第30話―4 もう一人のシュシュ
前話加筆修正してますので、よろしければ読み直してから本話をご覧ください。
「俺の事はシュシュと呼んでくれ」
ジンライ・ハナコがまだ少女だったころ。
年少学校の入学式のため乗り込んだスクールシャトルで、隣に座った少年がいきなり自己紹介をしてきた。
「呼んでくれ……本名は違うの?」
「ああ。本名はシュロー・シュウって言うんだ。姓名の頭を取ってシュシュだ。奇妙な冒険シリーズみたいでカッコいいだろう?」
「? 奇妙……って何?」
ジンライ・ハナコがそう言うと、その少年はあからさまに驚いた表情を浮かべた。
その直後、慌てた様子で携帯端末を操作すると大量の電子コミックデータを表示してジンライ・ハナコに画面を見せてきた。
「君、奇妙な冒険シリーズを見てないなんて人生の三割くらい損してるよ!? 入学式まで時間あるから、急いでみた方がいい!」
「ええ……いや、いいよ。私あんまりコミックとかアニメって好きじゃないから……」
火星の人間はコミックやアニメを好む。
強制移住以来の複雑な事情と面倒な権利関係の結果、実在の俳優が絡まない娯楽が好まれるようになった火星社会は、人類史上まれにみるサブカルチャーに寛容な社会になっていた。
とはいえ、全ての人間がそうであるわけではない。
そのある意味希少な存在がジンライ・ハナコだったが、シュロー・シュウという少年はそうでは無かった。
多数派の中でも稀有なほど、サブカルチャー全般を愛していた。
「遠慮すんなってー。まずは第一部から……物語は、とあるイギリス貴族の家に……」
盛大に解説という名のネタバレをしながら、少年はジンライ・ハナコの肩に手を回した。
この時点ではこの厚かましい少年に対する印象は最悪だった。
……数か月後には印象は反転し、数年後には無くてはならないものになり、サイボーグになり体を捨てる直前に結ばれた。
その後、シュロー・シュウには思わぬ才能があった事が判明した。
彼にはサイボーグの才能があったのだ。
地球から密輸されたアンドロイド達を圧倒する驚異的な運動能力。
通常の人間なら脳が破裂する程のデータ処理を苦も無くこなし、カルナーク軍のアイアオ人に匹敵する程の索敵を可能とする演算能力。
サイボーグ用の機動兵器を扱えばどんな戦闘機も航宙艦も相手にならない、圧倒的な空間認識能力。
どんな装備を接続しても、彼は人間やアンドロイドの域を超えて扱う事が出来た。
火星陸軍特殊部隊として集められていたサイボーグ特別選抜要員に選ばれるのも当然だった。
ジンライ・ハナコにはそこまでの才能は無かったが、恋人と共に居たいがために努力を重ね、脳が破裂する程の頭痛に耐え続けて選抜要員に選ばれた。
気が付けば、火星陸軍特殊部隊”RONINN”の副隊長という立場を得ていた。
最強のサイボーグ”覇王”シュロー・シュウの相棒として、”月下美人”などという恥ずかしい二つ名まで頂戴した。
そんな時だった。
来たるべき地球連邦への軍事行動に向けて、異世界における活動のための実地訓練が行われることとなった。
対象地域として未だに地球連邦に発見されておらず、火星から空間湾曲ゲートが開ける星系が選出された。
その結果として選ばれた場所が、現地人からルーリアトと呼ばれる異世界だった。
シュロー・シュウとジンライ・ハナコが最初の訓練要員として選ばれた。
訓練と言っても特に何をするわけでも無い。
ただ異世界で目立たずに過ごし、一定の距離を旅する。ただそれだけのものだった。
地球連邦の様に文化参謀が言語を調査して完璧な翻訳機を準備できるわけでは無いのでその点では苦労したが、昆虫型宇宙人のンヒュギはそう言ったコミュニケーション技術に秀でていたため、数か月で意思の疎通が取れる程度の翻訳装置を準備する事が出来た。
そうして意気揚々と現地にやってきた二人は、怪しげな風貌と片言の言語という現地に溶け込むにはあまりにも厳しい要素のためあっさりと現地社会から距離を置かざるを得なくなった。
異世界二人旅という浮かれたイメージはあっさりと崩壊し、山中サバイバル生活を余儀なくされ、一旦帰還しようかという話が出始めたある日。
シュロー・シュウが興奮した様子でジンライ・ハナコが休むテントに駆け込んできた。
「ハナコ、急いできてくれ! なんか豪華な馬車が崖下に落っこちて、その上乗っている人間が妙な連中に襲われてるんだ!」
何もない山暮らしの上気味悪い動植物にうんざりしていたジンライ・ハナコは、シュロー・シュウがもたらしたイベントに不謹慎ながら興奮を覚えた。
このまま現地人から身を隠すだけで所定の実地訓練を終えるのかと暗澹たる気分でいたので、正直言ってなろう小説のようなイベントに心が躍った。
シュロー・シュウも同じ気持ちだったようで、ウキウキとした心情を隠し切れずにいる。
「荒くれものに襲われる商人や貴族を助けるってのがやっぱり異世界ものの定番だからな。ここで恩を売って一気に実地訓練を実のあるものにするぞ!」
二人で頷き合い、気合を入れて一種兵装で馬車の元に向かう。
すると、シュロー・シュウの言う通り石畳で舗装された山道から馬車が転げ落ちていた。
「……あれ、けれども周りにいるのは……確か近くにいる街の騎士じゃないの?」
ジンライ・ハナコが見たものは予想とは違っていた。
転げ落ちた馬車を囲んでいたのは荒くれ者ではなく、どうやら駆け付けた近隣の兵士や騎士の様だった。
「そうだっけか……なんかみすぼらしいから荒くれ者かと……」
あからさまにしょんぼしした様子でシュロー・シュウがうなだれる。
だが、がっかりするのはある意味早かった。
囲んでいた騎士や兵士たちはやおら剣を抜き放つと、横転した馬車から二人の人間を引っ張り出した。
身なりからすると上流階級の女性とその護衛の様だが、どう見ても助けるための動きには見えなかった。
乱暴な動作と扱いからして、ろくでもない事をしようとしているとしか思えなかった。
そう思った時には二人は動き終えていた。
引きずり出されたあと地面に引き倒された女性と護衛に乱暴(単なる暴力ではなく恐らく凌辱の類)を振るおうとしていた連中を一瞬で切り捨てる。
事情を聴くために生かしておくことはしなかった。
別段現地の政治に介入する必要も考えも無かったからだ。
単なる自己満足と、あわよくば社会的なバックが付いて実地訓練が真っ当にこなせる手掛かりになればという、軽い気持ち故だった。
「ア、アア……タ、タスケテクレタノ?」
あからさまに性能の悪い翻訳機越しに女性が呟いた。
シュロー・シュウが不謹慎なウキウキを隠し切れずに肯定すると、女性は既に事切れていたボーイッシュな騎士装束の少女を抱きかかえたまま言葉を続けた。
「ドナタカハゾンジマセンガ、カンシャイタシマス。ワタシハシュシュ……。テイコクダイニコウジョ、シュシュリャリャヨイティデス……ドウカ、タスケヲ……」
テイコクダイニコウジョ……帝国第二皇女。
思わぬ重要人物に驚き、シュロー・シュウとジンライ・ハナコは顔を見合わせた。
これがジンライ・ハナコと、もう一人のシュシュとの出会いだった。
次回更新予定は4月22日の予定です。




