第29話―5 RONINN
オリハルコンとはナンバーズから伝えられた特殊金属だ。
電力とプログラムを入力することで形状と性質を変える、無限の可能性を秘めた超物質。
消費電力や加工技術、材料の希少性等の問題で採用は戦闘用アンドロイドの一部部材や航宙艦の中枢部に限られてはいたが、その存在は地球連邦を支えるために無くてはならないものとなっていた。
それ故に、実用化直後からある構想が存在した。
構成部材を全てオリハルコンで構成したアンドロイドを始めとする兵器を実用化する。
自身の身体や性質を自在に操作し、あらゆる事態に対応可能な万能究極兵器としてその存在は渇望され、ナンバーズ技術に関しては消極的な地球連邦においてもそれは長い間研究されていた。
しかし……。
(反物質や力場に比べてやけにフルオリハルコン製兵器の開発だけ熱心だったのは……こいつらに供給するためだったという訳ですか)
クラレッタ大佐の心中には嫌な考えばかりがよぎる。
輸送艦の事故に見せかけて引き渡されたアンドロイドの素体。
実用化寸前で計画が中止になったフルオリハルコン製兵器の開発。
魔法技術や多惑星の技術を結集した七惑星連合。
目の前にいるサイボーグはそれらの結集なのだ。
「……勝てるかしら」
クラレッタ大佐は思わず音声にだしてぼやく。
クラレッタ大佐は白兵戦闘においては異世界派遣軍最強だと自負しているし(フル装備のポリーナ大佐を除く)、実際に実戦、演習双方において負けた事はない。
そんな彼から見てもヴァルダ大尉には隙が無かった。
ありとあらゆる格闘術に精通しているクラレッタ大佐は、通常の相手ならば視線や体重移動といった微かな動きから相手の動きを察知して機先を制する事が出来る。
だがそれが、ヴァルダ大尉に対しては出来ない。
(いったい……これは、ぐあ!?)
静寂は一瞬にして終わりを告げた。
隙を見いだせないうちにクラレッタ大佐は凄まじい衝撃を受け後方に吹き飛ばされた。
辛うじて姿勢を制御して着地するが、とっさに盾にした右腕の人工皮膚が裂け、骨格が歪む。
まるで巨大な見えない拳に殴り飛ばされたような衝撃と、そして損傷だった。
「受け止めたか、だがこれはどうだ!!!」
ヴァルダ大尉が咆哮する。
同時に先ほどの衝撃が、今度は連続してクラレッタ大佐に襲い掛かる。
「くっ!」
正体不明の衝撃は未だクラレッタ大佐のセンサーにも反応しない。
しかし、ヴァルダ大尉の咆哮から推測して初撃を無事な左腕で防ぐと、大きく跳躍して回避していく。
「兄さん!」
思わずクラレッタ大佐を呼ぶシャルル大佐だが、ハン少尉と対峙する中それはあまりにも軽率な行為だった。
「よそ見とは感心しないなお嬢ちゃん!」
シャルル大佐が視線を逸らしたのはほんの一瞬だったが、そのわずかな間にハン少尉はシャルル大佐の眼前にまで迫っていた。
シャルル大佐はその動きに反応することすら出来ない。
ただ、先ほどと同じように放電しながら両足を輝かせるハン少尉の拳が胸部にめり込むまま立ち尽くす事しか出来ない。
だが……。
「なんだこりゃ!?」
シャルル大佐に接敵した驚異的な速度そのままに放たれた拳は、まるで巨大なマットレスでも殴ったようにその衝撃の全てがシャルル大佐の乳房にめり込み何ら効果を及ぼさなかった。
「レディの胸にタッチなんて、セクハラですよ~」
いつもの、しかしはっきりと怒気を孕んだ口調でシャルル大佐は言うと、ハン少尉の顔面に拳を叩きこんだ。
「痛ってえ!!!」
シャルル大佐の拳は凄まじく、ハン少尉の頭部が千切れ飛ぶ程の威力があるかと思われた。
しかしハン少尉の挙動はまたしても異常だった。
殴られた勢いを殺すようにそのまま後方に再び加速したのだ。
それも単なる跳躍ではない。
ハン少尉の両足が発光したかと思うと、踵の部分から後ろに向かって激しい放電がまるでレールの様に伸びていったのだ。
それとほぼ同時にハン少尉の前身はレール上の放電に沿って凄まじい速度で移動していった。
刹那にも満たない時間で瞬間移動と見間違うほどの移動を見せたハン少尉は、あざの様に変色した頬を痛そうに撫でた。
「そういや、そのデカいおっぱいは飾りじゃないんだったな。まさかコアユニットを抜き取るつもりで打ち込んだ拳を受け止めるなんて思わなかったぜ。ま、今のパンチは乳を揉んだ代価として受け取っておくよ」
そううそぶくハン少尉に対し、シャルル大佐もまた笑顔で応じた。
「いえいえー。私の方こそ、たかだかアンドロイドの乳揉んだくらいで殴らせてくれた上にあなた達のカラクリを教えてくくれて本当にありがたい限りですよ~」
シャルル大佐の言葉に、ハン少尉とヴァルダ大尉がピタリと動きを止める。
連続して跳躍して攻撃を回避していたクラレッタ大佐も同様に着地するとボロボロの両腕をゆっくりと構えた。
「なるほど。シャルル、よく気が付きましたね」
シャルル大佐からの通信を受けてクラレッタ大佐が応えた。
それに対し、クラレッタ大佐もいつもの満面の笑みで応じる。
「いえいえ兄さ~ん。あれだけ無防備に能力使ったらわかりますよ~。考えてみればそりゃそうですよね。素体もフルオリハルコン製のノウハウも。それもこれも地球からの流出技術ならば、さっきからの攻撃がそこまで未知の技術なんて事はありえないんですよ」
シャルル大佐はそう言うと足首に仕込んでいた小型ナイフ仕様の高周波ブレードを抜き、元々構えていたものと合わせて両手に高周波ブレードを構えると。再び口を開いた。
「フルオリハルコン製アンドロイドにはいくつかの仕様が考えられていました。そしてそのうちの一つに、脚部から磁場を発生させた上で全身を電磁加速に適した性質形状に一瞬だけ変化させ高速移動を行うものがあったんですよ~。あなたの高速移動ってその基本仕様そのままですよね?」
その言葉にハン少尉の表情に微かな変化が起こる。
それを見て取った後、今度はクラレッタ大佐が口を開いた。
「そしてヴァルダ大尉。あなたの能力もまた、その仕様にヒントがありました。なるほど。まるで漫画みたいな合掌姿勢からの不可視の攻撃。何のことはありませんわ。地球の物よりもはるかに高度ですが、力場を用いた不可視の打撃。それがあなたの能力ですわね?」
二人からの指摘を受けたヴァルダ大尉とハン少尉は、しばし沈黙する。
しかし、その沈黙は数秒にも満たない。
程なく二人は余裕のある笑みを受けべると、先ほど同様の構えをとった。
「もう少しもったいぶろうかと思ったのだがね。君たちアニメとか見ないのかな?」
合掌しつつヴァルダ大尉が言うと同時に、彼の背後がまるで陽炎の様に歪み始める。
力場の出力を上げ、先ほどまでの奇襲よりも打撃力重視の態勢に体を変化させたのだ。
「そうそう。わざわざ悪役ムーブしてんだからさ、もう少しロールプレイを楽しめよ」
そう言うハン少尉の両足は先ほどよりもさらに輝きを増していく。
さらに放電は先ほどまでの比ではない。その上生じるレール上の光の数も無数。
出力が段違いな証拠だ。
「神の拳と」
「雷足」
「「とくと味わえ!」」
サイボーグ二人の咆哮が響き渡り、手負いのアンドロイド二人に襲い掛かった。
申し訳ありません、体調を崩してご覧の更新状況となってしまいました。
何とか体調を治し、元の通りくらいの更新頻度に戻したいと思いますのでご了承ください。
次回更新予定は3月30日の予定です。




