第29話―2 RONINN
「まあ待て、少し話そうではないか」
身構えるクラレッタ大佐達に対し、ターバン姿の偉丈夫が見た目通りの野太い声で話しかけてきた。
歩兵型SSの腰程もある野太い両腕を広げ、白い髭に包まれた顔を歯が見える程の笑顔で歪めている。
正面に位置するクラレッタ大佐がターバン男の背後とシャルル大佐の方にいる戦笠姿の男の方を見ると、確かに戦闘態勢とは言い難いある程度気を抜いたような姿勢で佇んでいた。
だが、言葉通りに構えを解く訳は無い。
たとえ目の前のRONINN達が戦闘態勢になくとも、数キロ彼方には多数のアイアオ人部隊が大口径の狙撃銃や狙撃砲で狙っているのだ。
すると、そんなクラレッタ大佐達の考えを読んだかのようにターバン男が再び口を開いた。
「アイオイ人達の事なら気にする事はない。我々が姿を消す魔法を解くと同時に彼女たちの狙撃も止めている」
ターバン男の言葉を丸ごと信じた、という訳では無いが、罠にはめるにしても奇妙な状況ではあった。
そこでクラレッタ大佐は無線通信で歩兵戦闘車の影で縮こまっていた歩兵型達に車両の影から頭部を出すように命じた。
正規の命令手順を通じたからか、小隊長を務める指揮官型がためらうことなくスッと頭を陰から出した。
そのまま数秒程待機させるが、狙撃は無かった。
「信じてもらえたかな? 何ならそのままその者達は撤退させても構わんよ」
ターバン男の言葉にさらに迷いを浮かべたクラレッタ大佐だったが、あえてその申し出を受ける事にした。
どの道アイオイ人部隊が狙っている状況に火星陸軍特殊部隊のサイボーグまでいる状況で、練度不足の歩兵型SS20人と擱座した歩兵戦闘車三両がいたところでどうにもならない。
ならば背後から撃たれる覚悟で相手の言葉に乗って撤収させた方がまだマシ。そう判断したのだ。
程なくしてクラレッタ大佐の命令を受けた歩兵型SS達は擱座した車両からコアユニットを回収すると全速力で帝都の方へと走っていった。
背中のセンサーで走り去る小隊を確認すると、クラレッタ大佐はターバン男の方へと向き直り、構えてい両こぶしを下げた。同時にシャルル大佐にも手にした銃剣を下げさせる。
「部下の退避を認めてくれた事は感謝せていただきます。私は地球連邦異世界派遣軍……」
「知っておるよ、”巨大なる”クラレッタと”ピンク色の悪魔”シャルルよ」
「「はっ?」」
ターバン男が突然自分たちの名を呼んだことに驚き、クラレッタ大佐達は思わず声を上げた。
正確に言うと、コミックのキャラクターに付けられるような妙な異名に面食らったのだ。
だが、ターバン男は当然の様に言葉を続ける。
「我が名は火星陸軍特殊部隊”RONINN”一番隊隊長、”神の拳”ルドラ・ヴァルマ大尉」
これまた当然の様に異名と共に名乗ったターバン男。
思考が思わず固まり、クラレッタ大佐達が困惑していると戦笠を被った美男子も名乗り始めた。
「同じく、二番隊隊長”雷速”のハン・ヨヌ少尉だ」
やはり漫画じみた異名と共に名乗った。
確かに一応、地球連邦軍でも広報の一環で活躍したり優れたアンドロイドや軍人に何かしらの異名を突けて宣伝することはある。
ただしそれはほんの一部の話であり、ましてやこのような状況下でいちいち所属や階級と共に名乗るようなものでは無い。クラレッタ大佐達当人が聞いた事もない異名を勝手につけているのもおかしい。
クラレッタ大佐はそのことを問いただしたい誘惑にかられたが、この状況下で無駄話をする胆力は流石に無かった。思わず逸れそうになる思考を制御すると、ターバン男もといヴァルダ大尉に向き直った。
「……ヴァルダ大尉。それで、あなた達は一体どういうつもりで……突然姿を現したのかしら? 突然我が軍の哨戒部隊に攻撃を仕掛け、それでいて救援に私たちが現れると完璧な偽装を解いてまで姿を現し、攻撃を停止した上に部隊の撤退まで認める……一貫性が無い行動ですわね」
「確かにお前たちから見ればそうかもしれないがな……一応我らからすると合理的な選択なのだよ」
そう言うとヴァルダ大尉はゆっくりと身構えた。
いや、身構えたというには奇妙な姿勢だった。
身にまとう雰囲気こそ戦闘態勢というにふさわしいものだが、まるで祈るかのように顔の前で手の平を会わせるその姿からは真逆の「祈り」という言葉がふさわしく感じられた。
その一方で、同時に身構えたハン少尉の方は分かりやすかった。
腰に差していた対人刀を抜くと右手で持ち、身体の左側をシャルル大佐の方に向けつつ自身の右足の影に隠すように構えた。
剣術というよりは、剣を補助的に用いる格闘術のような構えだ。
そんな二人に比して、背後にいる二人の部下と思しきRONINNの隊員は身じろぎ一つせず立ち続けていた。
意図が分からず、クラレッタ大佐は再び困惑した。
「どういうつもりです?」
「言ったであろう? 我らの目的はただ一つ。我らRONINNのサイボーグがお前たち地球連邦軍の機械人形……もとい戦闘用アンドロイドに対抗可能なのか……その実戦試験だ。我らはそのために来たのだが、思わぬ僥倖があったのでこうしてまどろっこしい事をしている」
「……なるほど」
クラレッタ大佐はようやく合点がいった。
要はこの二人は、実戦試験としてアイオイ人部隊と共に活動していた所にクラレッタ大佐達艦隊参謀型アンドロイドがやってきたので一対一で戦って欲しいと言っているのだ。
奇妙な異名で二人を呼んだことからも、クラレッタ大佐とシャルル大佐がどのような個体なのかも把握した上での判断なのだろう。
そこまで考えるとクラレッタ大佐、そしてシャルル大佐も身構えた。
クラレッタ大佐の得物は自らの拳。
シャルル大佐の得物はAM10高周波ブレード。
その表情には薄く笑みが浮かんでいる。
ジーク大佐をジンライハナコが簡単に倒したのでこのような事をしているのだろうか?
そのことを考えると、思わず笑みがこぼれるのだ。
憐れな勘違いに。
「ジンライ少佐が妹を一瞬で倒したからって勘違いさせてしまいましたかしら?」
クラレッタ大佐はヴァルダ大尉の事を心の底から憐れんで言った。
だが、ヴァルダ大尉も気圧される事無く笑みを獰猛な笑みを浮かべた。
「”月下美人”ジンライ・ハナコが”ガンダム好き”ジークを倒した件か……」
「いやそのクソダサい異名やめてくださる!?」
間の抜けた言葉と同時に両者は動き出した。
次回、戦闘開始!
更新予定は3月11日の予定です。




