第27話―1 三皇五帝
『みんな無事かい?』
オープン回線でジーク大佐の声が一木達に聞こえた。
これほど強い電波強度ならば、目と鼻の先にいる敵にも聞こえているだろう。
『一木や私達はな! 車列はご覧の有様だ……すまないが、敵を頼めるか?』
全力でアウリン達に駆けていたクラレッタ大佐が、土煙を上げて急制動を掛けながら連邦軍の専用回線で返答した。
さすがに彼女はジーク大佐の様に丸聞こえのオープン回線は用いなかった。
その隣では、シャルル大佐も慌てたように立ち止まり、一木達の方へと方向転換を図っていた。
空では十五機の強襲猟兵が空中で素早く身体各所のスラスターを吹かし、通常段階を踏んで行う降下シークエンスを即座に終わらせに掛かっていた。
「凄い……資料映像で見たのとは段違いだ」
その見事な動きを見た一木は装甲車の格納スペースで思わず呻いた。
通常の強襲猟兵ならばもっと高高度でカプセルを解放し、パラシュートで減速してからスラスターで着陸可能速度まで再減速をかけるという二段階降下を行うのが普通だ。
ところがジーク大佐達は目視可能なほどの低高度までステルス機能のある降下カプセルで降りてきて、その後パラシュート無しでの単独自由降下で降りてきたのだ。
アウリン達がジーク大佐に気が付かなかったのは、それ相応の理由があった。
『しかもあれ……人民解放軍の最新鋭機、指揮官用の三皇と量産型の五帝だ。サーレハのおっさん、地球でもまだ正式配備前の機体をどこから持って来たんだ!』
興奮気味に殺大佐が叫ぶ。
一木はその言葉を聞いてあることを思い出した。
強襲猟兵という兵器は、元々都市部や要塞に立てこもる敵部隊を衛星軌道上から奇襲ないし強襲して一挙に殲滅。その後単独による占領を行うというコンセプトで開発された大型の人型ロボット兵器だ。
一見すると素晴らしい高性能兵器に思えるが、つまるところ想定される敵は第二次大戦期から二十世紀後半程度の技術レベルの通常兵器であり、技術が進んだ異世界の軍相手だと苦戦することもあるピーキーな兵器。
事実損耗は激しく、また大型二足歩行兵器という事もあり故障も多い。
下手に戦線投入すれば大型の実弾兵器の流れ弾で脚部を損傷して救出の手間を取らされることも珍しくない。
そのため最初から用いないか、その見た目の持つ威圧効果を利用しての治安維持活動やパレードにだけ用いる指揮官が大半を占める。
それが強襲猟兵という兵器の実情だった。
だがジーク大佐はそんな強襲猟兵という兵器に必要性を見出し、冷遇され、自らが強襲猟兵から外されてもその活用法の研究を行い続けていたという。
彼女が見出し、上層部に訴え続け、そしてついに近年認められたその用途。
『異世界にいるであろう、いつか遭遇する可能性のある巨大人型生物対策』
それが強襲猟兵の存在意義だと、ジーク大佐は主張していたのだ。
そしてその主張を元に開発された史上初の対人型巨大生物ないし兵器対策強襲猟兵こそ、いままさに地上に舞い降りた三皇と五帝、そしてこの場にいないさらなる上位機種である始皇帝なのだ。
『サーレハ司令……まさかあの人型兵器の事を予期していたのか?』
ちなみに誤解である。
サーレハ司令が三皇と五帝を今回042艦隊に導入していたのは、単に自身のコネクションで入手可能な最も最新鋭の機種がこれだったからに過ぎない。
しかしこの奇妙でベストな偶然は、異世界派遣軍最強の強襲猟兵であるジーク大佐の力をフルに発揮するものであった。
『強襲猟兵だったな……相手にとって不足無しと言いたいところだが、今は任務が先だ……押しとおる!』
驚いた事に、わざわざオープン回線で一木にすら聞こえるように敵の人型兵器が叫んだ。
どう聞いても幼さの残る少女のような声色が一木に心理的ダメージと困惑を与えた。
しかも、事態は一木の困惑など構わないように悪化し続ける。
強襲猟兵達の着地と同時に慌てて踵を返したクラレッタ大佐達や、速度を上げて逃走に掛かる囮の輪形陣の車両達に対し、先ほど叫んだ個体を中心としたアウリン達は速度と高度を上げて追跡を続行した。
空を飛べる自分たちにとって、ノコノコ地上に降り立ったジーク大佐達など足止めにもならないとでも言いたげだった。
だが、それは紛れもない事実でもあった。
見事に着地を決めたジーク大佐達の真上を時速200km以上の速度で通り過ぎると、アウリン達は手巨大な機関砲や荷電粒子砲を構えた。
「お、おいジーク大佐、足止めになってないじゃないか! このまま……じゃ……」
一木は思わずその光景を見て絶句した。
先頭を進みながら巨大な散弾銃のような形状の武器を構えていたアウリンの首が無くなっている事に気が付いたからだ。
驚いてモノアイを凝らすと、失われたアウリンの頭部は空中をまるで体操選手のように回転しながら跳ねているジーク大佐の三皇が手にしていた。
高周波による振動特有の甲高い音を立てる短刀を左手に持ったジーク大佐は、右手に抱えたその頭部パーツをまるで野球のボールでも放るように一木の装甲車の近くに投げてよこした。
驚く一木の頭上を通り越したその頭部は。一木の乗った装甲車のすぐ脇に落下する。
軽い地響きと共に落ちたその首からは、確かに機械ではない生物の、しかも人間のような断面が見えた。
唯一にしてもっとも人間と違うのは、赤黒い筋肉組織から流れ出る血液のような液体が、濁った白色である事だ。
『『『『3!!』』』』
オープン回線で怒りと悲しみに満ちたアウリン達の声が響き渡る。
半ばあっけに取られた一木をよそに、アウリン達は一木達の追跡を止めて仲間の首を切り落としたジーク大佐を取り囲むように動いていた。
そのアウリン達の方向転換する際のエンジン音に一木も我に返った。
あまりの事に呆然としていたのだ。
ジェットヘリ並みの高速飛行中のあの敵に一瞬で追いつき、しかも首を切り落とす。
(あの機体……いったい……)
一木は若干の恐怖を感じながら、右手を白い血に染めたジーク大佐を見つめた。
『大丈夫だ一木! ここは任せて!』
ジーク大佐はそう通信で言うと、まだ不安げにしている一木に対し、個人回線を繋げた。
『大丈夫だよ一木。これくらいの相手なら問題ない。部下達も最精鋭だしね。だから、大丈夫』
『けれども……ジーク大佐、いやジーク……君まで』
そこまで一木が言った辺りで、一木の車両からではジーク大佐達もアウリン達も丘や木々に阻まれて見えなくなった。
どうにかジーク大佐達の様子を見ようと立ち上がろうとした一木に対して、ジーク大佐はいたずらっぽくこう告げた。
『別に、倒してしまっても構わないだろう?』
一木も知っている、とある有名なゲームのキャラクターの台詞。
そのキャラクターは仲間の危機に際したった一人で殿を務め、先ほどの台詞共に敵に立ち向かい。そして散っていった。
今の状況においてはあまりにも場違いで質の悪いジョーク。
そんな悪趣味な別れの言葉と共に、ジーク大佐は一木との回線を切った。
次回更新予定は2月2日の予定です。
ジーク大佐がオタク知識持ちだって設定覚えてる人いるかな……。




