第31話―6 憎悪
第31話のタイトルを「姉妹」から「憎悪」に変更いたしました。
「殺してやる! よくも弘和君を!!」
凄まじい形相で叫びながら、マナ大尉は手にした盾でジンライ少佐に殴りかかった。
脱力した体で膝を付きながら、一木はアンドロイドでもあんな表情をするのか、などという奇妙なほどに冷静な感想を抱いていた。
(……なんだ、俺の体……何が)
ボディのエラーチェックを行うと、脳の入った容器と生命維持システムを接続する配線部分が断線していた。さらに状況をチェックすると、どうやら対人刀で貫かれたためらしい。
もとよりサイボーグの脳と生命維持システムはアンドロイドのコアユニットなどとは比較にならない程脆弱な構造だ。
対軍用アンドロイド用の対人刀で攻撃されてはひとたまりもない。
(そうか。生命維持に支障が出たせいで緊急維持モードになってボディ機能が低下してるのか……)
サイボーグの生命維持システムは人間を活かす点だけに関しては高性能だ。
配線や設備が多少破損した程度ですぐに死ぬような事は無い。
とはいえ、緊急維持モードになったという事はろくに身動きが取れないと言うことでもある。
「ま、な……に、ににげげ……ろ」
全身に力を込めて声を発するが、発音はおぼつかず声量もまるで出ない。
そしてそうしているうちにマナ大尉は殴りかかった盾を弾き飛ばされ姿勢を崩されていた。
「やめてくれ。たのむ、ジンライしょうさ。うらんでるのは、おれだろう。まなは」
マナ大尉が追い詰められた事に危機感を持ったためか、懇願は驚くほどスムーズに発せられた。
正直言って、ジンライ少佐に対してはもっと勇ましい別の対応を考えていた一木だったが、実際に相対してしまえばこの程度の事しか出来ないのが実情だ。
だが、当然のことながら。
どれほど一木が必死に微力を尽くそうとも、ジンライ少佐がその願いを聞く必要はどこにもない。
すぅ。
あまりにも軽い音がした。
コピー用紙をカッターで切った時でさえもっと音がしただろう。
音が止んだ時には、マナ大尉の胸部はジンライ少佐の対人刀によって貫かれていた。
どう見てもコアユニットのある位置だ。
「あ、ああ」
呻くような声が一木のスピーカーから漏れ出る。
ジンライ少佐は貫いたマナ大尉の方から呻く一木の方へと視線を移した。
そして、薄く笑う。
「恨むのは俺だろう、だと……何を当たり前の事を言っている?」
がきゃ。
ジンライ少佐が対人刀を持っている手を軽く捻ると、マナ大尉の胸部からプラスチックが砕けたような音がした。コアユニット内部が砕けた音だろう。
一木の心中に耐え難い程の絶望が満ち、微かな希望が真っ黒に染まっていく。
「シュシュを……シュロー君を殺したお前をどれほど憎み続けたか……私の心だけじゃない!!! お前は! 火星の……いいえ、七惑星連合の……機械に支配された地球人類すべての希望だったシュロー・シュウというかけがえのない光を壊したんだ!!! 許されるわけないだろうが!!!」
怒声を上げたジンライ少佐は呆然とした表情のまま固まったマナ大尉の体を蹴りつけて床に倒すと、一木の方へと近づいてきた。
「そんな許されざるお前を楽に殺す訳が無い……違うか? そうだろう? 復讐物のコミックやアニメだってそうだ。悪役はインガオホー……報いを受けるんだ」
「それは、そうだ。けれど、まなはかんけいない。ほかの、アンドロイドだって、へいしだって……たのむ。むくいと、いうなら、おれだけを……」
ここに来て一木は自分の終わりを明確に自覚しつつあった。
視界の隅にあるアラームの欄がエラーで埋め尽くされている。
ボディだけではない、自分の脳と生命維持システムに関する深刻なエラーだ。
早晩、一木弘和は死ぬだろう。
だからこそ一木は懇願を続けた。
終わりにしてほしい。
シュロー・シュウという青年がシキを殺したのは事実だ。
一木は当然のごとくそれを恨んだ。
だが、一木は直後にシュロー・シュウを殺した。
恐らくはジンライ・ハナコにとって何よりも大切な存在を殺した。
当初はシキを殺した存在を丸ごと恨んだ一木だったが、シキが死んだ瞬間を繰り返し思い出すたび、思い知った事があった。
シキに縋りつく自身のすぐ隣で、自分と同じようにシュロー・シュウに縋りついて泣いている女がいる事に。
そのことを自覚するたびに、一木の中にある恨みや悲しみは変質していった。
シキを失った悲しみと殺した相手に対する恨みは、そのままそっくり泣いている少女……即ちジンライ・ハナコが一木に対して抱いているものと同じなのだ。
しかもだ。
一木の敵は死んだ。だがジンライ・ハナコの敵の一木はまだ生きている。
となれば、あのジンライ・ハナコの胸中はどうなっているのだろうか。
間違いなく憎悪に呑まれているはずだ。
ならばどうすればいい。
一木はその問いを自身に問い続け、そしてアイムコの元をグーシュと共に尋ねた時に決断した。
(ずっと、ジンライ・ハナコと刺し違えて……この世から恨みを消すつもりだった。それは叶わなかった。そのうえ、マナ大尉……いや、マナまでやられた。けれども……けれども! せめて、俺を殺した事で憎悪を捨てて欲しい。たとえこれから、戦争でたくさんのアンドロイドを殺そうとも、その心から憎悪の炎を消していてほしい……)
どうしようもない願いだと分かっていた。
無意味な願いだと自覚していた。
それでも一木は決めていた。
ルーリアトであれ、どこであれ。
今すぐであれ、死の間際であれ。
ジンライ・ハナコという女の心に根付かせた憎悪は、必ず自分が何とかして、全てを終わらせると。
だが、これも当然ながら。
そんな義理はジンライ・ハナコには無いのだ。
「馬鹿かお前は? 全ての機械と地球連邦軍所属者は侵略者ナンバーズの手先。地球と七惑星を有機生命体の手に取り戻すためにも、全てのアンドロイドは惨たらしく殲滅するのが当然だろうが」
「…………」
「くだらない問答は終わりだ。お前のダッチワイフと一緒に絶望しながらあの世に行け。だいたいシュシュの所には私と入れ替わりになって妹殿と女騎士がいるんだ。これ以上お前に割く時間は無い」
ジンライ・ハナコの言葉に一木がどうしようもない無力感を感じつつ、同時にグーシュが無事な事に安堵を覚えたその時だった。
薄くなりつつあった一木の視界に移るマナ大尉の俯いた顔がゆっくりとあがり、一木の顔をはっきりと見つめた。
その瞬間一木の視界は光に包まれた。
構成を見直した結果グーシュパートより先に一木パートをやる事にしたため、小題タイトルを変更いたしました。
そして次回より第32話 姉妹 を開始いたします。
お騒がせしました。
次回更新予定は6月5日の予定です。
6月は休日や余裕のある日が少ないので更新頻度が落ちると思いますが、ご了承ください。




