第26話―3 ウサギ狩り
車列を視認したアウリン隊は1を先頭にしたV字陣形のまま急速に降下。
その目標は感情制御型アンドロイドによる部隊最大の欠点である人間の指揮官、つまりは一木だった。
『指揮官のいると思しき場所に一撃を加えて離脱だ!』
アインが指示を下すと同時に、作戦通り荷電粒子砲を抱えたアタッカー達が前に出た。
荷電粒子砲による攻撃は光速に近い弾速、圧倒的な貫通力と高熱による広域破壊。
そして強力な放射能汚染による生物に対する圧倒的な殺傷力を併せ持つ必殺の攻撃だ。
今回のような生身の人間を殺すのにはまさに最適な攻撃方法だった。
しかしだからこそ、そのことは異世界派遣軍側も承知していた。
『駄目1! 狙われてる!!』
アサシン型である偵察要員の10が叫ぶと同時に、それまで沈黙していた車列の車両が一斉に発砲した。
ガガーリン装甲車の自走対空型やマッカーサー歩兵戦闘車の40mm機関砲が空を埋め尽くす弾幕を張りつつ、少数の50式歩兵戦闘車が120mmレールガンによる対空精密射撃を加えると言う隙の無い攻撃だ。
そのため10の警告を受け素早く回避軌道を取ったアウリン達だったが、回避先までをも的確に捉えた弾幕に囚われ被弾する機体が続出した。
『うわっ。くそ、被弾した……損害、力場損耗率4%!』
『きゃあ! 力場が……16%損耗。1!』
被弾した機体も実損害事態は防御力場に阻まれ無かったが、敵の思わぬ的確な迎撃に1はためらいを覚えた。
というのも、火星で行われた異世界派遣軍を想定した対地攻撃演習ではここまでの迎撃を受ける事は無かったからだ。
(敵の対空攻撃はミサイルと精度を重視した攻撃が主体では無かったのか!? しかもさっきから弾幕に交じって撃ってきている大型砲による攻撃……対空砲弾ではなく、貫通力重視の徹甲弾だ!)
異世界派遣軍や地球連邦陸軍で用いられるレールガンの砲弾には対空砲弾が用意されており、戦車や装甲戦闘車のような陸上兵器にも一定の対空攻撃能力が付与されている。
アウリン達が受けた教育と演習においては、初手で地球側は飛行するアウリン達に対してこういった対空砲弾とミサイルを主体にした攻撃を行ってくるとされていた。
(だからこそ、私たちの力場と分厚い装甲でそれらによる攻撃をある程度無視して一気に荷電粒子砲で敵の迎撃態勢事主力を崩壊させるつもりだったのに……弾幕で動きを封じつつ対戦車砲弾による撃破を狙うだと……)
アウリンの装甲に対して50mm以下の機関砲弾や対空砲弾や対空ミサイルによる破片を主体とした攻撃は効果が薄く、そのため初手で一気に火力を集中することによって敵の地上部隊を一気に撃滅すると言うのがアウリン隊の想定戦術だった。
ところが、その想定が崩れた。
精密射撃の真逆を行く第二次世界大戦に米空母艦隊さながらの弾幕に気勢をそがれた所に、対戦車砲弾による精密射撃を行ってきたのだ。
このことによる動揺は大きかった。
なぜなら、この事は即ち自分たちアウリン隊の能力が敵にある程度知られているという事だからだ。
『宇宙や高軌道の戦闘情報がもう共有されてる……火星陸軍やカルナーク陸軍とは違う』
彼女達に……いや、七惑星連合にとって戦訓や情報とは長々とした会議の末に、さらに長い教育期間を得て伝達される物であった。
もちろんすべてがアンドロイドにより構築される地球連邦軍においてはそれらはより効率的に行われる、その認識はあった。
しかし半日はおろか僅か数時間んでそれらが共有され、あまつさえこうして迎撃に対策を用いて来ると言うのは衝撃的だった。
そしてこのことが、アウリン隊に慎重な行動をとらせた。
『総員増速! 一旦離脱するぞ! 8は殿を務めろ、チャフとフレア、デコイをありったけばら撒け!』
1の命令と同時に10を中心とした球形の陣形を組んだアウリン隊は最後尾の
8のばら撒いたミサイルの誘導を攪乱するチャフやフレア、そして防御力場を発生させつつ敵の攻撃を受け止めるデコイ弾頭を後方の壁にして一挙に車列の上空を通り過ぎていった。
1の危惧通り、頭上を通り過ぎたアウリン隊に対してガガーリン装甲車対空型から対空ミサイルが発射されたが、チャフやフレアによって誘導を乱され、あるいはそれらの攪乱を乗り越えた弾頭もデコイに命中して全て防がれた。
『1、いいのかよ! 力場と装甲はまだ無事なんだし、一当てしても……』
第二小隊長兼副長の 6が抗議の声を上げる。
1としても何も出来ずに敵に攻撃を邪魔され、ただただ力場を消耗するだけになった今の行動に忸怩たる思いはある。
しかし、彼女にも考えがあった。
『あの車列を倒せばそれで終わりならそれでいい。けれども、私たちにはあいつらを倒した後主力部隊を支援する任務があるんだぞ! そうなれば敵の大規模な航空部隊とやり合うことになる。軌道上の敵艦隊の迎撃に手間取れば最悪地上に降りて来れるアウリン隊は私たちだけなんだ。それなのに私たちがここで力場を消耗して見ろ。主力部隊は航空支援無しで市街地に立てこもるアンドロイド軍を相手にするんだぞ!』
この1の言葉にはさすがに 6も反論しなかった。
1達には奇襲による軌道上の地球連邦艦隊への牽制、宿営地から帝都に異動する異世界派遣軍主力の撃滅。その上七惑星連合地上軍の航空支援まで任されているのだ。
さらに言うならば、七惑星連合には外地に展開可能な大気圏内航空戦力がアウリン隊しかないのだ。
なればこそ、1達は最高時速300kmという低速で長時間かつ正確な対地攻撃を行い続けるためにも、力場と言う強力な防御手段をここで消耗し尽くすわけにはいかない。
だからこそ、アウリン隊は一旦引いていく。
後には、奇妙な静寂の中進み続ける車列が残された。
※
「やった、やったぞみんな! 敵が撤退したぞ」
襲来したアウリン隊が凄まじい対空攻撃によって引き上げていくのを見た一木は、思わず歓声を上げた。
しかし、それに応える声は無い。
ただ、マナ大尉がギュッと手を握り、殺大佐がぽんぽんと軽い頭を叩くだけだった。
「なんだ二人とも……よくやったじゃ」
「まだですわ!!」
一木が浮かれた声を発すると、装甲車と並走していたクラレッタ大佐が叫んだ。
何事かと一木がモノアイを向けたその時だった。
車列を取り囲むように全方位からボンッボンッボンッという間の抜けたような軽い破裂音が響き始めた。その音は止むことなく、継続して鳴り響き続ける。
運動会で聞いたスターターよりも迫力の無いその音に一木が一瞬あっけに取られる。
しかし、殺大佐やマナ大尉はそうでは無かった。
マナ大尉は盾を構え、殺大佐は車両内に備え付けたあった小銃を手に取り空を見上げた。
どちらの視線にも怯えと焦りがあった。
「なんだ今の音は。殺大佐……マナ、一体何が起こってる!?」
「囲まれました……迎撃を試みますが、少々分が悪いです!」
マナが少しおびえたように叫び返す。
分が悪い……何がだ?
一木は疑問に思った。
見事な陣形を組んだ敵を濃密な対空攻撃で先ほど追い返したと言うのに、包囲しようと各個に来る相手をなぜそこまで恐れるのだろうか?
しかし、一木の疑問はマナ大尉の返答よりも早く現実が教えてくれた。
マナ大尉と殺大佐が見上げた空に現れたのは、アウリン隊の機械の巨体では無かった。
先ほどから鳴り響き続ける破裂音……即ちディフェンダータイプの持つ大型実体弾武装から発射された無数の砲弾が車列めがけて襲い掛かってきた。
単一目標に対する……しかも時速300km程度に対する射撃とは訳が違う。
全方位から飛来する飽和攻撃に対して、車列の迎撃能力はあまりにも不足していた。
着弾による無慈悲な衝撃と破片が一木の意識を刈り取った。
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次回更新予定は1月25日の予定です。




