。
起死回生の手段が無いか、浮浪者がゴミを漁るような気持で必死で見回す。
しかし、何もない。
響く砲声と銃撃は帝都防衛のため戦う連邦軍と七惑星連合の部隊のものであり、グーシュを救援しようとするものではない。
郊外にいるクラレッタ大佐達は未だに敵部隊と交戦中だ。
相手がジンライ・ハナコと同様のサイボーグだとすれば、ここに颯爽と現れるとは考えづらい。
マナ大尉の戦闘力は通常の歩兵型と同レベルという事を考えると、こちらも期待することは難しい。
もとより、一木よりグーシュを優先してくれるわけも無い。
ミルシャは今まさにグーシュの腕の中で死にかけている。
皇族たちはシュシュに殺された。
お付き騎士達は今まさに帝都で戦っている。
「……終わった」
「ええ、終わりよグーシュちゃん。さあ、もう一度聞くわ。地球連邦と手を切って、私と子供を作らない?」
どうしようもない事は考えても仕方がない。
グーシュの持論だった。
そう割り切って動いてきたし、だからこそそういった事態に陥っても受け入れてきた。
(…そう思っていたのに、こいつにいいようにやられるのがこんなに癪だとは)
グーシュの理性は受け入れろと言っている。
どうしようも無いのだから受けいれて、後々出し抜けばいいと。
グーシュの感情は拒否しろと言っている。
ミルシャが死んだら、一緒に逝くと誓ったではないかと。
「わかった、姉上」
だから、グーシュは本能に従った。
ムカつく姉に立ち向かう事を選択する。
起死回生も何もない。
心の中のムカムカに従うことに決めた。
(なあに、上手くいけばこの場で出し抜ける。失敗してもミルシャと一緒だ。……案外悪くない、な)
そんな事を考えていたら沈黙が長引いてしまった。
これ以上時間はかけられない。
首を傾げる気持ち悪い姉にニッコリと笑いかけてから、グーシュは太ももにある短刀を意識した。
(ままよ!)
手を動かすのと、シュシュが指先で札を掴み、呪文を唱えるために息を吸い込んだのは同時だった。
「あー」
駄目だと悟った。
間の抜けた声が喉から漏れ出る。
悪くない人生だった。
ミルシャが一緒なら。
まあ、こんなものだ。
いいじゃないか……。
煮えたぎる心を誤魔化すための言葉で胸が溢れかえった、その時だった。
轟音と共にシュシュの背後の壁が吹き飛んだのは。
「ぎゃごばっ!!」
「ミルシャ!」
シュシュのへんてこな悲鳴が聞こえる。
吹き飛んだ壁の破片や衝撃をまともに受けたらしい。
一方のグーシュは奇跡的に反応することが出来た。
ミルシャの名を叫びながら咄嗟に覆いかぶさる。
グーシュの運動神経を考えれば奇跡だった。
(無意識に自分の都合がいい事態を想像していたからか?)
そんな自己分析をしながら、粉塵に塗れた体をゆっくりと起こす。
砕けた石の破片や粉塵によって周囲は灰色一色だ。
「げほ、ゴッホ……。なんだ、アイオイ人部隊の狙撃か?」
敵による帝城への狙撃を一木が警戒していたのは覚えていたが、窓も無いこんな場所を攻撃した理由は分からない。
誤射だろうか?
グーシュはそんな事を考えながらミルシャを抱えて立ち上がろうと足に力を込めた。
「グーシュちゃん待ちなさい! 風よ舞い上がれ!」
動きを察知したシュシュが呪文を唱える。
瞬く間に突風が起き、恵みの粉塵を消し飛ばす。
灰色一色の光景がみるみる晴れていく。
「くそ……無事だったか糞姉」
自分より身長のミルシャを抱え、グーシュは必死に立ち上がった。
起死回生の機会を逃すまいと、必死に足に力を込める。
晴れるまでせいぜいあと数秒。
逃げ切れる可能性は低いだろうが、ここに至っては最後まで足掻き続ける覚悟だった。
「ぐべっ!」
覚悟は一歩目でとん挫した。
何か固い物にぶつかってグーシュはミルシャと共に倒れ込んだ。
「しまっ……」
絶望と共にぶつかった何かを見上げる。
徐々に晴れていく視界の中、成人男性の身長より少し高い位置に赤く丸い光が見えた。
その光を見た瞬間、思わずグーシュは泣き出したくなるような感情に飲まれた。
「馬鹿な!? イチギ・ヒロカズ!!」
背後から聞こえるシュシュの驚愕に満ちた叫びが心地いい。
「大丈夫、グーシュ……」
スピーカーから擦れた声が響く。
いつものように返事しようとして、とうとうグーシュは涙を流してしまった。
「ああ……ああ! 大丈夫だとも……一木。お前が……お前がこんなに頼もしいとはな」
泣き笑いのような表情でグーシュが叫ぶのと、視界が完全に晴れるのはほぼ同時。
一木は満身創痍だった。
装甲はあちこちが歪み、深く裂けた場所もあった。
特に胸部には無数の傷が突き、一つは内部機構に到達する程深かった。
「一木……お前」
「大丈夫、グーシュ。それよりも君は下がっていて。ミルシャを連れて予定通り塔へ」
言われたグーシュはチラリとシュシュの方を伺った。
埃まみれのシュシュは瓦礫でもぶつかったのか頭部から出血までしているが、重傷箇所は無いようだった。
現に今も右手の指に数枚の札を構え、魔法をいつでも放てるように警戒している。
言いたいことは山ほどあった。
しかし、今は問答している状況でも迷っている状況でもない。
「……テンポの悪い漫画みたいな会話は後にしておこう。頼んだぞ一木!」
「グーシュちゃ……」
駆け出すグーシュ達に対し、シュシュがとっさに叫ぶ。
だが、その声は最後まで発せられることは無い。
一木が右手に持っていた強化機兵用のサブマシンを構えたからだ。
シュシュリャリャヨイティは歯噛みして、先ほどまで妹に対しては決して見せなかった焦りと怒りをあらわにした。
「ハナちゃんは……ハナちゃんはどうしたの!?」
グーシュが聞けば一か月は上機嫌になるだろう狼狽しきった声。
だが、それに対して一木の対応は異質な物だった。
「……お前はどうでもいい。弾がもったいない。グーシュは助けた。あとはあいつを倒せば、ヒロ君は安心」
一木の。
いや、一木のボディから響いたのは無感情な女の声だった。
それを聞いたシュシュリャリャヨイティは思わず後ずさった。
怯えを隠すこともなく逃げるために距離を取る。
「あなた……誰?」
「……私は……」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
一木の形をした者の名乗りを遮ったのは叫びだった。
聞こえた瞬間シュシュリャリャヨイティが恋する乙女のような歓喜をあらわにする。
ジンライ・ハナコの叫びだった。
一木が突っ込んできた穴から飛び込んで来たジンライ・ハナコは勢いそのままに一木に対して斬りつける。
装甲車すら切り裂く一撃。
神速で振るわれた一木の装甲では到底耐えられないその一撃を、一木は左手に持った高周波ブレードで何事も無いように弾いた。
一木の……いや、人間の動きではない。
参謀型以上の高性能アンドロイドの様な動きだった。
「シュシュから離れろ化け物め!」
弾かれたジンライ・ハナコはそのままシュシュリャリャヨイティの前へ着地する。
姫を守る騎士の如く一木に対峙するその姿は、一木以上に傷だらけだった。
それを見た一木は、モノアイをくるりと一回転させた。
ジンライ・ハナコとシュシュリャリャヨイティには分からないが、その動きが意味する感情は歓喜。
赤黒く輝くそのモノアイは怪物の瞳が如く騎士と姫を見下ろしていた。
次回更新予定は6月29日の予定です。
次回 第33話 さようなら
おたのしみに。




