第24話―4 増援
猫少佐はゴンゾ曹長と別れた後、素早く窓から屋根の上に上ると物音ひとつ立てずに移動を開始し、かねてより当たりをつけていた場所へと向かった。
公爵邸の来賓用の部屋がぎりぎり見える、邸宅の一番隅にある使用人区画の一画。今は使われていない物見の塔の影。
そこにたどり着くと、猫少佐は背中に隠していたMKV5サブマシンガンをゆっくりと取り出した。
高威力の.50AE樹脂薬莢弾を使用する大型サブマシンガンで、アンドロイドが使用することを前提に開発されたゲテモノ銃だ。
スライドをゆっくりと引くと薬室に初弾が装填される。
猫少佐の体格だとかなり反動がきついが、元より精度をどうこう言う銃でも状況でもないので問題は無かった。
「ここからでもフルオートでばら撒けば牽制としては十分だ。かすって怪我でもしてくれれば御の字……」
射撃後は銃をこの場に残し、脱出すれば問題ない。
敵のサイボーグの追撃が気がかりではあるが、シュシュリャリャヨイティを置いてノコノコ最強戦力が追いかけてこないと言う確信が猫少佐にはあった。
異世界派遣軍のアンドロイドが単独行動することは稀だし、当然火人連はそのことをよく知っているのだ。
にもかかわらず、銃撃後に警護対象を置いて追撃に出るような事をするはずは無い。
近代的な監視システムでもあれば襲撃者が単独である事に気が付いて追撃する子可能性もあるが、流石にそんなものを見逃すようなヤワな調査はしていなかった。
「……案の定カーテンしてやがる……窓から景色でも眺めてれば仕留めれのに」
反動の強いサブマシンガンだろうと、地球製SSのFCSは一キロ離れていても静止目標であればほぼ必中させることが出来る。
高精度の銃が存在しないこの世界において、来客がカーテンを閉め切った部屋にいるという事自体がシュシュリャリャヨイティの存在を示唆していた。
猫少佐は流れ弾によって絶命するシュシュリャリャヨイティという空想を一瞬楽しむと、最大連射速度にセレクターを設定して引き金を引いた。
一つなぎの轟音が三秒ほど響き、カーテンで覆われた窓が粉々になる。初弾以降の弾が窓周辺の壁に弾痕を作るのが猫少佐に見えた。
「状況終了!」
小さく叫ぶと、猫少佐は名前の通り素早く駆け出した。
電脳内でマップを起動して運動機能と連動、一切無駄のない動きで屋根を駆け、予定された使用人用の通路へと向かう。
(このまま地面に降りて通路に行けば、一般使用人と見分けはつかない……あとは予定通りに公爵領の外に……)
全ての算段を完璧に付けた猫少佐は予定のポイントへと到着した。
外部から食料などを搬入する邸宅内の道路に通じる、人通りの少ない小道。
人目に付かず、かつ使用人がいても一切不信が無い理想の場所。
時折ここで逢い引きする使用人の男女を予め処分するという対処が功を奏し、今歩く者もいない。
猫少佐は脱出を確信しつつ、屋根から飛び降りるため足に力を込めた。
その時。
光が見えた。
猫少佐の光学センサーがそう認識した瞬間、力を込めてジャンプしたはずの自分の体が走った慣性そのままに小道へと落下した。
驚きの感情のあまり、一瞬反応が遅れる。
全身のセンサー類を総洗いするも、何が起きたか認識するより先に地面に勢いよく叩きつけられた。
バチィッ!
そして、落下と同時にそんな音が響き、同時に自身の両足が失われた事に気が付いた。
「なっ!? 何が……」
驚愕しながらも、必死に地面に叩きつけられた顔を起こす。
あり得ないと軽視していたジンライ少佐による追撃があったのだろうか?
思っていたよりも相手が馬鹿だったのか?
こんな事ならゴンゾにシュシュリャリャヨイティへの襲撃を命じておけば……。
そんな考えとも後悔ともつかない感情が溢れかえってくる。
だが、目の前にいた者がそんな後悔など無駄だったと教えてくれた。
「いきなり銃撃とは酷いじゃないかお嬢さん? 俺じゃなかったら死んでたよ」
猫少佐が手を伸ばせば届くような場所にしゃがみ込んでい?のは一人の若い男だった。
ルーリアト人ではない。
特殊強化繊維製の戦闘服に身を包み、その上から火星陸軍のコートを羽織ったルーリアト人などいるはずがない。
無論、これだけなら供与された軍服を着込んだ公爵家の私兵である可能性もある。
しかし、右手に構えた艶の無い刀身の対人刀と呼ばれる対アンドロイド戦闘に特化した武装と、ファッションなのか趣味なのか……。戦笠と呼ばれる伏鉢型に円形の鍔のついた古代朝鮮王朝の武官が被る独特な帽子がその可能性を否定していた。
「おま……お前……」
猫少佐が目の前の男を睨みつける。
東アジア系の男で、猫少佐の認識ではかなりの美男子だ。アンドロイドと言っても通じるだろう。
だがどこかアンドロイドのようでいて、しかし人間味のある目が、男がアンドロイドとは異なる存在である事を示していた。
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珍しく連続更新です。




