第25話―1 皇女様の真意
一木達が宿営地から脱出したのとほぼ同時刻。
帝都においても大きな動きがあった。
事が起きたのはガズル皇帝代理によって招集された幹部会においてだった。
この幹部会の議題は当然ながら、シュシュリャリャヨイティ率いるルーリアト統合体と七惑星連合の軍勢が帝都に迫っている事に対する対応を協議する事だ。
皇帝暗殺犯であるシュシュリャリャヨイティが反逆し、地球連邦の敵対勢力と手を組み攻め入ってくる。
この危機的状況に会議は一気に過熱した。
具体的にはいわゆる強硬派とでも呼ぶべき軍人を中心とした一派が徹底抗戦を叫んだのだ。
それに対し、当然ながら文官を中心とした穏健派がそれを諫め、帝都の放棄と脱出を主張した。
「徹底的に戦うと仰るが、どうやって戦うのか。あなた方は空飛ぶ城、走る家とどう戦うのだ? よもや剣を以って戦うとは言わんでしょうな!」
穏健派の煽る様な言い方に強硬派が激昂した。
「もはや状況はそう言う事では無いのだ、これは我らの誇りの問題。たとえ届かずとも剣振るい命かける事こそボスロ帝によって栄えたこの帝国の矜持! だいたい貴様らは勝てないと言うが、ならばどうするのだ? 勝ち目がない。だからと言って逃げたのではそれこそ帝国の終焉だ!」
「無論、頭を下げるのです。確かに屈辱ですが、民の血は流れない。それに無為な抵抗に用いる戦力を以って帝都外に要人や力を逃がすことも不可能ではない。私たちは現実的に帝国がその血筋を残すことを考えているのです」
「何が現実だ! そんなもの無意味な妄想に過ぎん! 希望だの現実だのと言って、結局卑怯な行いだけが残り、誇りが失われるだけだとなぜわからん!」
「あなた達の無謀な自殺と一緒にするな! 我らには綿密な計画がある。だいたい、空飛ぶ城の下で剣を振る姿を晒すことにどんな名誉が? 統一戦争時代鉄弓に突撃し続けた耳長族を笑えませんな……」
「侮辱するのか貴様!」
「その通りだ馬鹿!」
「貴様!!」
「馬鹿!!」
ギャーギャーという擬音がこれほど当てはまる場面も無い。そう言うほかない醜く、意味のない議論が十分ほど続いた頃だった。それまで黙っていたグーシュが口を開いたのだ。
「……皆の気持ちよく分かった」
シィン……。
低い声だったが、響いた瞬間部屋が一気に沈黙した。
普段のグーシュとは違う、重苦しい声ではあった。
だが沈黙の理由は別の所にあった。
(今の言い争いで何が分かったのだ?)
それが一同の気持ちだった。
そんな困惑混じりの沈黙の中、立ち上がったグーシュは……泣いていた。
幹部たちはいよいよ混乱した。
(今のバカ騒ぎのどこに泣く要素が?)
誰もがグーシュの意図が分からず、だからこそ沈黙し続けた。
その沈黙を以って、グーシュは言葉を紡いだ。
「わらわは責任を感じていたのだ……。父上を守れなかった責任。我が姉が皇帝陛下を弑した責任。わらわが連れてきた盟友が結果的にシュシュリャリャヨイティの力となり、そして牙をむいてきた責任……全て全て、今の事態の責任はわらわにある……。だからこそ今の皆の話を聞いていて、思わず感極まった」
先ほど対立した強硬派も穏健派も、全員が互いに顔を見合わせた。
(なぜ今の流れで感極まる?)
皆の心が一つになった。
そして助けを求めるようにグーシュの隣に座る皇帝代理の方を見るが、当のガズルは腕組みをしたまま目をつぶって幹部たちを見ようともしない。
そして尚も、涙ばかりか鼻水まで垂らしたグーシュの話は続く。
「皆の帝国を思う気持ちが……先の会話には溢れていた。帝国の誇り。現実を見据え実利を得て未来を掴む事。そのどちらもあまりにも尊く、選び難い選択肢だ。その点、皆も同意してくれよう?」
唐突な問いかけに、幹部たちはおっかなびっくり、小さく頷いた。
互いに非難はし合った。
とはいえ、強硬派としては圧倒的な戦力差の中無意味に死ぬ事は無意味だと言う現実的認識自体はあったし、対する穏健派にも皇帝を殺した上に外国と手を結んで帝政転覆を企む悪女に屈する事に抵抗もあった。
結局の所、ここにいる者達は常識のある者達だったのだ。
度を超えた武力第一の武官や臆病な文官、上にこびへつらう人間はイツシズ一派による襲撃とその後のイツシズ派壊滅の際に一掃され、ここにいるのは皆ある程度見込まれていた常識人だ。
だからこそ、ある程度の事前情報を得た上で始まった会議において、双方等もに極端な意見をまずぶつけ合い、徐々に摺り寄せていくつもりだったのだ。
それがグーシュの涙でいきなりぶち壊しになった。
そこに来ての謎の同意を求める言動である。
慎重にならない方がおかしいと言うものだ。
しかしグーシュは小さな頷きを最大限の同意と受け取ったのか、気にした風もなく話を続けた。
「ならば、ならば。わらわが第三の道を作ろう。それが筆頭皇族の責任だ。文官諸君は至急帝都から臨時帝国政府の人員を脱出させる方策を策定せよ。武官諸君はその護衛だ」
グーシュの言葉を聞いて皆がギョッとした。
グーシュの提案はいわば文官側の意見の全面的採用だ。
こんな無理のある肩入れの仕方では双方にしこりが残ってしまう。
この場にいる者達は皆人格者で優秀な者達だが、その末端の部下まですべてがそうであるわけでは無い。
つまり、先ほどの優秀な常識人達の口論の理由はそれだった。
皆が皆、自らの不出来な部下たちの暴走を恐れていたのだ。
「シュシュリャリャヨイティから逃げて臨時政府を作れ、兵たちはその護衛な」では若い武官や軍人は納得しないだろうし、逆に「帝国の誇りのため帝都とその臣民悉く立ち向かい死ぬ」では文官や穏健派官吏は反発する。
未だ先ごろの政変の余波が残る中それはマズイ。
しかし、グーシュも当然ながらそんな事は分かっていた。
「安心しろ。帝国の誇りはわらわが守る」
この言葉を聞いて幹部一同には嫌な予感が過ぎった。
だが、今更遅かった。
「帝都の全臣民を武装させ一丸となって我が姉を向かい討つ。帝都50万の臣民悉く散ろうとも、必ずや敵に痛手を与え帝国の誇りを見せてくれようぞ」
「「「「「「殿下!!??」」」」」
爆発した。
部屋の空気はそうとしか形容できないものだった。
幹部たちは皆が一斉に喋りだし、グーシュにそんな事は止めろと叫び続けた。
しかしまさに鉄鎧短刀。
※鉄の鎧に短刀で斬りつけても無意味な様に、何も感じない事。地球で言う所の馬耳東風と同じ意味。
そんなものは見えないかのようにグーシュは語り続ける。
「皆まで言うな。帝国の誇りを示し、その上で帝国を残すためにはこれが最善の道である。ここにいる者達を始めとした実力者たちで落ち延び、必ずや帝国の血を残してくれ。帝国の誇りは、臣民と共にわらわが引き受けた」
この後は、文官武官関係なくグーシュを説得する行為がしばし続いた。
しかしグーシュの決意は固く、臣民事帝都すべてで自爆特攻して散ると言うグーシュの意思に変わりは無かった。
「どうか考え直してください殿下! 直径皇族の血を絶やしてしまっては帝国はどうなりますか!」
「どうか考え直してください殿下!! 臣民の命をあたら散らしてなんとなりますか。どうか、民にも避難をご指示ください」
「どうか考え直してください殿下!!! 民の命を散らすなど……それならば……どうか殿下。地球の方々のご協力は得られないのですか?」
しばしの幹部たちからグーシュへの一方的な懇願の結果、幹部たちの意見は概ね三点に集約された。
「グーシュ殿下はお逃げください」
「帝都臣民は避難させてください」
「地球に助けを頼んでください」
極端なグーシュの計画に対する、ある種当然の意見だった。
当然ではあるが、真っすぐには切り出せない正論だった。
ドガン!
幹部たちの懇願めいた意見が三つにまとまりを見せたちょうどその時だった。
会議室の扉が勢いよく開き、十人ほどのお付き騎士達が入り込んできたのは。
今回の会議。
面食らい続けた幹部たちにはもはや反応する余力は無かった。
だからこそ、グーシュがお付き騎士達に腕をねじ上げられ拘束されると言うあり得ない光景に対して、抵抗も反応も出来なくても仕方のないことであった。
「グーシュリャリャポスティ殿下! 申し訳ないが拘束させていただきます!!!」
グーシュの腕をねじり上げていたミルシャが大音声で叫んだ。
恐らく年内最後の更新となります。
今年一年もありがとうございました。
来年……完結できるかな……脳内構想を考えると、短いようでここから長い……テンポよくいきたいですが、さて。
ともあれ、どうか皆さま。
これからも皇女様とオッサンサイボーグの物語をよろしくお願いします。
次回更新予定は1月1日の予定です。




