第29話―1 RONINN
「あなた達は帝都守備隊と合流して防備を固めなさい! 哨戒部隊の救援は私達が行きますわ!」
クラレッタ大佐は道の狭い帝都内へと入り速度の低下した歩兵戦闘車達を無理に追従させることを諦め、時速百キロ以上で走りながら新たな命令を叫んだ。
無論これは歩兵戦闘車が帝都東方の哨戒部隊が敵と接触した箇所までたどり着くのに時間がかかるという判断あっての事だったが、情報が揃った事でもう一つ明らかになった点があったからだ。
「シャルル、どうも敵は……」
クラレッタ大佐の言葉にシャルル大佐は頷いた。
「哨戒部隊は機械化歩兵一個小隊……歩兵戦闘車三両にSS二十体。それが滅多打ちになったからよほどの大部隊かと思ったけれど、どうもそうじゃないみたいです……にいにい、気が付きました?」
いつものニコニコ顔のままシャルル大佐が尋ねた。
それでいて出会った頃のような幼い呼び方でクラレッタ大佐を呼んでいる。
「あなたでも不安に思うのね」
それが言い知れぬ不安からくることにクラレッタ大佐は気が付き、速度をそのままにシャルル大佐に寄り添い、軽く頭を撫でてやった。
ピンク色の髪が綿のように沈み、戦闘形態の参謀型アンドロイド特有の高温がクラレッタ大佐の手の平を炙る。
どことなくくすぐったそうに顔を緩めると、シャルル大佐は珍しく笑みを消して心境を吐露した。
「そりゃあ、不安だし怖いです。だって、データを見ればわかりますもん。索敵不能距離から足回りを狙った超長距離狙撃。その後狙撃で歩兵を牽制しつつ、白兵戦部隊が接敵……」
シャルル大佐が語ったのは哨戒部隊が受けた一連の攻撃の流れ……そして、かつてカルナーク戦で数多のアンドロイドを葬ってきたカルナーク国民軍最悪の部隊の基本的戦法。
即ち。
「ええ、来てますわね。アイアオ人部隊ですわ」
地球連邦軍のアンドロイドにとって宿敵とも言える敵が再度現れた。
その事実は、シャルル大佐から笑みを奪うほどの緊張感をもたらしていた。
これが歩兵達を帝都内に残した理由だ。
哨戒部隊が攻撃を受けた場所は平原だ。
即ち、アイアオ人の部隊にとって最も優位に戦える場所だ。
そんな場所に練度の低いアンドロイドを連れて行ってもアイアオ人にとっては射撃練習にもならないような一方的な戦闘になる事は明白。
だからこそ、究極の少数精鋭である艦隊参謀二体だけで救援に向かうという選択を取ったのだ。
「さあ、行きますわよ」
「うん。にい……クラレッタ大佐」
兄妹のささやかな交流を終え、二人は無言で帝都内を駆けていく。
程なくして城門を通り抜けた二人は、そのまま五分ほど石畳みの道を走り続ける。
すると、目的の場所が……三両の歩兵戦闘車とその陰に隠れるSS達が見えてきた。
「やっぱり……やられたのは戦闘車の足回りと、警告のための二体だけ……誘われましたわね」
「他の子連れて来なくて正解だね~。半径三キロに敵対反応なし。結構練度の高いアイアオ人だ。
参謀型じゃないと歯が立たないよ」
シャルル大佐がいつもの口調で、いつもの笑みで喋るのと腰から抜いた高周波ブレードを一閃するのは完全に同時だった。
ガギンッ!!!!
鈍い金属音が響くと同時に、シャルル大佐の両方の二の腕部分の服が軽く裂けた。
そのままの速度で走る続ける二人の元にニールスト対機械人用ライフルの特徴ある銃声が響いたのはそれから数秒程した後だった。
「痛った! 腕が鈍った~。銃弾切るのが遅れて切った破片が二の腕かすった!」
シャルル大佐が驚くべき事を言った直後だった。
その事を証明するかの様に今度はシャルル大佐だけではなく、クラレッタ大佐の元にも不可視の衝撃が無数に襲い掛かった。
しかし、シャルル大佐は高周波ブレードで。クラレッタ大佐は自らの拳で的確にその衝撃……即ちニールスト対機械人用ライフルの銃弾を切り裂き、または砕いていく。
その度に二人の元には数秒遅れの銃声が響き渡った。
「シャルル、位置特定できましたわね? あなたは一つ目連中に肉薄してくださいまし! 私は近くにいるはずの近接戦闘部隊を叩きますわ」
クラレッタ大佐が叫ぶと、迷いなくシャルル大佐は平原の彼方にうっすらと見える森林地帯へと駆け出していく。
帝都にほど近いその森林地帯は木々もさることながら山々というには低い物のそれなりに起伏のある地形をしていた。
アイアオ人得意の超長距離狙撃をするにはうってつけだ。
二人はそれぞれの場所へと駆けていく。
クラレッタ大佐は立ち往生した歩兵戦闘車とその陰で狙撃に怯える歩兵達の元へ。
シャルル大佐は狙撃部隊が潜む森林地帯へと。
しかし、その歩みは唐突に止まる事となる。
突如として二人の眼前に五名ずつ、合計十名の人影が出現したのだ。
「なっ!?」
「うわわわ!」
思わず驚愕の声を上げてクラレッタ大佐達は立ち止まる。
あまりの急制動に地面がえぐれ土と草花が飛び散った。
「こ、この方たち……」
その人影が来ている服装を見て、クラレッタ大佐は呻いた。
カルナークのアイアオ人が居て、こいつらがいないはずは無かったのだ。
どこか陣羽織に似た独特なデザインの赤みがかった茶色いコート。
そしてその下に除く、ジンライ少佐と同じ黒い戦闘服。
「ジンライ少佐と同じ戦闘服……火星陸軍特殊部隊”RONINN”!」
シャルル大佐が叫ぶと、五名ずつの集団からそれぞれ一名が一歩前に出た。
クラレッタ大佐の前に現れたのは頭にターバンを巻いた褐色に豊かな白いひげを蓄えた偉丈夫。
シャルル大佐の前に現れたのは戦笠と呼ばれる伏鉢型に円形の鍔のついた古代朝鮮王朝の武官が被る独特な帽子を被った美男子。
二人の男の後方に控えるのは火星陸軍のコートに顔面をすっぽりと覆う黒色のケブラーマスクを被った無個性な者達。
火星のプロバガンダが本当ならば、火星陸軍特殊部隊の一般隊員と分隊長だ。
異様な出で立ちのRONINN達と狙撃。
両方を警戒しながら、クラレッタ大佐とシャルル大佐は自らの得物を注意深く構えた。
次回更新は3月6日の予定です。




