第21話―9 風の騎士
銃剣を老人に突き立てた瞬間、コナ大尉はようやく違和感に気が付いた。
15mm口径の強化機兵用小銃弾の威力は絶大だ。
下手な異世界の戦車なら撃破可能な程の威力がある。
当然、人間に命中すれば無事では済まない。
部位が吹き飛ぶどころではない。
体の中心部に命中すれば手足を残して木っ端みじんになる筈なのだ。
それが、苦悶の声だけで原型をとどめている。
違和感はそれだけでは無かった。
今まさに突き刺した筈の高周波ブレードが。突き刺すどころか触れただけで人体を一瞬で崩壊させるはずの高周波ブレードの銃剣を突き立てたにも関わらず、目の前の老人の体は依然その形状を保ち続けているのだ。
「すまんな……」
甲高い高周波ブレードの駆動音に紛れ、微かに謝罪の声が聞こえる。
「守護の指輪の効果でな。どのような攻撃も一定回数は耐える事が出来る。じゃがな、誇ってよいぞ。ワシに指輪の効果を使わせたのはあいつ以来じゃからな」
(……ああ、そうか)
コナ大尉には言葉の意味か分からなかった。
だが守護の指輪だのの事が分からずとも、意味合いは理解できた。
(……最初から、勝ち目など無かったのか)
感情が理解してしまうと、もはや体は動かなかった。
感情制御システムが微かに警告を発するのを感じながら、コナ大尉は老人が剣を頭上に振りかぶるのをじっと眺めていた。
「龍風よ敵軍を滅せよ!!」
老人の叫び声と共にコナ大尉の意識は消えた。
そしてその理由となった老人の剣から吹き上がった荷電粒子の奔流は、最後に残った二機の部下達をも巻き込み、強化セラミックとカーボンのチタンの複合装甲を金属くずのようにズタズタに分解した。
こうして「ダーガ草原の虐殺」は終わり、この後火星のプロパガンダで繰り返し語られた「風の騎士」の名は地球連邦軍にとって悪夢となった。
※
「だ、第六中隊……全滅です。これを以って、イセクト戦闘団は……しょ、消滅しました」
オペレーターがビクついたように報告するのを、一木は呆然と聞いていた。
スピーカーから声を発して、指示を出そうとするが音声が出てこない。
今見た事が。現実が、理解できなかった。
「ここまで……なのか……魔法ってのは、ここまでの威力を発揮しちまうのかよ!?」
殺大佐が悔しそうに叫ぶのを聞いて、指先がびくりと反射するように動いた。
それをきっかけにかろうじで思考が働きだし、せき込むような音が一木のスピーカーから漏れだした。
「……みんな、落ち込む……落ち込むのは後だ。ジーク……航空部隊や現地のドローン……あとは軌道上の艦隊からあの老人を攻撃できないか?」
一木にとっても半ば答えの分かり切った質問だったが、思いついた言葉を端から音声にしなければ場の空気と一木自身の精神が持たなかった。
そして、一木のそんな気持ちを知ってか知らずかジーク大佐はすぐに答えた。
『……攻撃は可能だけど、止めた方がいいね。航空戦力は師団主力が壊滅した今となっては貴重な戦力だ。ビーム砲を個人で放つような存在相手に下手に手を出さない方がいい。ある程度の遠距離からドローンを監視に付けて、こっちからは手出ししないようにしよう』
「軌道上の艦艇は?」
「一木司令……無理です」
問いに答えたのはシャルル大佐だった。
いつものニコニコ顔ではない、真顔だった。
さすがのシャルル大佐にも、今の現状は堪えたのだろう。
だが出来れば、いつもの笑顔でいてほしかった、などと無責任な思いを一木は抱いた。
「軌道上の艦隊は撤収準備、撤退してくる本体の補給整備、そして敵を迎え撃つ準備で手一杯です。地上の監視に割ける余裕はありません」
答えを聞くと、一木はモノアイをくるりと一回転させた。
いつもの癖では無く、ワザとだ。
ため息をつく動作を行うと首筋の冷却ファンを回るのだが、そうするとフィルターが汚れると注意されたので、最近意図的に試している行為だ。
そんな事だが、少しだけ落ち着くことが出来た。
「わかった。監視用のドローンを二機だけ現地に残すんだ。一機は通常の監視距離。もう一機はその監視しているドローンを監視させるんだ。うまくいけば老騎士の射程範囲を把握できるかもしれない」
「了解しました」
「それで……この現状に際して何か案はあるか?」
残存揚陸艦が一隻……しかも現在子爵領の住民避難に使われているという状況は、先ほどの作戦案のフローチャートにもなかった事態だ。
おまけに敵の地上に派遣してくる戦力は全くの詳細不明。
一木の弱って混乱した脳みそでは全く対処法が思いつかなかった。
参謀たちの概案だけでも聞いて見なければ作戦どころではない。
しかし、そんな一木の思いに反してジーク大佐の返答は素早かった。
『それに関しては問題ないよ。揚陸艦の喪失やイセクト戦闘団がやられた場合の作戦案は準備してある』
またもや一木のモノアイがクルリと回った。今度は無意識にだ。
「本当か!? いや、流石ジーク大佐だ。本職は違うな」
ジーク大佐を賞賛しようとして咄嗟に言った言葉だったが、すぐに一木は後悔した。
代理を務めているシャルル大佐を馬鹿にした様に思われると思ったからだ。
しかし、思いに反してモノアイをそっと動かして見たシャルル大佐は先ほどとは違い、いつものニコニコ顔だった。
「それで、どうするんだ?」
それだけでなぜだかホッとした一木はジーク大佐に作戦案を尋ねた。
しかし、なぜか答えには一瞬間があった。
その間に違和感を感じ、一木はモノアイを大きく動かし参謀達とマナの顔を見た。
なぜだか一瞬目を逸らされたような感覚を覚え、ホッとした感覚が急速にしぼんでいく。
「……みんな?」
『いやごめん。みんなにも作戦案を送付してたんだけれど……ちょっと複雑な作戦案でね。人間に把握できるようにはまだ整理してないんだ。どういえばいいかな……アプリのソースコードみたいな状態だと思ってくれればいいよ。一木にはまとまってから伝えるから、先に帝都に向かう準備をしておいてくれないかな?』
ジーク大佐の説明は、ある程度は納得できるものだった。
SSの思考……特に任務に関する事柄は、単純な言語や図形では無くアンドロイド独自の言語で紡がれる。
通常それらを人間に理解できるように変換する作業に対して時間は要しないはずだが、場合によっては時間や手間がかかる事もある。
将官学校で習った知識であり、なんら矛盾はない。
それでも、一木の心から不安は消えなかった。
「……なにか」
隠してるんじゃないか?
そんな問いは、マナ大尉が一木の腕を引いた事で中断された。
「弘和君……急ぎましょう。出立が遅れれば作戦に支障が出ます」
それでも、なお迷う。
今後の大まかな流れすら言えない複雑な作戦とは、一体何なのか。
この見え透いた……様に感じる誤魔化しで隠そうとする作戦とは、何なのか。
心の奥底では理解しつつも、理解してしまえば自分の性格ではまたひと悶着起こしてしまい、現状では黄金より貴重な時間が失われる。
回りくどい思考を一巡りさせると、一木は軽く敬礼した後マナ大尉に手を引かれ司令部を後にした。
いや……逃げ出した。
後に残されたクラレッタ大佐、殺大佐、シャルル大佐。そしてジーク大佐はそんな一木を見送り、十分に距離が離れた所で顔を見合わせた。
「一木さん……さすがに気が付きましたよねえ」
シャルル大佐が呟く。その表情に、笑顔はない。
「不器用なくせに、妙に勘が鋭い人だ。こうでもしないとまたひと悶着あるからな」
殺大佐が目を伏せた。
クラレッタ大佐がそんな殺大佐の肩に手を回し、軽く抱き寄せた。
「殺……ツラいのは一木司令だけではありませんわ。私たち全員が……身を捧げる覚悟を持たないと……ジーク、私たちの順番は決まっていて?」
『ああ。アセナとダグラスは宇宙だから除いて……。クラレッタ、殺、シャルル、猫少佐、他の特務課課長、僕の順番だ』
「ジークはもっと上になさい……最期はわたくしでいいですわ」
『これがベストだよ』
クラレッタ大佐が反論するが、ジーク大佐はにべもない。
「クラレッタが一番経験があるし、メンタルも強い。それに君がいないとダグラスがダメになる。実質損失が二倍になる。殺は優秀な情報参謀だし、シャルルは参謀職ならどこでもやっていけるオールラウンダーだ。第一、僕は強襲猟兵部隊を率いて地上に降りて最前線に立つからね。どの道諦めてるよ」
クラレッタ大佐の問いに、ジーク大佐は淡々と答える。
沈黙が、しばし流れた。
「ジーク……師団の残存部隊は……」
「捨てる」
殺大佐が口を開き、即座にジーク大佐が遮った。
一木に表面上だけ隠そうとした、しかし一木自身気が付いていた残酷な作戦案。
『師団残存部隊。憲兵連隊。特務課……地上部隊は全部捨てる。僕たち艦隊参謀も優先順位を付けて一木とグーシュを逃がすためなら全員死ぬ。そうでなきゃ逃げられない』
「せめて師団参謀だけでも……」
『駄目だ』
シャルル大佐が口にするが、ジーク大佐はどこまでも冷静だった。
『参謀型を惜しむと部隊の連携がガタつく。悪いけれど全員死ぬ前提で動かす。敵艦隊の動きから見て、間違いなく相応の規模の地上部隊が降りて来る。生半可な覚悟じゃ、たった二人の人間すら脱出できない』
その後は全員が無言だった。
沈黙のまま誰とも言わず作業のために動きだし、司令部を出て行く。
やがて司令部のオペレーター達も皆退去していった。
いや、数人のSSだけが入れ違いに司令部に入ってくると、最後まで残って作業していたクラレッタ大佐の前にやって来て、敬礼した。
「駐屯地守備隊隊長のアリー大尉です」
「ご苦労ですわ……すまないけれど、よろしくね」
「お任せください。必ずや敵を足止めし、その上で燃料一滴たりとも物資は渡しません」
そう言って笑顔を浮かべるSS達に対し、クラレッタ大佐は答礼では無く、抱擁で応えた。
感情制御システムによって高揚する若いアンドロイドに対し、そうせずにはいられなかった。
人間の体温すら知らずに、これから捨て石として宿営地の防御設備の操作と自爆シークエンスの起動に従事する、三年も稼働していない若人に、精一杯の愛情を。
全員を許容時間一杯まで抱き締めると、クラレッタ大佐は逃げるように帝都行きの車列へと駆けだした。
艦隊及び全地上部隊に空襲警報が発令されたのはそれとほぼ同時だった。
『ジブリール! どうしましたの!?』
クラレッタ大佐は即座に臨時の旗艦(のような微妙な立場)を勤めている軌道空母ジブリールに通信を繋いだ。
『どうしたもこうしたもない!!! 敵だよ!!』
それに対する反応は悲鳴だった。
キンキンとした甲高い声に思わず顔をしかめながら、クラレッタ大佐は長い縦ロールを揺らしながら宿営地の廊下を駆けていく。
『敵? 火星艦隊がもう来たの?』
『違うよ、例の新型艦載機だ! シャフリヤール達の残骸と戦闘後の残留粒子に紛れてワーヒド軌道に近づいてきたんだ! 数は10機。あと3分でメフメト達を追い抜いて軌道上に到達する! 悪いけれどこっちの判断で迎撃させてもらいますよ!!!』
動きが速い。
歯噛みしながらクラレッタ大佐は駆け、一木達が搭乗し出発を待つばかりとなった車列へと急ぐ。
ようやく宿営地前の広場へと出てくると、同時に薄暗くなった午後の空に流れ星のような多数の光点が見える。
ジブリールからのデータが、それらが流れ星では無く迎撃のために敵艦載機へと向かう軌道戦闘機メビウスだと知れた。
次回更新予定は11月27日の予定です。




