第28話―2 天空の砲火
「敵艦隊接近! 防護艦を主体とした艦隊です」
軽巡洋艦マンダレーの艦橋内でマンダレーのSAが声を上げた。
現在臨時旗艦及びオペレーターを務める彼女が報告を上げる相手こそ、軌道防衛艦隊臨時司令を務めるダグラス大佐だ。
いつものサングラスを外し、金色に輝く複眼を見開いたダグラス大佐は報告と共に更新されたデータにアクセスし、状況を把握する。
その中には当然、地上の戦況も含まれていた。
「……一木司令はどうにか敵艦載機を振り切ったか」
「えっ、あ、はい。強襲猟兵中隊が足止めに降下しましたから……あの……」
マンダレーはダグラス大佐の呟きに思わず面食らってしまった。
眼前に迫る敵艦隊に対する対応が命じられると思っていたからだ。
しかしそんなマンダレーの様子など気にした様子もなく、ダグラス大佐は艦隊全体の情報を精査するばかりだ。
「……帝都の残存部隊は住民の避難誘導を行いつつ市街地に防御陣地を構築……機械化部隊は郊外に集結しつつ、一部は戦車壕や市街地に展開し待ち伏せ……皇女殿下は帝城内の指揮車で待機……」
すでに帝都からめぼしい住民は退避済みだった。
あの規模の都市としては驚くほどスムーズな避難だったが、異世界派遣軍がコンピューターで適切な避難計画を策定し、それをアンドロイド達に即座に共有できる地球連邦軍のサポートがあればこそだ。
また、住民と避難誘導にあたる兵士達に危機に際し協力しようと言う意識が強いことも追い風になった。
これは住民感情を意識して情報操作を行っていたグーシュの事前の仕込みが功を奏していた。
本来ならば大規模かつ性急な制度改革のために行っていた根回しだったが、皮肉な事にグーシュの逃亡計画のために機能していた。
だが、グーシュの恐ろしい点はこれに留まらなかった。
住民たちは帝都脱出後、帝都のあるルニ半島を出て反乱を起こしたダスティ公爵領を除く三公爵領に避難することになっている。
当然ながら、ダスティ公爵領からの侵攻ルートにあたるルニ街道を進むことになる。
つまり、帝都から迅速に避難した40万人の帝都臣民が街道を塞ぐ障害物となっているのだ。
無論いざ戦闘となれば巻き添えは避けられないが、グーシュはこの際生じるであろう被害の責任をルーリアト統合体に転嫁することで後々自身の政治的立場を補強する材料にすることまで目論んでいたのだ。
とはいえ、それも作戦が上手くいけばの話。
帝都にいる部隊は特務課の約200名の精鋭SS部隊。
憲兵連隊の主力約1200名。
44師団の機械化大隊500名とその搭乗車両75両。
それなりの戦力に見えるが、特務課と憲兵連隊のSSは練度は高いものの装備として見れば単なる軽歩兵に過ぎず、肝心の44師団の正規の歩兵部隊はダスティ公爵領侵攻から外された低練度の個体が多かった。
七惑星連合の敵部隊の規模によっては不安の残る戦力だ。
「あの……」
マンダレーはダグラス大佐の顔を焦った様子で見ながら声にならない声を発した。
なおも近づく敵艦隊。
しかも防護艦の影には例の新型艦載機、アウリン達がタンクデザントの歩兵の様に乗り込んでいた。
宇宙空間で遮蔽を取るのと、推進剤の節約という訳だ。
事態は切迫していた。
「アセナ大佐は……ゲートにはあと三時間で到着か。ふむ、妨害は無しか。輸送艦からSAを降ろして囮にしたのに敵は食いつかず……あっちに手を割いてくれれば楽だったんだけどな」
アセナ大佐の脱出艦隊は当然ながらその性質上、編成の大半を非武装の輸送艦やアズラエルとジブリールのような鈍重な大型艦が占めていた。
だがアセナ大佐はその事を逆手に取り、動きの鈍い艦のSAを予め船体から外し旗艦に移乗。
制御SAのいない船体を護衛部隊から離れた位置に置くと言う、見え見えの罠を仕掛けたのだ。
見え透いた、と言うのがポイントだった。
敵が食いついて輸送艦に攻撃を仕掛ければ御の字。
船体に仕込まれた反物質爆弾を爆発させ攪乱及び打撃を与え、その隙にアセナ大佐率いる護衛部隊と事前に先行させ潜ませておいた駆逐艦部隊で包囲攻撃を仕掛ける。
しかし、食いつかないのならばそれでもよかった。
これは食いついた場合も同様の効果はあるが、敵指揮官の心理や性格を読むことが出来るという利点があった。
見え透いた罠に対しどのような手を打つかという事だけではあるが、ダグラス大佐とアセナ大佐にはその動きから相手指揮官の思考や性格をある程度読む事の出来る自信があった。
そして今回。
敵は見え透いた罠を見送る選択肢を取った。
しかも迷いも、脱出艦隊に対する偵察行動すら無かった。
これは敵指揮官が目先の餌などに囚われず、ゲートと大陸への降下ポイントという二点に全力でベット出来る優秀な人間であある事を示していた。
「大佐、あの……ご指示は……」
マンダレーはダグラス大佐の顔を焦った様子で見ながらおずおずと尋ねた。
なおも近づく敵艦隊。
射程圏内にも関わらず。攻撃開始の指示は無い。
事態は切迫していた。
にもかかわらず。ダグラス大佐は尚もデータの取得に余念が無い。
「ポリーナも順調。もう六回も敵の攻勢を退けてる。そろそろ次の段階に進まないと敵が月基地占領を諦めてゲートに迂回しちゃうけど……まあポリーナなら大丈夫か」
ポリーナ大佐の主任務月を守る事だ。
月にある生産基地を抑えられれば重大な損失であるし、さらに空間湾曲ゲートへの足掛かりを得られてしまうという絶大なデメリットがあるので当然だが、ただただ守り続ければいいと言うわけでは無い。
現状敵艦隊はたった一機で月をゲリラ的に防衛するポリーナ大佐に戦力を集中しているが、これはあくまでも正攻法でポリーナ大佐を倒した方が月基地制圧と空間湾曲ゲート攻略が早いと考えているからだ。
つまりポリーナ大佐が無双しすぎてしまえば、敵艦隊はその300隻にも及ぶ戦力を月を迂回して直接ゲートを抑えたり、または軌道上での戦闘に差し向け得る事も出来るのだ。
どちらの展開も今の艦隊にとっては辛い状況だ。
だからこそ、ポリーナ大佐には自分自身の戦力を多すぎず少なすぎず見せる必要があった。
その点、ダグラス大佐は妹の実力を信頼していた。
たとえ殺人狂でも、その実力と演技力は本物だと。
「大佐……艦隊司令代理!」
「うわ、びっくりした」
とうとう防護艦からアウリン隊が飛び立って素早い動きで向かってくるに至り、マンダレーは大声を発した。
絶対にびっくりしていない口調でダグラス大佐が呟いた。
しかし、マンダレーにそんな些末な事を気にする余裕は無かった。
「他の場所の状況が気になるのは分かりますが、我々の……」
「いやあ、ここは大丈夫だよ。むしろ連絡の取れなくなった猫少佐の方が気になるよ。迎えのヘリもそろそろ撤収させないといけないしね」
「大丈夫?」
マンダレーは思わず聞き返した。
すでに例のアウリンが30機程向かってきており、艦隊前衛を務める軽巡洋艦部隊と接敵寸前だ。
そう。
前衛が軽巡洋艦なのだ。
通常の陣形では機動力と迎撃能力に優れた護衛艦を充てるべきところ、なぜかダグラス大佐は戦隊旗艦として用いられる軽巡洋艦を各戦隊から引き抜いて配置したのだ。
これが通常の敵ならば分からない話ではない。
軽巡洋艦は護衛艦と駆逐艦を足して割ったような武装に、両者より大きい船体から来るペイロードによる防御力と継戦能力に優れた艦だ。
つまり、荷電粒子砲という防御力の活かせない強力な火器を持つアウリン相手には不向きな艦なのだ。
(おまけに虎の子の重巡洋艦部隊は私の周りにおいて……護衛艦は軽巡洋艦の後ろに待機……一体何を考えているの?)
マンダレーが自身の人型ボディの光学カメラでも捉えられる様になったアウリン隊に恐怖を覚えたその時だった。
ダグラス大佐が量子通信で指揮下の全艦に命令を下した。
『護衛艦は現在位置から即座に加速。敵艦載機と個艦による機動戦闘を実地。それ以外の艦隊は反転、大陸降下ポイントαより撤退せよ』
「大佐!!!???」
護衛艦を捨て石にする命令に加え、地上への敵降下をみすみす許すような命令にマンダレーは驚愕した。
だが、ダグラス大佐の表情は不敵な笑みに満ちていた。
『マンダレーがビビッて騒いでいるが、諸君も同様だろう。だが、これも全て作戦だ。私を信じて欲しい。さあ、ここからがオペレーションネクストステージの開始だ』
ダグラス大佐の言う通り、明らかに狼狽えた様な挙動で艦隊は動き出した。
次回更新予定は2月21日の予定です。




