第21話―7 風の騎士
「ルーニー!」
「クソが! 死ね!」
剣を振り下ろしたルモン騎士長の耳にまた女の声が聞こえてきた。
声のした方、数十メートル先の空中を見上げると背中からスラスターの炎を吹き上げた強化機兵が二機飛翔していた。
先ほど散会したあと飛び上がっていたようだ。
「……わざわざ声を掛けたという事は……」
だが、ルモン騎士長にとってその程度の小細工は通用しなかった。
気配すら感じない状況下で、アンドロイドがわざわざ居場所を知らせた事実から判断を下し、瞬時に振り返る。
眼前にはAM20高周波ブレードを着剣した小銃を手にした強化機兵がいた。
両腰に装備されたアンカーランチャーを地面に射出し、それを巻き取る事で音もなく接近してきたのだ。
(腰のアンカーを射出して機動する……空中立体機動戦術じゃったか!? 火人連の資料では扱えるのはベテランのみという事じゃったが……こりゃあいよいよ兵どもじゃ!)
ルモン騎士長は歓喜と共に振り返った勢いそのままに剣を横なぎに振りぬく。
そんなルモン騎士長の動きにほんの刹那、強化機兵の動きに戸惑いが見られた。
身長3mの自身が刃渡り80cmの銃剣で突き殺そうとするのに対し、ガタイがいいとはいえただの老人が剣で立ち向かってくるという行為に困惑したためだろうと、ルモン騎士長は思った。
当然だ。
当たり前だ。
だから、その常識を。機械ですら思う常識を利用し、そして覆す。
「剛腕よ!」
筋力と斬撃自体を強化するスキルと共に、裂帛の気合を以て剣を振る。
焼き物と炭で出来た地球の武器ごと、敵を切り裂く。
「!?」
今度は声すらなかった。
腰のあたりから二つに分断され、斬撃の勢いそのままに下半身は倒れる。
そして上半身が地面に落ちるより早く、ルモン騎士長はスキルの効果が残っている内に胸のあたりにある心臓を貫いた。
「これで二機! 動きはいいが、防御力は魔王軍のクリスタルゴーレム以下のようじゃな!!」
挑発を込めつつ本音を叫ぶ。
若いころの戦いの日々が蘇り、ルモン騎士長は体が二十歳の頃に戻ったように錯覚するほど体と精神が昂るのを感じていた。
「次じゃ!」
というルモン騎士長の大音声。
たいしてほぼ同時に「小銃は防げても……これはどうだ!」
と女の声が再び。
そうして声の下方角……先ほど空中にいた二機の方を見る。
そしてそれを見た瞬間。ルモン騎士長は再び魔法式を練り始めた。
二機は先ほどは背中に背負っていた太い筒状の物体を肩に担いでいた。
あのような空中でよくもと言う滑らかな挙動に、一瞬ルモン騎士長は見とれたが、すぐにあの筒の正体を思い出して気を引き締めた。
「みさいる!!」
ルモン騎士長が叫びながら両足に魔力を込めるのと、二機の強化機兵が構えた発射機からシュペーア対戦車ミサイルを放ったのは完全に同じタイミングだった。
ルモン騎士長の受けた講習によると、照準えーあいと多用途誘導機能を兼ね備えた高価で強力なミサイルの筈だ。
しかもその速度はロケットモーターによる加速により瞬時に時速800kmに達する。
騎士長自身の走った際の最高速度が150kmであることを考えれば途轍もない速度だ。
「我飛翔せり!!」
だから、自信も飛行する。
ルモン騎士長は飛行の呪文と共に両足に力を込め、土が舞い上がる程勢いよく飛び上がった。
「火星で受けたみさいる対策訓練……役に立つときが来たな」
人間の標的がいきなり空を飛ぶ。
こういった事態を地球製の照準AIは想定しておらず、そのため一瞬対処を思考するためラグが生じる。
ルモン騎士長がかつて火星陸軍との共同訓練で受けた魔法を用いた近代兵器対策通りの動きは、想定通りの効果を発揮した。
放たれた二発のシュペーアミサイルのAIは一瞬戸惑いにも似た思考を巡らせた。
通常であればありえない挙動だ。
ミサイルの照準AIは指定された標的が何であれ、どういった動きであれ。
本来であればラグなど起こすことは無い。
ただしあまりに想定から外れた事態が生じた場合、AIや標的を指定した者が標的の種別を誤認している可能性を考慮し、弾頭に搭載された各種センサーで可能な限りの観察を行おうとしてしまうのだ。
ルモン騎士長は知らない事ではあるが、実のところこの欠点自体は異世界派遣軍や国防省でも知られていた。
すでに異世界派遣軍はいくつかの異世界において魔法使いや様々な亜人種と交戦済みであり、その中には当然ながら空を飛ぶものも存在していたからだ。
しかし幸か不幸かそれらの中にルモン騎士長程の手練れはおらず、このラグ自体が欠陥として認識されることは無かった。
あくまで誤射を防ぐ真っ当な仕様とされていたのだ。
そんな判断が今、仕方がないこととは言え第6中隊に牙をむいた。
「我が刃絡めとれ矢玉! 我が刃絡めとれ矢玉! 刃よ災いを反せ! 刃よ災いを反せ!」
先ほど小銃弾をまとめて絡めとり、そして突き返して見せた呪文をミサイルとすれ違いざまに素早く発動する。
するとミサイルはまるでかき消えたように姿を消し、騎士長はそのまま空中の強化機兵二機の元へと飛翔していく。
瞬きする程の時間だった。
ルモン騎士長が二機の強化機兵の近くまで至ったその時には、すでにその二機は跳ね返されたミサイルによって火球と化し、地面へとその残骸をばら撒いていた。
「先ほどは近距離だから気が付かなかっただろうが、我が刃よ災いを反せの効果は距離も時間も無視して作用する。発動したが最後、避けるすべはない。二機……三機……さあ、まだまだいくぞ強者!」
空中で身をひるがえし、ルモン騎士長は広大な草原を見下ろした。
マントをはためかせ、目をランランと輝かせるたった一人の老騎士を、残り八機の機械の兵達が見上げていた。
「総員抜刀!! 射撃はするな、白兵戦だ!!!」
隊長と思しき者の掛け声に応じ、残った強化機兵達が一斉に高周波ブレードを構えた。
「その意気やよし!!」
ルモン騎士長は隊長と思しき強化機兵の判断を素直に賞賛し、もっとも近くにいる機体に向かって一気に飛び込んでいった。
そしてその一方で、作戦がうまくいった事に内心ほくそ笑む。
(三回ずつしか使えぬ我が刃絡めとれ矢玉と刃よ災いを反せ……うまい具合に遠距離攻撃を封じれたの……)
まさに、手の平の上と言うにふさわしい戦いの運びだった。
そうして若武者の如くガムシャラに斬りつけながら、老練な騎士は精鋭強化機兵達を手玉に取り続けるのだった。
※
同時刻、中央山脈麓。
オルドロと共に地下から這い出したアセナ大佐を待っていたのは不機嫌な顔のダグラス大佐と数名の歩兵、そして輸送型のカタクラフトだった。
希少な縮退炉の輸送部隊にしては貧相だと文句を言いかけたが、状況を考えれば仕方がない。
むしろこの状況下でダグラス大佐と言う最高級の戦力を派遣してくれただけ感謝しなければ。
アセナ大佐はそう思いなおすと、いつも浮かべている笑顔をさらに三割増しにしてダグラス大佐に近づいていった。
「ダグラス首席参謀、出迎えご苦労様です。聞きたいことはあるでしょうが、現在は最優先任務の最中です。まずはこの……機密物資を艦隊まで輸送しましょう」
アセナ大佐のそんな言葉に対するダグラス大佐と歩兵達の反応は沈黙だった。
無線通信ですら反応が無い、完全な沈黙だ。
いくら何でも艦隊参謀長に対してこれは無いだろうと文句を言いかけたアセナ大佐だったが、その時ようやく気が付いた。
彼女たちの視線は、自分ではなく背後に向けられている。
「あっ」
すっかりオルドロについて説明するのを忘れていた。
アセナ大佐は自分も電源不足で焼きが回ったかと自嘲しつつ、背後を振り向いた。
「ごめんなさい、ミイラを連れているから驚いたでしょう。紹介するわね、この方こそ、我がナンバー……」
アセナ大佐も思わず絶句した。
背後では、ミイラの様な面をしたオルドロが、声無く笑っていたのだ。
笑うミイラなど想像した事もないアセナ大佐だったが、一言で言って不気味で気持ち悪いとしか言いようがなかった。
その顔つきもさることながら、口周りの乾いた肉片や皮膚がボロボロと舞い落ちるのがいけない。
ある種の生理的嫌悪を感じながらも、アセナ大佐はようやく口を開いた。
「……ナンバーズが一人、ナンバー7……オルドロよ……はは、は……ねえ、ちょっと……何してるのよ? ダグラス達が引いてるじゃない」
アセナ大佐が控えめに注意すると、驚いた事にオルドロはその指摘を素直に聞き、その不気味な笑いを停止した。
「おお、すまない。ちょっと、な。古い友人が近くにいるのに気が付いたもので……すまない」
「? あなた……何言って……」
ナンバーズが言う古い友人。
絶対にろくな存在では無いその言葉の響きにアセナ大佐が問い返すが、遅かった。
「すまんアセナ……私は急用が出来た。縮退炉を壊さないように気を付けてな。あと、身体と心を大切にして幸せで長い生を生きるんだぞ。それとサーレハ君によろしくな。あと、そこの君……ダグラス君だったか? いつもアセナが世話になっているな、これからもよろしくしてくれ。じゃあアセナ、達者でな」
ミイラの癖に凄まじい早口だった。
アセナ大佐やダグラス大佐がリアクションする間もなく、オルドロはまるで言いたいことだけ言ってテレポートでもしたかのように姿を消していた。
しばし、その場には困惑と恐怖と疑問と沈黙が残った。
「……ダグラス……今は時間が惜しいから……説明は機内で、ね?」
「……ああ、ああ。そうしてくれ」
アセナ大佐の言葉と同時に、一行はどこか怯えたようにカタクラフトに乗り込み、一路軌道上の艦隊へと向かった。
次回更新予定は11月17日の予定です。




