第31話―5 憎悪
「う、うぅ……」
グーシュが目を覚ましたのは強襲揚陸艦が着陸し、帝都守備隊と戦闘が開始された直後だった。
着陸の衝撃は巨大かつ中央広場から離れた帝城に被害を及ぼす程だったが、帝都東部の崖を背に建築された帝城は艦隊の兵站参謀部施設課がオーパーツと呼ぶほどの頑強さを示し、奇跡的に基部に及ぶような損傷は避ける事が出来た。
無論被害無しではない。
窓にはめ込まれていた板や少数の高価なガラスは悉く破壊され、内部にいた少数の人間に致命的な被害を与えていた。
その点で言えばグーシュは運が良かった。
窓から思い切り身を乗り出して強襲揚陸艦を見ていたグーシュは無数の瓦礫や木片を浴びてルイガ皇太子の様にズタズタになってもおかしくなかったが、一木とミルシャによって庇われ伏せられ、結果として無傷で済んだのだ。
「殿下。よかった」
意識を取り戻したグーシュの下になっていたミルシャがホッとした様子でグーシュを抱き締めた。
「うぐ……ミルシャ、大丈夫だから力を抜け……あ、一木……マナ大尉も、すまなかったな」
力を込め過ぎたミルシャをやんわり注意してグーシュが埃を払いながら目をこすると、眼前に立っている一木とマナ大尉に気が付いた。
一木はグーシュに覆いかぶさるように。
マナ大尉はその一木を持っている担架兼盾で守るように窓側に立っていた。
自信が随分と不用意な行動をとった事を今更ながら自覚して、グーシュはガラにもなく自身を恥じた。
「ガラにも無い事言っている場合か。……何はともあれ無事でよかった。立てるか?」
一木が手を差し出す。
グーシュは一瞬だけ照れたように一木の金属の手を見つめた後、手を取り立ち上がった。
グーシュが立ち上がるとミルシャもそれに続き、軽く体の状態を確認する。
幸いな事にかすり傷ぐらいと一木の腕の装甲が歪んだだけで大事は無かった。
だが残念な事に帝都の戦況は一気に悪化していた。
「怪我が無いのはよかったが、まさか連中一気に帝都に乗り込んでくるとはな。一木、戦況はどうなんだ?」
グーシュが尋ねると一木はしばし黙り込んだ。
オンラインに接続して指揮下の部隊の情報を収集しているのだが、数秒程でモノアイがクルクルと回りだした。
グーシュも一木と接し始めてそれなりに立つ。
今ではモノアイの動きで多少の感情の機微が分かるようになってきている。
そして、それによると今の動きは……。
「……戦況が悪いのか?」
グーシュが尋ねると一木は小さく頷いた。
そしてグーシュの肩をそっと押して窓から離れる様に促しす。
「銃声が聞こえると思うが、今のところは敵の上陸部隊を押しとどめる事に成功している。もともと広場周辺には外周部の陣地が抜かれた後で敵を誘い込んで撃滅するための火点が設置してあるからな」
異世界派遣軍の陣地の大半は帝都への侵入を防ぐために帝都外周に集中しているが、勿論帝都内に侵入された場合の備えもしてある。
対人地雷の敷設やIED(即席爆発装置)の設置が主だが、中央広場を始めとしたいくつかの要所には敵を誘い込んで撃滅するための秘匿陣地による包囲網が設置してあるのだ。
つまり、強襲揚陸艦による帝都への直接降下は想定外ではあったが、その降下地点である中央広場はもともと敵を包囲するような配置になっている地点だったのだ。
「それならばいいではないか?」
グーシュはそう訊ねたが、すぐに以上に気が付いた。
ほんの2秒前までしていた激しい銃声と爆発音が急激に止んだのだ。
何事かと思っていると、一木とマナ大尉が小さく舌打ちをした。
「残念だが……グーシュ、窓に近づくなよ。そっと広場の方を見ろ」
一木の言葉に従いグーシュが一木とマナ大尉の盾の隙間から広場の方を伺うと同時に、広場周辺の建物が突然破裂するように土煙を上げ始めた。
グーシュが驚いていると、一瞬遅れて砲声と銃声の中間のような独特な音が聞こえてくる。
「クソが!! クラレッタ大佐達を足止めしている部隊の仲間だ。カルナークのアイオイ人部隊。超長距離から強襲揚陸艦の部隊の誘導を受けてこちらの陣地を狙撃しているんだ。移動させたから被害は少ないが、このままでは包囲網を突破されて本格的な市街戦になっちまう」
一木の言葉を聞いてグーシュは驚愕した。
クラレッタ大佐達のいる場所の、そのさらに数キロ先がアイオイ人部隊がいるとされる場所なのは聞いていた。
しかし、その場所から中央広場までは十数キロの距離があるのだ。携帯端末の資料で見た情報ではアイオイ人部隊の超長距離狙撃とは通常八キロ以下だと書いてあったので、それを遥かに上回る射程距離だ。
そのことを一木に尋ねると、不機嫌そうにモノアイを回しながら一木は答えた。
「それはあくまでカルナーク単体の時代の話だ。七惑星連合の一員として地球と遜色ない技術によるバックアップを受けた連中もまた進歩しているという事だな」
そうして一木とグーシュが話している間にも広場周辺への着弾数は増していき、程なくして強襲揚陸艦からぞろぞろと大量の人影が帝都市街に散っていくのが見えた。
その光景に思わず憤りを覚え身を乗り出そうとしてしまうグーシュだが、それを一木が押しとどめた。
「駄目だ。帝城もアイオイ人部隊の射程圏内の可能性がある。窓に近づくのは避けてくれ」
「うぐぐ……厄介な」
グーシュが呻くと、ミルシャが励ますように身を寄せてきた。
グーシュもまた、そんなミルシャに応える様に腰に手を回した。
そんな二人を少しだけ眺めた一木は、マナ大尉に向き直ると情報整理と行先であるカタクラフトの状況を調べ始めた。
「マナ、ジンライ少佐達の動きは分からないのか?」
「さっき皇族方と接触したのはわかる。けれどもそこからはダメ。さっきの強襲揚陸艦の着陸の衝撃でいくつかのカメラやセンサー類が断線している」
「カタクラフトの状況も分からないか? 塔のてっぺんまで行ったら壊れてましたじゃシャレにならないぞ」
一木が少し焦ったように尋ねると、数秒程してからマナ大尉は胸を張って答えた。
「カタクラフトは簡易とは言えシェルターに格納されているし、機体情報に関しても私は機体とリンクしているから大丈夫です。弘和君、カタクラフトはいつでも離陸できます」
「そりゃあよかった。けど、残念だな」
マナ大尉の言葉に応えたハスキーな女の声。
グーシュとミルシャがいた場所から聞こえたその声に、一木は内蔵がひしゃげるような暴力的な緊張感を覚えた。
腹に氷を詰め込まれたようなひりついた冷たい驚愕が恐怖となって一木の心中を覆い尽くす。
「そんな、バカな!?」
それでも恐怖に抗い振り向いた一木が見たものは、声を聞いて想像したものと全く同じだった。
そして、それゆえに。
一木は自らを襲うものに対応する事が出来なかった。
「あっ」
一木は思わず間の抜けた声を発した。
痛みは感じない。
目の前に突然グーシュとミルシャと入れ替わりに現れたジンライ・ハナコ少佐によって胸に対人刀を刺されても、痛みは感じなかった。
「弘和君!!!」
悲鳴と怒声の入り混じった大音声と共にマナ大尉がジンライ少佐に挑みかかるのを、急激な脱力に蝕まれながらどこか他人事のような感覚で一木はジッと眺めていた。
次回で31話終了かな?
ようやく小題タイトル回収できるといいな。
次回更新予定は5月30日の予定です。




