第32話―4 姉妹
「興奮してきたでしょう、そうよねえ……。実は大英雄の血をひいていたなんて、あなたが大好きな説話みたいだものね?」
グーシュの心中を完全に察したかのようなシュシュの言葉に、グーシュは何も言い返すことが出来なかった。
瞳の輝きを。
早口で飛び出そうとする疑問を。
止める事が難しい。
愛おしいミルシャが心配なはずなのに、心配しなくてはならないのに。
未知を。
未知を知りたいという欲求を抑えるのが堪らなく難しかった。
「わ、わらわは……」
「……エドゥディア帝国は現在魔王オルドロによって存亡の危機にあるわ。しかもニュウ神官長と騎士長が魔王討伐中に魔法の事故で火星に飛ばされている……つまり、帝国は神器を一つ欠いた状態にある」
シュシュは歯を食いしばって自らの衝動を耐えているグーシュにゆっくりと近づいた。
そして頬を軽く撫でた。
グーシュは一瞬震えるが、睨み返す事しかできない。
「その状況で行方知れずだった神器とその使い手。そして勇者を連れ帰った者が魔導皇帝ファーリュナスの血をひく者だったらどう? 地球の大統領なんかより、もっと素晴らしい物が手に入る……そう思わない?」
シュシュは囁くように言った。
憎み続け、嫌い続けた姉の言葉がやけに蠱惑的に聞こえた。
グーシュはさらに自身の中の悪辣な思いに気が付いた。
ミルシャを見捨てろ。
一木達を見捨てろ。
臣民を、臣下を捨てろ。
エドゥディア帝国という未知なる彼方へ。
エドゥディア帝国皇帝というさらなる高みへ。
醜くも、魅力的な思い。
グーシュはそれを振り払おうと足掻く。
「……おかしいぞ。お前はわらわとの間に子供を作ろうと言ったな? その意図するところはつまり……わらわや姉上では足りないのだろう。皇帝になる条件が? 血の濃さ……もしくは、魔術的な素養か? わらわとの子作りの目的はさしずめそれを満たすための血の濃い皇族が必要になったから……違うか?」
「ええそうよ」
あっさりとシュシュは認めた。
「ニュウ神官長のが用意した札が無いと魔術が使えない私では皇帝になれないの。だから公爵家の人間と子供もつくった。けれどもお腹の子供の素養を調べたらそっちもダメだった。だからね、公爵家よりも血の濃い直系の皇族が相手に必要なのよ。それには姉妹が子供を創るのが一番なのよ。幸い火人連は地球より同性間の子作りに寛容よ。規制もなく子作りできるわよ?」
シュシュは滑らかに語ったが、その内容はグーシュの疑問を溶かし、誘惑を断ち切るのに十分な無いようだった。
「お前……つまりわらわは皇帝になれないのだろうが! 何が大統領より凄い皇帝になれるだ。お前との間に出来た子供を皇帝にしてわらわに何の得になる?」
「そんなの……皇帝の実母として二人で暗躍しましょうよ? 最初は院政を敷いて後々女帝になるなんて基本じゃない。私には後宮の管理権と宰相の地位があればいいから、皇帝の座はグーシュちゃんにあげるわ。だから、ね? 一緒に行きましょう」
「お前に宰相なんぞ任せる程落ちぶれてはいないぞ! ああああああー! 一瞬でもお前の話に浮かれて馬鹿なこと考えてた自分に腹が立つ!!!」
グーシュは叫ぶと勢いよく頬に触れていたシュシュの手を引っ叩いた。
わざとらしく驚いた仕草をしながら、シュシュは一歩後ずさる。
「……やっぱりだめ?」
グーシュからすると気持ち悪く上目遣いでシュシュが囁く。
「駄目だ。どうしても子供が欲しいんならさっき投降した連中と作れ。皇帝とやらになりたいんなら七惑星連合のお仲間と勝手にやれ」
「えっ……」
グーシュの啖呵に対し、シュシュは素っ頓狂な声を上げた。
唐突だったので思わずグーシュも驚いて声が止まる。
「な、なんだ?」
「いえ……珍しく鈍いなって。まさかグーシュちゃん……私があんな連中に時間を割いて捕虜にするなんて……思ってたの?」
その瞬間グーシュの中で決心がついた。
その瞬間ミルシャや一木達を見捨てようかと迷った自分を棚に上げた。
身内を殺すような糞姉とは絶対に決別する。
グーシュはそう心に決めると、ようやくシュシュの勧誘から手を引くことを決めた。
だが、いくら何でも遅すぎた。
「怒ってるようだけど……逃げられると思ってる? あなたの大事な一木将軍がハナコと対峙してから何分立ったと思ってるの。半端な型落ちサイボーグが、RONINN副隊長に対抗できると思ってる?」
次回更新予定は6月23日の予定です




