第26話―4 ウサギ狩り
意識喪失の原因となったのは搭乗している60式機兵輸送車の直上で爆発した50mm機関砲弾だった。
行われている攻撃は一件無差別な機関砲によるバラマキだが、その実精度は高い。
一木の乗っていた車両に留まらず、囮役の車両や対空車両を的確に捉えた攻撃は複数の直撃弾を出しており、車列全体の被害は甚大だ。
一木の乗っている60式装甲車にしろ、殺大佐が砲弾を小銃で迎撃しなければ直撃していた。
しかもこれは対地攻撃用の榴弾だからこそ信管を銃撃して迎撃できたのであって、もし徹甲弾等であれば一木達は全滅していた。
この一瞬にして起きた殺戮劇の原因は、クラレッタ大佐達がアウリン隊の、特に偵察などを行う単眼のアサシン型の能力を見誤った事によって起きた。
アウリン隊の武装はあくまで荷電粒子砲及び比較的低速の宇宙空間対応の火薬式実体弾であり、誘導型兵器などは保有していない。
だからこそクラレッタ大佐達は荷電粒子砲による攻撃のみを警戒し、目視可能な近距離による実弾攻撃はある程度無視しても差し支えないと言う認識だった。
これは荷電粒子砲による攻撃の絶大な威力と、一木に対して生じる放射線障害を危惧したためだ。
対して実弾による攻撃の場合、敵が攻撃する際車列からの射線も通る事となり、阻止射撃や撃墜を狙った対抗射撃が可能であり、むしろ撃ちあい事態をある程度狙ってすらいた。
(それが……例のカルナークの一つ目もどき! あれが目視外から実体弾による弾道射撃を誘導しやがった! 迂闊!! カルナーク戦の時の一つ目とは根本的に能力が違え!)
間一髪銃撃で命中弾を防いだ殺大佐は心中で毒づいた。
オープン回線のままだからクラレッタ大佐達にも聞こえたはずだ。
先ほどの攻撃の正体は5km以上先から車列を包囲しての全周囲からの山なりの弾道攻撃だった。
目視外からの攻撃は誘導兵器が無い以上行われないか、あっても精度は低いという認識を完全に裏切る高精度ピンポイント攻撃だ。
無論、アウリン隊にアイアオ人と同様の形質を持つ存在がおり、それが向こうの索敵や誘導を行っていると言う情報はクラレッタ大佐達も得ていた。
その上、クラレッタ大佐達はそのアイアオ人と戦闘経験を持ついわば異世界派遣軍におけるもっともアイアオ人対策に精通した専門家だ。
だからこそ、その知識と経験を以って対策を練り、さらに単眼のアウリンの能力をアイアオ人以上と見積もってもいた。
(一つ目なのは同じだけどよ、高速移動目標に対する精密弾道砲撃……しかも自身ではなく他者へのデータリンクとはよ! アイアオ人をサイボーグ化したとしたらああもなるだろうが……SSが常識と経験に囚われるなんて……不覚!!)
殺大佐は歯嚙みしつつ周囲を見渡した。
先ほどまで降り注いでいた機関砲弾の雨は一旦止んでいる。
恐らくこちらの損害を一つ目が把握している最中なのだろう。
もはや当てにはならないが、アイアオ人ならば精密機器の爆発後は電磁波等の影響で遠距離索敵が難しいはずだ。
車列が一定距離を進むまでは状況把握に努める、筈だと信じたい。
(囮の輪形陣は一つは生きてるし、トラック部隊も大半は無事だ……クラレッタ姉はどうでるか……)
味方の状況把握が困難なのはこちらも同様だが、最低限の囮部隊と一木達の乗った車両、そして非戦闘用アンドロイドを搭載した装輪式のトラックと車両部隊はほぼ無傷だ。
予想外の出来事に面食らったが、まだ宿営地守備隊の戦闘力は健在。
「クラレッタ姉! どうする、体制を立て直して迎え撃つか!?」
状況把握を終えた殺大佐はマナ大尉の盾の下でのびている一木を起こすつもりで実音声で叫んだ。
通常実音声での会話は戦闘中は慎むものだが、相手が相手であるし今更問題になるものでもない。
「殺はそのまま装甲車で非戦闘員たちの車両と道路上を進んでくださいまし! 私とシャルルは囮の輪形陣と一緒に足止めしますわ!」
クラレッタ大佐の指示はネットワークではなく、殺大佐と同じ実音声で行われた。
実音声を出す必要のある殺大佐とは違い、クラレッタ大佐にはその必要はないはずだ。
意図が分からずに、殺大佐は思わず身を乗り出して姉二人の方を見た。
一木達の乗る装甲車とは逆の方角、宿営地のあった方角にいる囮用の輪形陣を組んだ車列の方角に走っていく二人の背中が見える。
『姉ちゃん!』
すでに実音声が届く距離ではない二人に向けて、ネットワークを接続して呼びかける。
クラレッタ大佐は反応すらしなかったが、シャルル大佐は殺大佐の頬を軽く撫でた。
もとよりかねてより予定していた動きではあった。
敵の艦載機や軌道砲撃に曝された場合、囮用の車両を用意してそちらに主要戦力を集中して敵を引き付けると同時に殿とする。
そして一木の身柄は非戦闘要員と共に帝都側に逃がし、追撃はそのつど別車両を囮と殿にしながらさばいていく。
そして……。
「一木、もう起きたか?」
「ああ、あああ。あー、何とか……」
乗り出していた身を60式の荷台に戻した殺大佐は一木の頭を軽く小突いた。
消えていたモノアイの明かりが灯り、寝ぼけたような声で返事が返ってくる。
「よし、いいから聞けよ。今から俺たちは非戦闘員の装輪車両と一緒に帝都側に一目散に逃げる。敵の大半はクラレッタ姉とシャルルが引き受けてくれる」
「ちょっと待て……引き受けるって、二人は……戦闘要員のみんなは……」
一木が呻くように声を発するが、殺大佐はグルグルと回るモノアイの方を見ずに続ける。
「覚悟を決めろよ一木……師団の次は姉ちゃん達。その後は非戦闘員。戦闘車両。そして俺……最期がマナ大尉だ。お前だけは絶対に帝都まで送り届ける」
今度は一木が身を乗り出す番だった。
勿論固定されている身だ。身動きできる範囲はたかが知れている。
だがそれでも一木の目にはもうすぐ散ろうとする部下達と、彼らに迫る巨大な影が見えた。
「奴ら、全員で囮に向かってるぞ!」
周辺の森から勢いよくアウリン達が高度を上げて飛び出した。
先ほどの砲撃の際は全方位だったが、後方の囮の輪形陣を反包囲する形で弧状体型を取っている。
逃げる車列を一旦放っておいた上で、まずは見るからに足止めの部隊をせん滅してから残りをせん滅するつもりだ。
「大丈夫だ一木! 勝算はある、あるさ!」
殺大佐が叫ぶが、そんなものは気休めだと一木にも分かる。
確かに携帯型地対空ミサイルを装備させた歩兵型を二個中隊下車させて車列後方に待機させている。
囮の輪形陣と挟み撃ちにすれば多少効果はあるだろうが、対空兵器が敵の力場と装甲にどこまで有効かは未知数だ。
それでも、振り返りもせずクラレッタ大佐とシャルル大佐は駆けてゆく。
九体の鋼鉄の巨人に立ち向かい、一木を逃がすためだけに駆けてゆく。
『待たせたね!!!』
オープン回線で、とてつもない大音量だった。
聞き覚えのある少し低めの少年のような声。
宇宙で待機中だった筈の、頼もしい作戦参謀の声だ。
「ジーク大佐!」
叫ぶと同時に、一木はモノアイを勢いよく上に向けた。
巨大な流れ星のようなものが五つ、視界に入る。
間違いなく、強襲猟兵の降下用カプセルだ。
一木が歓喜のあまりモノアイを回すと同時に、カプセルがぱっかりと割れた。
15機の鋼鉄の巨人がまるで天使のように舞い降りてきた。
またしても更新の遅れ、申し訳ありません。
本業が多忙なため、あくまで更新予定は予定と思っていただけると助かります。
次回更新予定は1月29日の予定です。




