第21話―3 風の騎士
「ダーガ草原……森豚とかいう猛獣と肉食巨大蜻蛉の生息地……」
宿営地本部への通信を行った直後、揚陸艦ルナの艦橋からイセクト中佐は降下予定地である場所を見つめた。
通常の航宙艦とは違い、揚陸艦には船体の前部に強化ガラスに覆われた指揮所が設置されている。
当然危険極まりない位置なのだが、地上降下の際に情報を逐一把握するために目視可能な場所が必要との戦訓により同型の艦種では必ず設置されているスペースだ。
艦の操舵などは中央部にあるCICと同じ場所にあるブリッジで行われるため、この場所にはイセクト中佐の他はメイン火器である40mm機関砲や大小さまざまな機関銃を操作する30名程のSSがいるのみだ。
イセクト中佐は当初。この自身が座上するルナを先頭に一気に地上に降下。
電撃的にダスティ公爵領を制圧する腹積もりだった。
ところが事態はあれよあれよという間に悪化し、降下後即座に偵察チームを放ちダスティ公爵領の情報を把握し、その後に宿営地司令部からの指示を仰いだうえで目的を絞った敵の軍と拠点、インフラの破壊に目的が変更されてしまったのだ。
そのため自分自身で指揮を執り、人間の指揮官を介さないで戦果を上げてきたイセクト中佐としては物足りない感覚がどうしても拭えないのだった。
そんなイセクト中佐の心中を察知したのか、周りにいるSS達は先ほどの中佐の言葉にも無言を貫いた。
イセクト中佐としては軽口のつもりだったのだが、どう見ても逆効果だった。
「……つまりだな……そのおかげで現地人がいない、つまり降下ポイントとして打ってつけという事だ」
イセクト中佐が自分で言った言葉に自分で解説すると言う間抜けを晒すと、ようやく周りのSS達が愛想笑いのような表情を浮かべた。
ぬるく、そして一見無意味なやり取りだ。
しかし、感情制御型アンドロイドにとってこういった何気ない感情表現を伴うロールプレイと言うのは精神の成長に欠かせないものだ。
ただ任務や命令をこなせば異世界派遣軍の士官が務まると思っているアンドロイドは多いが、イセクト中佐の考えるところではそれ以上に重要なのは部下のアンドロイド(SS、SL、SA問わず)達が精神的に成長できるように教育と配慮していくことだ。
(うちの艦隊の参謀共みたいな人間に迷惑をかけるような連中ではない、人間を支えるアンドロイドを増やさなければ……カルナークでトラウマを受けた連中に変わる、しっかりとした参謀型の育成を……)
イセクト中佐が現場にこだわり、艦隊司令部入りを断っているのはこういう考えからだった。
言いたくは無いが人間の練度や質は下がる一方だ。
それでいてカルナーク戦経験者や製造年だけ嵩んだポンコツメンタルのアンドロイドが参謀職に付き、人間と一緒に異世界の現地に波乱を起こし、地球への感情が悪化した現地は地球への火種となる。
だからこそ、イセクト中佐は自分自身が異世界派遣軍を変えたいと願い、日々こうして人知れず努力を続けていたのだ。
「まあ、まずはこの任務をこなし、うまくこの星を脱出せねばならないな……」
『予定降下ポイント到着!』
イセクト中佐が再び呟くと同時に、揚陸艦ルナのSAから通信が入った。
降下予定ポイントに到達したのだ。
「さあて、お手並み拝見だ一木司令……」
少しだけ口を歪めると、イセクト中佐は宿営地司令部に通信を入れた。
『こちらイセクト中佐。降下予定ポイントに到達、送れ』
『了解。全艦一時空中待機。地上をレーダーで探査後、強化機兵第6中隊を先行降下させ偵察を行え、送れ』
随分と悠長な命令だとイセクト中佐は思った。
現状を考えれば多少のリスクを侵してでも素早く揚陸艦を降下させ、部隊を直接展開させるべきだと思っていたからだ。
おまけに強化機兵第6中隊と言う、師団の強化機兵の中で一番の精鋭部隊を偵察に用いるとは……。
(石橋を叩いて渡ると言うが……背後に猛獣が迫っていても叩いてから渡るのか?)
イセクト中佐は降下時の指揮権を取り上げられた事に加え、やりすぎな慎重策を命じられた事に強い不満を覚えたが、自分はあくまでも一介の戦闘団指揮官に過ぎないのだ。
臨時とはいえ艦隊司令の人間が決済をした艦隊参謀提案の作戦案に異議を唱える事など出来ない。
『……こちらイセクト戦闘団、了解した。全艦一時空中待機、及び警戒態勢を取りつつ地上探査を行う、送れ』
復唱したものの、指揮所には微妙な空気が流れた。
だが、ただでさえ貴重な時間を不満を愚痴る時間に用いる訳にはいかない。
イセクト中佐は戦闘団に降下準備を行う様に命じると同時に、強化機兵第6中隊の15機の強化機兵に空中降下ハッチへの移動を命じた。
『イセクト中佐、揚陸艦及び搭載偵察ドローンによる探査行います』
命令の直後、ルナのSAから報告が上がってくる。
広い草原と言えども揚陸艦3隻による探査だ。
元来降下目標周辺の状況を把握するために強力な探査装備と偵察ドローンが搭載されている。
この程度の草原ならば、石ころ一つまで把握するのに五分もかからないだろう。
そんな事をイセクト中佐が考えていた時だった。
『中佐! こちら揚陸艦ルナです。地上に……人間がいます』
想定外の報告だった。
イセクト中佐は慌てて詳細を正す。
『宿営地司令部とデータリンクしてるな? 会話も共有して構わんから、詳細を報告せよ!』
独り言が聞かれないよう自身とルナの会話だけシャットダウンしていた(一時的なもので、一木や参謀が望めば聞かれる)イセクト中佐だが、そんな事を言っている場合ではない。
全情報を一木達司令部と共有した上で報告を命じる。
『人数は一人……男性……おそらく老人と思われます。帯刀しており、これは……革鎧を身に着けています。おそらく……現地の騎士ではないかと……』
ルナからの報告は不可解極まりなかった。
このダーガ草原は人間が軍隊としてやって来ても滞在困難な危険生物の巣だ。
重火器を装備した禁断的な軍隊ならばある程度の行動は可能だろうが、このルーリアトの人間が訪れるのは……それも単身では、到底無理な場所だった。
『……ルナ、探査を継続しろ。周辺に他に人間がいないかを最優先にな。第6中隊は即座に降下し、くだんの老人に接触せよ』
イセクト中佐はあえて一木に命令を仰がずに素早く命令を下した。
それはある種の対抗心や反抗心からのものであったが、この状況下ではもっとも利にかない、最も感情制御システムと矛盾しない、正しい行動だと感じたからでもあった。
実際、宿営地司令部で一木がシャルル大佐と話し合っている最中の行動案も同様のものであり、なんら問題はない行動だった。
行動の、はずだった。
老人が、腰に下げた剣を抜くまでは。
次回更新予定は11月3日の予定です。




