第21話―4 風の騎士
「宇宙空間から地上までの超長距離の空間跳躍魔術……うまくいったのう」
草原に一人立つ老人。
七惑星連合騎士長にして、エドゥディア帝国の元騎士ジロード・ルモンは安堵と共に小さく呟いた。
ハストゥールとシャフリヤールの激烈な一騎打ちの直前、シュシュリャリャヨイティの乾坤一擲の策として切り札である空間跳躍魔術を用いて地上へと転移したのだ。
「だが、そのせいでハストゥールには苦戦を強いてしまった。その分騎士働きせねばの」
ルモンの言う通り、空間跳躍魔術である『万里無の如く』は魔力の消耗の激しい魔術だ。
その上消費する魔力は移動距離に比例するため、今回消費した魔力は風の杖がため込んだ魔力量の四分の一程にもなる。
その分の消耗さえなければ、ハストゥールにはいくらでも取れる手段があり、如何にワシントン級宇宙戦艦相手と言えどもあそこまで苦戦はしなかった。
「ならばこそ……ならばこそ。シュシュリャリャヨイティ殿の知略に応えるのだ」
異世界派遣軍の動きを読み、ダスティ公爵領への襲撃を予期し、さらに地上部隊の展開場所としてダーガ草原を選ぶと言う、シュシュリャリャヨイティの読みは正しかった。
そして、それほどの知略の持ち主が期待を寄せてくれた老いぼれが、ここで奮起しなければ何が騎士なのだ。
ルモン騎士長は心を奮い立たせる。
今の今まで、この剣を抜くのは魔王オルドロとその配下。
決して人間相手には抜かないと決めていた聖剣を、ゆっくりと抜いていく。
「……偉大なるエドゥディアよ許したまえ。恩人と友のため、我誓いと戒めをやぶらん……」
鞘から現れるのは、まるで石のように白んだ脆い刀身。
「聖剣、解放」
しかし、ルモン騎士長の言葉と共に刀身は本来の色を取り戻していく。
エドゥディア帝国……正確にはエドゥディア帝国連合と呼ばれる国家は七つの国による連合体だ。
その七つの国々はいずれも神器と呼ばれる神話の時代から綿々と受け継がれる強大な武具や器物を報じていた。
ニュウ神官長とルモン騎士長が仕えていたカルコサ王国においてそれは風の杖であった。
だが、カルコサにおいて神器と呼ばれる物はもう一つあった。
それこそが聖剣アルダーバ。
風の杖の持ち主を守る騎士に与えられる、カルコサの双子の神器。
風の杖の様に自ら魔力を生成する力こそないが、風の杖と魔力を共有して操る事が出来る強力な剣だ。
だが、それゆえにその使用には大きな制約があった。
その最たるものが剣を向ける相手の制限。
同じ人間に対しては用いないと言う騎士の誓いを、持ち主には要求された。
だからこそルモン騎士長は七惑星連合に来てからも、自ら剣を振るう事は無かった。
相手は邪悪な機械だから大丈夫、という火星やカルナークの人々からの説得もされたが、首を縦には振らなかった。
だが、ルモン騎士長は決めたのだ。
相手が機械であろうがなかろうが、魔の者でない相手に対し、誓いを破り剣を振るう。
そのことを自ら決め、その因果と結果と償い、全てを背負う事を決めた。
「……この期に及んで女々しいのう。だが、決めた事だ。女子供が戦う事を決めたのに、騎士が誓いを理由に戦いから逃げて何になる!」
誓いに逃げようと弱気になる心に喝を入れるように、ルモン騎士長は小さく叫んだ。
同時に、抜き放った聖剣アルダーバを頭上に掲げる。
そこには白んだ石の刀身は無い。
鏡の様に美しく全てを映し出し、月の様に美しく光を反射し、水晶のように美しい透明な、矛盾した美しさを持つ刀身が、ダーガ草原に掲げられる。
ルモン騎士長は真っすぐに見つめる。
空に鎮座する三隻の巨大な強襲揚陸艦と、その腹の中で牙を砥ぐ恐るべき機械の軍団を。
そして、剣を握る腕に力を込める。
刀身が輝きを増し、反射が増していく。三隻の揚陸艦の姿がはっきりと刀身に映し出された。
「……風よ、魔を……いや、敵を滅せよ。風よ、その魔力を引き出せ。我が……我が正義のために、その力を解放せよ」
大気と宇宙を越え、風の杖から強大な魔力が流れ込むのをルモン騎士長は感じた。
全盛期からすっかり弱った腕が、その強大な力に耐えられず震えるが、必死の思いで耐える。
これも今まで力を振るう事から逃げた罰だと、歯が砕けんばかりに食いしばり、魔力に震え出したアルダーバを必死に握る。
「荒れ狂う風よ猛れ!」
魔力を解き放つ技能を叫ぶ。
魔法とは異なる、自らにだけ作用する魔導。
同時に、限界まで聖剣の中で練り込まれた魔力が一気に放出され、空の艦隊に向かって襲い掛かった。
艦隊戦の次は魔法VSミリタリーです。
次回更新予定は11月5日の予定です。




