第30話―1 もう一人のシュシュ
「光壁よそこにあれ!」
ジンライ少佐が怨嗟の声を上げた直後、ようやく上半身を穴から出したシュシュが叫んだ。
その手には細長い長方形の何やら文字や図形が記された紙が握られており、かつてニュウ神官長が叫んだのと同じ呪文に反応して光り輝いている。
次の瞬間にはあの時の謁見室と同じような光景が展開されていた。
ジンライ少佐の出現に即座に反応したロミ大尉の命令によって周囲のアンドロイド達によって行われたジンライ少佐とシュシュリャリャヨイティへの銃撃は全て、光り輝く壁によって防がれていたのだ。
「魔法!?」
グーシュが驚いて叫ぶと、シュシュは両手を地面について勢いよく穴から抜け出し、グーシュに向かって見事なドヤ顔を決めた。
「ええ、そうよグーシュちゃん。あなたがずぅっと使いたい使いたいと狂気じみて言っていた魔法。それを私は仕えるのよ……どーーーーーよ、うらやましいでしょう?」
「ぐぬ~、そ……その紙の仕業だな……おのれシュシュ……」
妙な張り合いを始めるグーシュだが、一木はそれどころでは無かった。
先の謁見室での戦闘の際も魔法は使われ、グーシュの放った拳銃の弾丸を弾いていた。
だが、今回は拳銃弾どころではない。
たった今放たれた無数の銃弾は自動小銃の6.8mm弾や重機関銃の13mm弾も含まれる本格的なものだった。
「やはり、七惑星連合の魔法は既知の魔法を完全に超えている……か。なら……やるしかない」
一木は覚悟を決めると、ロミ大尉に今度は一木自身が命令を下した。
全身装甲車の破片だらけになったロミ大尉は、命令を受けて覚悟を決めたのか、軽く一木に頷いてみせた。
「グーシュ、こっちだ! 急いで帝城の中へ」
「一木……だが、あいつらは……」
「殿下急いで!」
グーシュに呼びかけた一木は、姉がいるせいか逃げる事を躊躇うグーシュをミルシャと一緒に抱えて走り出した。銃撃は散発的に続いているが、中庭にいた部隊だけでは足止めし続ける事は難しいだろう。
実際、不慣れな事務方のSL混じりなためか、銃撃の頻度が下がってきた。
装填に手間取ったりそもそもの弾丸不足のためだ。
しかし、どうにか時間は稼げたようだ。
グーシュを抱えた一木は戦闘を道案内のミルシャ、殿をマナ大尉に任せて帝城内へと逃げ込むことに成功したのだ。
「しかし一木将軍、どこに逃げれば……相手はジーク大佐を一瞬で倒した奴ですよ。ロミ大尉では……」
ミルシャが不安げに問いかけて来るが、まさにその通りだ。
製造後間もない新型の参謀型のロミ大尉では、どう考えても勝ち目はない。
だが、彼女の命は無駄にはならない。
一木には勝算があった。
「大丈夫だミルシャ。このままグーシュの自室がある塔に行ってくれ。マナは後方を警戒しつつ帝城内にいるガズルさんたち首脳とカゴ中佐に連絡。緊急時の計画に沿って所定位置で合流だ」
「了解しました」
マナ大尉の返事を聞きながら、一木は体中を壁にぶつけながら必死に走った。
グーシュの自室がある帝城にある皇族用の西塔。
塔とはいいつつ、それ単体で一つの城ほどもある巨大なものだ。
そこにはかねてより緊急時に向けて用意していたとあるものがある。
グーシュの自室、もとい塔最上階の空中庭園。
そこを潰して着陸させていた輸送型のカタクラフトだ。
(だが、軌道上の戦況が持つか?)
帝都を防衛しつつ、敵降下部隊の先鋒を誘い込むという計画がここに来てボロボロだ。
一木の胸中には泥の様に重い影に包まれていた。
※
「捨て石とはいい度胸じゃないか」
破片だらけのロミ大尉と対峙したジンライ少佐は珍しくアンドロイドを褒めた。
それは余裕からくる軽口の類だったが、一秒でも時間を稼ぎたいロミ大尉にとって会話はありがたい。
こんなときですら人間との交流に喜びを感じる自分に嫌気を感じながら、ロミ大尉は口を開いた。
「本当にそう思うか? 私だって参謀型だ。宿営地から来た部隊の一部に装甲車両もいる。お前たちを倒して拘束して、人質にする事だってできるぞ」
「ありえない」
精一杯の虚勢は、小ばかにするような口調のジンライ少佐の言葉によって一蹴された。
だがロミ大尉は会話を続けようと食い下がった。
「ありえない? 随分な自信だが、今のお前には魔法が使えるとは言えアキレス腱となる存在がいることを……」
シュシュへの集中攻撃を仄めかすが、それを聞いたジンライ少佐はとうとうあからさまに馬鹿にするような表情を浮かべた。
ロミ大尉は流石に気分を害してムッとしたが、反応を口にする前にジンライ少佐の方から話を続けた。
「勘違いしているようだな。お前が私に勝つとか、人質とか、シュシュが足手まといとか、そう言う事じゃないんだよ。そもそも、お前たちはこの星系から逃げる事は出来ないんだよ。だから、城に行こうがなんだろうが、そんなものは檻の中で逃げる犬みたいなものだ」
「何を……」
言っている。
そんな当たり前の言葉は、ロミ大尉がコアユニットごと胸から上を切り飛ばされた事で発せられることは無かった。
あまりの早業と、参謀型が失われた事で生じた隙にジンライ少佐は止まることなく中庭のアンドロイドを掃討するべく、さらなる高速で駆ける。
「シュシュはそこでプロテクション張ってろ」
「は~い」
朗らかなシュシュの声とは裏腹に、中庭に訪れたのは惨劇だった。
狼狽した非戦闘員交じりのアンドロイドなどRONINNの敵では無い。
櫛が抜けるように中隊規模の部隊がみるみるうちに減っていく。
「つくづく無駄なあがきだ。お前たちの退路はもうじき、遮断される……」
縦横無尽に刀を振るうジンライ少佐に対抗するべく、装甲車と残存歩兵で方陣を組み始めたアンドロイド達に対し突撃を掛けるジンライ少佐は目の前の怯えた機械達を心底憐れみながら呟いた。
「今日は特別な日なんだ。RONINNはもう一分隊来ている。ゲートもじきに我々のものだ」
呟き終えた直後、方陣を駆け抜けたジンライ少佐の背後でマッカーサー歩兵戦闘車が爆発した。
次回更新予定は4月10日の予定です。




