第8話 白い部屋
「バイタル正常です、目立った外傷も無し、奇跡ですね」
無感情な、冷たい女の声でグーシュは目を覚ました。
どうやら寝台に寝かされているようだが、随分と上質の物だ。帝城の自室にも劣らない、いや、肌触りと掛けられている布の軽さに於いてはこちらの方が上かもしれない。
しかしどんな上質な寝台にいても、体が痺れてうまく動かない。何が起こったのかも思い出せない。芯まで冷え切った体が、頭から考える力を奪い、ただただ寒いという感情だけを際立たせる。
「脳波に反応あり、覚醒してますね……グーシュリャリャポスティ様、私の声が聞こえますか? 聞こえたら少しでもいい、右手を動かしてください」
この声の主は誰なのだろう? グーシュは疑問に思ったが、何も考えられない。それでも、寒さに震える体に力を込めて、微かに右手を動かす。ピクリと、ほんの少しだけ右手が震えるように動いた。
すると、ギュッと手が握られた。声質と違って随分と温かい手だった。
そう言えば、ついさっきも同じように手を握られていた様な気がする。
そこまでグーシュが考えた所で、もう一人人間が入室してきたようだ。全力を振り絞り目を開けると、掠れながらも今いる場所が見えてきた。
そこは白い部屋だった。天井も同じように白く、蝋燭やランプとも違う、炎とは違う白い明かりが部屋を照らしていた。その部屋の中には二人の人間がいた。
寝台に近い場所にいるのは大柄な美女だった。薄い緑色の服を上下に着込み、その上から白く丈の長い上着を着込んでいる。色白で、髪色は金色……背丈は一ダイス一ガー弱(160cm+30cm弱)くらいだろうか。長身で金髪の美形と言えば南方蛮地特有の特徴だが、なぜこんな所にいるのだろうか。
もうひとりは後から部屋に入ってきた人間で、こちらは小柄な少女だった。身長はちょうど一ダイス程。
緑色の鉄兜を被り、肩口から袖のない緑色の上着と、膝上ぐらいの長さの筒状の布を下半身に身に着けていた。北方諸国の女が身につける物に似ているが、随分と短い。北方では足首まで隠れる程長い物が普通だったはずだ。
不思議なのは手足だった。袖の無い上着から出た腕は二の腕の上部までは白い肌が露出していたが、その下からは指先まで艶のない真っ黒で硬質な何かで覆われていた。足も同様で、筒の下から膝上程までは白い肌が見える物の、その下からは艶のない硬質な何かで覆われ、ふくらはぎ辺りからは随分と頑丈そうな長靴で覆われていた。
「課長、電気毛布持ってまいりました」
新しくやってきた少女は舌っ足らずに喋ると、グーシュのいる寝台の足元に体験したことがないほど柔らかい毛布を置く。
「よし、伍長。殿下を持ち上げて頂戴」
「了解」
すると反応するまもなく、グーシュの体は小さな少女によって抱きかかえられる。ふらつきもしないその力に、グーシュは驚く。そうしている間にも美女が寝台に柔らかい毛布を敷き、端にある部品をいじると、何やらカチリと音が響く。その後少女がグーシュを寝台に下ろす。するとグーシュの体はみるみる内に暖まっていく。驚くことに毛布自体が熱を発していた。体に熱が戻ってくると同時に、頭が働き出す。
ところがそれに反比例して、強い眠気が意識を奪っていく。
「そなた……達は……」
眠気が意識を奪う前に、戻った思考力を振り絞って思いついた事を声に出していく。
少女が嬉しそうに喋ろうとするのを制して、白衣をまとった美女が答えた。
「私は衛生課課長……分かるように言うと海向こうの医者です。どうか安心してお休みください」
そう言うと、美女はグーシュの腕に半透明の筒を押し付けた。押し付けられた場所にじんわりとした熱さと痛みが奔る。
「栄養剤を打ちました。起きるころには元気になっていますよ」
優しく頭を撫でる美女に、意識を喪失する瞬間。一番大切な、絶対に聞かなければならない事を聞く。
グーシュはここまでこの事を思い出さなかった自分に怒りを覚えながら、絞り出すように声を発した。
「ミルシャ……は……わらわの……ミルシャ……」
その事を聞くと、美女は困った様な顔をした。その表情をみてグーシュの意識に焦りが浮かぶ。
「そのことですが殿下……出来ることならばお早いお目覚めを……ミルシャ様のお体が保ちません」
その言葉を聞いて焦りを浮かべたと同時に、グーシュの意識は途切れた。
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