第31話―2 憎悪
「驚かれるのも当然ですが、考え合っての事です。事ここに至っては当初の目論見は困難と言わざるを得ません。ですので、思い切って損切するのがよろしいかと……」
「損切?」
一木が問い返すとガズルは深く、ゆっくりと頷いた。
「グーシュと地球連邦軍の政治的立場を保全した上で撤退するのが此度の計画でした。が、この状況でそれに固執すれば一木将軍とグーシュの脱出自体が困難……いえ、はっきりいいましょう。不可能となります」
ガズルの言う通りだった。
確かに帝城には脱出用のカタクラフトがある。
しかし軌道上に敵艦隊がいる状況に加え、帝都郊外にいるRONINNとアイオイ人部隊からなる先発隊。ルニ子爵領側からはアウリン隊。さらに敵の軌道砲撃を封じるために敵主力の先鋒を降下させることが決定している。
制空権と制天権を抑えているとはいえ、鈍重なカタクラフトで飛行して脱出というのはあまりにもリスクが高い。
「ガズル皇帝代理の言う通りだ。これ以上カタクラフトでの脱出リスクが高まる前に脱出する事が一番いい。だがそんな事をすればグーシュも俺たちも、この星系での立場を失う。たとえ七惑星連合を排して星系を奪還しても、統治は困難を極めるぞ」
今すぐの脱出とは即ち、グーシュと一木が帝都と帝国上層部、そして異世界派遣軍の部隊を置いて逃げる事を意味する。
仮に一木達が脱出した後七惑星連合の統治が最悪を極め、プロバガンダが特に行われなければ奪還後の宣伝工作でどうにか巻き返しも聞くだろうが、シュシュリャリャヨイティという人物の評価を聞く限り望み薄だ。
一木とグーシュは全てを見捨てて逃げ出した薄情な臆病者となり、ルーリアトを近代化して地球連邦への加入を実現させるグーシュの計画は彼方に遠のく事になる。
しかし、ガズル皇帝代理と皇族たちは笑顔のまま静かに頷いて見せた。
どういう意味なのか分からずにいる一木達に対し、ガズルの後ろにいた若い男の皇族が口を開いた。
「予定では一木将軍とグーシュが陣頭指揮を執る様子を記録に残しておくはずでしたが、城内にまで敵がいる状況ではそれは無理です。だからガズル代理と私達皇族。そしてお付き騎士で分担して対処することにしました。私達皇族は先ほど言った通りこれよりシュシュリャリャヨイティと歯車騎士に投降して時間を稼ぎます」
「お前たちそんな事をして……シュシュが助けてくれるとでも」
若い皇族の言葉にグーシュが慌てたように反応するが、皇族たちはそんなグーシュを見て小さく声を上げて笑った。
「シュシュの事なら俺たちの方がよっぽど知ってるよグーシュ……なんてったって大抵の奴があいつと寝てるんだからな。あいつはお前よりよっぽど怖い奴だよ。だがまあ、それだけに分かるんだ。あいつは意外と形式を気にする奴でな。皇族が集団で投降なんぞすれば絶対にそれなりの手順を踏むはずだ。つまり、あとで処刑されるにしても放置するにしてもある程度の時間は稼げるってわけだ」
そう言って頭を描く若い男性皇族をグーシュは唖然とした表情で見ていた。
すると、次はガズルが説明を始めた。
「直近の脅威は彼らが何とかします。私は頃合いを見計らって敵地上軍の司令部に向かい投降します。その後は、見苦しく自己正当化と言い訳でもしまくっておきます。つまりですな、あなた方は私に背中を撃たれてやむなく撤退するのですな。相手の宣伝次第ですが、概ね筋は通るでしょう」
ガズルの言葉に続いたのはお付き騎士達だった。
代表を務めるカナバが拳をみぞおちに当て敬礼した。
「戦働きは我らが務めます。我々はこれより帝都内の異世界派遣軍及びルニ子爵領義勇軍と合流し、敵地上部隊と交戦します。無論、グーシュリャリャポスティ殿下率いる帝国軍有志としてです」
「お前たち……死ぬぞ」
カナバに対し、グーシュは正直な言葉を絞り出すように告げた。
対するカナバは頷き返した。
それを見たグーシュはさらに言葉を絞り出す。
「付け焼き刃の銃の訓練など無意味だ。連発銃を持って気が大きくなっているだけだ。正規の訓練を受けた正規軍相手に数日射撃訓練しただけのお前たちが行っても……」
「なればこそです。帝国上層部に主戦論を訴えた後拘束され、皇族方と皇帝代理は敵に無断降伏。唯一のお味方である我ら非力なお付き騎士は帝都で躯を晒す……ここまですれば後程いかようにも筋書きが書けるでしょう。だから、殿下。行ってください。我らの屍を踏みつけて、星の海へと、行ってください」
絶句するグーシュをガズル達一同がジッと見つめていた。
身じろぎ一つせずグーシュはそれを見返し、ミルシャは声を押し殺して泣いていた。
一木とマナ大尉は、ジンライ少佐達に追いつかれないか不安に思いながら、思ったより長い彼らの会話を見守っていた。
グーシュはその辺りを察したのか、思ったよりも早く答えを出した。
「……行け。行ってしまえ勇ましき売国奴どもめ。行け。帝都を守護せよ皇族の剣たちよ。行って、これより逃げ出す臆病者を、どうか。どうかいつの日か故郷に帰してくれ」
グーシュの言葉を聞いた一同の動きは速かった。
改めての言葉もなく、声も間もないままそれぞれの場所へと赴いていく。
バタバタと足音がする中、グーシュは一木の不安に揺れるモノアイに目を向けた。
「さあ行くぞ一木。一目散に、この星から逃げよう」
「……わかった。急ごう。どうにか、敵の降下部隊が来る前に離陸したいな」
そうして、グーシュと一木達は再び駆け出した。
しばし無言のまま、一路グーシュの私室がある塔へと急ぐ。
「……ああ、クソ。一木、どうやら遅かったようだな」
五分ほど走った所でグーシュが吐き捨てるように言い、窓から見える目的の塔を指さした。
何事かと思い一木がそちらの方を見る。
塔にはなんら異常は無かった。
だが、その背景である空は違った。
たった一つの、巨大な流れ星が煌々と空を照らしていたのだ。
「警報も通信も無かった……主力艦隊は何してるんだ!」
思わず声を荒げる一木だが、足だけは緩めない。
そんな事をしている余裕などないのだ。
重苦しい空気の中、一木とグーシュはゆっくりと近づいてくる火星宇宙軍の降下輸送艦を憎々し気に睨みつけた。
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