第22話―2 流星舞踊
「状況はどうなっている!?」
クラレッタ大佐が一木が搭乗する、いや搭載された60式機兵輸送車に飛び乗ると同時に一木の不安げな声が飛んだ。
マナ大尉と殺大佐、シャルル大佐がトラックの荷台のような強化機兵搭載スペースに座り込む一木の体に固定措置を施していた。
このオープントップ方式の車両は本来3mサイズの強化機兵の輸送車両のため、2m代の一木のようなタイプの強化機兵を輸送する際はいちいち人力で固定措置を施す必要があった。
特にこれから最悪の事態が起こった場合には必須の作業だ。
「一木司令……一旦お待ちくださいませ。いいですわ、出しなさいませ! 宿営地から出た装軌車両は本車を中心に輪形陣を組んで頂戴な。装輪車両は道路上を進んで。車列の順番はリスト通りにしてくださいまし。巡航速度は80、急いで!」
クラレッタ大佐が命じると同時に車列は慌ただしく動きだした。
車両SA達が操作する各種車両は人間には到底不可能な見事な連携で動きだし。クラレッタ大佐が命じた通りの陣形を組み、まるで公道レースでもするかのようにあっという間に時速80kmまで加速して走り出した。
「クラレッタ大佐! 他のみんなもだ……何を隠している? どうなっている、いや……何をしようとしている!?」
一木の焦ったような口調に、クラレッタ大佐は思わず固定作業を終えたマナ大尉と参謀達を見た。
うまい事言って不安にならないようにするように言ったのだが、上手くいかなかったようだ。
何もかも不味い方にばかりいく現状に、ため息の動作が出そうになる。
だが、現状はそんな感情表現すら悠長にする余裕が無いのだ。
「……ジーク大佐はあの新型艦載機が大気圏内でも行動可能であることを危惧していましたが、その最悪の想定が当たってしまったのですわ。一木大佐……ご覧ください」
クラレッタ大佐は上空を指さした。
同時に一木が頭部を最大限に上に向け、それでも足りずにモノアイを精一杯上に寄せた。
クラレッタ大佐は思わず、この強化機兵は頭上の視界が狭いな、などと関係ない事を考えた。
「なんだあれ……流れ、星?」
一木が目にしたのは午後の薄暗い空を舞う流星だった。
赤っぽい尾を引く10の光点が一個の光点を囲むように円陣を組んでいる。それを追う様に、白い尾を引く4つの光点が横一文字に流れる。
本来なら幻想的な筈の14の流れ星は、しかし不気味な印象を一木に与えた。
流星という本来なら自然の一現象が、人間と機械という二種族が意識的に行っているという事実がそう感じさせているのだろう。
どこか他人事のように不気味で幻想的な光景に対し、一木はそう感想を抱いた。
「あの赤い流れ星に見えるのが敵艦載機です。そして追いかけるように後方を飛ぶのがわが軍のメビウス戦闘機……我が方は敵の迎撃を試みましたが失敗し、現在追撃を駆けている最中です……そして、試算ではかなり分の悪い勝負になりそうですわ」
「分が悪いって……あのメビウス戦闘機が負けるって事か?」
一木の声は懐疑的だった。
一木のような門外漢でも知っているほど、軌道戦闘機メビウスの力は知られている。
制天権確保の切り札にして、異世界派遣軍の空の支配者。
如何な敵対者も寄せ付けぬ、人類科学の結晶。
将官学校の教育でもそう教えているはずだし、実際にこれまでもそうだった。
それが、負ける。
最悪の想定にして、確定されたとジークが見る、悪夢。
「宇宙での戦闘データを見て、ジークが判断しました。妹の判断を、私は信じます」
「しかし……」
言い切るクラレッタ大佐に対し、一木が音声を発しようとしたその時だった。
「ヤバイ! 一木にフィルター掛けろ!!!」
殺大佐の慌てたような声とともに、一瞬だけ一木の脳内コンピューターに不正侵入の警報が鳴った。
侵入した何かは一木のコンピューターを緊急スリープモードに移行すると同時に、一木の脳自体を物理的に保護する緊急事態モードを作動させた。
どちらも一木が自分でやろうとすればたっぷり十数分はかかる面倒な作業だが、その誰かはそれらを不正アクセスのオンパレードで瞬時にやってのけた。
意識が途絶える瞬間、一木はそれを行ったのが参謀達とマナ大尉だと気が付いた。
……
…………
………………
「あっ……?」
一木が覚醒すると、そこはまだ60式の荷台だった。
時間もまだ20秒しかたっていない。
先ほどまで薄暗かった空が気味の悪い白い明りで照らされている以外は、変化も無かった。
「…………クソが、やっぱりだめか……」
「……スネークミサイルを投棄した……格闘戦で仕留める気だ……あ、加速した。マッハ……5くらいかな?」
「おいおいおいおい……例の艦載機連中も格闘戦に乗ったぞ。本当に生物か? 信じられねえ……」
「弘和君……大丈夫ですか?」
殺大佐とシャルル大佐の会話の後、真っ白に照らされた空を映し出す一木の視界にマナ大尉の顔が映し出された。
一度脳がボディから切り離されたせいか、生身の頃の二日酔いの時のように体が怠かった。
マナ大尉が心配しながらピタリと頬を寄せ、一木の頭部を撫でた。
ひんやりとした手と頬のデータが心地よい。
「……大丈夫だ……一体何が……」
「メビウス戦闘機に搭載されたスネークミサイルの反物質爆弾ですわ……ほぼ真上で爆発したから電磁パルスが生じて……あのくらいならアンドロイドには問題ないですが、サイボーグだと危ないですからね。不正ハッキングにあたる行動でしたが、緊急避難的に行わせて頂きましたわ。ご不満の場合は後で憲兵隊に訴えて……」
「そんな事しないよ。ありがとう、みんな……」
礼を言いつつ一木はようやくはっきりとしてきた脳みそを働かせ、必死に空の戦況に目を凝らした。
すると、赤と白の光点がとてつもない速さで動き回っているのが微かに見えた。
しかし、早すぎて、遠すぎる。
一木のモノアイと脳みそではうまくとらえる事が出来ないのだ。
拡大して詳細を掴もうとするとモノアイは光点を捉えられず、縮小して広域を捉えようとすると光点はまるで昼間の羽虫のように見えなくなってしまうのだ。
「どうなっているんだ……俺には分からない」
「……メビウス隊は後方からスネークミサイルによる先制攻撃を試みましたが、敵艦載機部隊は急減速をかけてそれを回避。我が軍のスネークミサイルを回避する程です……情報では巨大な亜人種が搭乗する有人兵器との事ですが……信じられませんね……恐るべき機動力と剛性です」
「クラレッタ大佐……すまないが、端的に頼む」
饒舌に語るクラレッタ大佐に対し、一木は思わず先を促してしまった。
一瞬恥じたように目を伏せるクラレッタ大佐に対し、思わず一木は罪悪感を感じた。
この兄と慕われる参謀達のリーダー格は、たった今愚痴をこぼしていたのではないか。そしてそれを、一木は遮ってしまったのではないか。
そんな事を考えたからだ。
だが、クラレッタ大佐は軽く頭を下げると何事も無かったように続けた。
「その後はミサイルが利かないとあって近距離における格闘戦……いわゆるドッグファイトを仕掛けている……いえ、いたのですが……」
クラレッタ大佐の言葉に一木の内臓が軋むように冷えこんだ。
慌てて視界を絞り込み、最大限にズームする。
しかし、先ほどまで流星が舞い踊るように飛び回っていた光点の内、白い光点はいなかった。
代わりにいるのは、一木が思っているより幾分か先を綺麗なV字で飛行する九つの赤い尾を引いた流れ星だけだった。
「敵を一機だけ屠った後に、ほんの数秒程前に全滅いたしました……」
クラレッタ大佐の言葉と共に九つの流れ星の尾がひと際大きく、明るくなった。
天文知識の乏しい一木でも理解できた。
巨人たちがいよいよこの星に降りて来るのだ。
血のように明るい流れ星は、かつてグーシュが行きたいと願った海向こうへと落ちていった。
次回更新予定は12月6日の予定です。




