第26話―1 ウサギ狩り
「アセナ~」
ようやく軌道上に到着して軌道空母ジブリールに着いたアセナ大佐とダグラス大佐を出迎えたのは顔をくしゃくしゃにしたジブリールだった。
すでに軌道上には重巡洋艦を始めとした艦隊主力が到着しており、大急ぎで整備と補給を行っている所だが、アセナ大佐達が見たところそれらの動きはどうにも無駄が多かった。
ルニ子爵領の領民を乗せた揚陸艦が未だに安定軌道に入っておらず、かと思えば本来なら揚陸艦の誘導作業に従事するべき駆逐艦が先に敵艦隊の迎撃陣形を組んで暇そうに佇んでいる。
その一方で補給物資を吐き出し終えた輸送艦や補給艦が渋滞を起こし、小回りが利かない重巡洋艦が補給を終えたからと誘導作業に駆り出され、逆に混乱に拍車をかけている。
「なるほどね……」
ジブリールを抱き締めてやりながら、アセナ大佐は呟いた。
「この状況なら私たち二人を宇宙に上げる訳だわ。ミユキがいないと艦隊がこんなにグダグダになるのね……」
「……」
アセナ大佐の言う通り、指揮系統の無い異世界派遣軍の現実がここにはあった。
史上初の宇宙空間における戦闘なのである程度は仕方がないことではあるが、やはりと言うべきか、地上のアンドロイド達に比べて航宙艦のSA達は経験不足が否めなかった。
無論、たった今不満そうに無言のままだったダグラス大佐もそのことは百も承知である、筈なのだが。
「ダグラス、あなた不満?」
「いえ……はい……正直言って、今すぐに帝都に行きたいです」
アセナ大佐の問いに対し、一瞬見栄を張った後ダグラス大佐は本音を吐露した。
地球人を抜かせば命よりも大切な妹を助けるため、本当なら今すぐに駆けつけてやりたいのが本心だったのだ。
「駄目よ。それに考えてもみなさい。私たちがジークの言う通り軌道上とゲートを守らなければ、そもそも地上のみんなだって脱出できないのよ?」
「分かっています……分かってるんです……理性では……」
うつむくダグラス大佐に、アセナ大佐はふと思い浮かんだ言葉を口にし掛けた。
だが、すんでのところでその言葉は飲み込み、音声にも通信にもしなかった。
(妹を守るんじゃなくて……本当は復讐したいのね。人間に拒絶されたせいか、同胞に対する意識が強い……まるであの子みたい)
複眼という人ならざる見た目をしているせいで、製造直後に人間から酷い態度を取られた。
アセナ大佐が知っているダグラス大佐についての情報はこれだけだが。それが人間から好かれる事を存在理由の第一にする感情制御型アンドロイドにとってどれだけ辛いのか……。
人間と同様の精神性を持つアセナ大佐には本質的には理解できないが、それでも生まれて以来ずっと仲間としてアンドロイド達の社会の中で生きてきた。
だからこそその辛さ、精神の歪みがよく理解できた。
(賽野目はアンドロイドと人間の融合を目指していると公言していた……けれども、本当にそんな事出来るのかしら……増殖を存在理由とする生命体と、特定存在から好かれることを存在理由にするアンドロイドでは意識体としての根底が違う……果たして……)
「アセナ参謀長」
思考に囚われかけていたアセナ大佐は、ダグラス大佐の冷たく低いダグラス大佐の声でようやく思考を中断した。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をね。で、どう? やっぱり下に降りる?」
少し意地悪く問いかけると、ダグラス大佐はサングラスを外し、黄金色に輝く美しい複眼をアセナ大佐に向けた。昆虫のようなその瞳には、強い意思が宿っていた。
「妹達と一木司令達の帰り道は私が作ります」
「よく言ったわね。それじゃあ、制天権の確保お願いね。私は戦闘に不向きな艦と護衛戦隊を二個もらうから、残りを任せるわ。旗艦はどうする、メフメト二世にする?」
アセナ大佐の問いに対し、ダグラス大佐は首を横に振った。
「一番軽装備な軽巡に乗ります。戦闘力が高い艦を遊ばせる余裕はありませんから……」
「それならマンダレーね。帝都上空の任務のために実弾の艦砲主体の装備になっているはずだから」
かつてグーシュの演説を中継した軽巡洋艦の名をアセナ大佐はあげた。
ルーリアトのような未発達な異世界において大気圏内での地上支援を行う際は、使い道のないミサイル関係の装備を取り外し、使い勝手のいい中小口径の実弾兵器を増設するのが常だった。
軽巡洋艦マンダレーも例にもれず、対空ミサイルや対艦ミサイルの代わりに75mmや40mm砲を増設していた。
正直言って、アウリン隊がうろつく戦場では最前線に立つのは厳しいと言わざるを得なかった。
「ではそうします。アセナ大佐はどうします?」
「私はジブリールに乗るわ。通信能力はピカ一だし、定点防衛なら機動性は関係ないしね。さあ、忙しいわよ。まずは補給整備と防衛体制構築の効率化と、アズラエルとジブリールの艦載機と監視衛星の管理をマンダレーに移管しなきゃ。私も手伝うからちゃっちゃとしましょう」
アセナ大佐の言葉にダグラス大佐が頷く。
その瞬間から、渋滞を起こした高速道路の様だったワーヒドの軌道上は見違えるようにスムーズに動きだした。
※
そうして軌道上がようやく迎撃のため動きだした頃、地上でも動きがあった。
『アイン! ルーリアト大陸まであと3分だ! 距離……あと300km!』
マッハ5という超高速で飛行する9機のアウリン達は、ついに広大な大海原を越え、大陸へと迫りつつあった。
『総員高速巡航装備を投棄! 重力下制空戦闘形体に移行……9の敵討ちです!』
アウリン1の号令と共に、アウリン達は両足の長大なブースターユニットと背部の燃料タンクの一部を一斉に投棄していく。
大気圏内でのマッハ5での超高速飛行は制約と消耗が大きい。
先ほどの高高度でならば可能ではあるが、こんな重力井戸の底では金魚すくいの紙の網のように纏った機動甲冑が粉々に破れてしまうだろう。
そうして身軽になった彼女たちはみるみるうちに減速していき、ルニ半島を視界に収める頃には時速300km程にまでなっていた。
そして、そんな低速の飛行物体を異世界派遣軍が見逃すはずが無かった。
索敵を行っていた単眼のアウリン10が警告を発する。
『気を付けてみんな! 敵の大気圏内用戦闘機……15機来る。それに敵の基地からレーダーの照射を検知……ミサイルと機銃が狙ってる!』
『総員対空、対地戦闘準備……私の一撃に合わせて、散開せよ!』
アウリン1は小さく叫ぶと同時に、愛用のブレードランチャーを構えた。
次の瞬間、極太の荷電粒子がルニ宿営地めがけて放たれた。
次回更新予定は1月16日の予定です。




