第21話―2 風の騎士
そんな事がありつつ、多少場が和んだところでジーク大佐による作戦の説明が行われた。
まず第一段階として、ワーヒドの軌道に到着次第宇宙艦隊は二つに分けられる。
一つは重巡洋艦と駆逐艦を中心した、地上部隊の脱出完了まで制天権を確保する軌道部隊。
もう一つは貴重な軌道空母と軌道コントロール艦。そしてルニ子爵領領民を乗せた揚陸艦を含む輸送艦などの動きの鈍い大型艦とその護衛の艦隊を中心とした脱出部隊だ。
脱出部隊は準備の完了及び子爵領の領民の合流が完了次第ゲートに向かい、輸送艦はそのまま星系外へ。
護衛部隊はゲートの守備部隊に合流し、間接的にポリーナ大佐の支援に入る。
軌道部隊は敵艦隊から大陸への降下ポイントを防衛するため、全力を以って守備にあたる。
この後は軌道部隊とポリーナ大佐、そしてゲート守備隊が敵を防いでいる間に地上部隊が脱出準備を完了させられるかがカギだ。
イセクト戦闘団を降下させた揚陸艦三隻の内一隻を帝都に戻し、宿営地残存部隊と帝都駐留部隊の脱出に用いる。
イセクト戦闘団と二隻の揚陸艦はそのままダスティ公爵領を一通り蹂躙し、主要目標の達成か宇宙の状況を見て脱出。
予定ではこの双方の脱出をなるべく同じタイミングになるように調整つして行うことが望ましいとされた。
なぜなら、軌道上で待機する揚陸艦と言うのは敵の空間戦力にとっては素晴らしい目標に他ならないからだ。
そんな柔らかい脇腹を晒すような真似は可能な限り短い方が望ましい、と言うのがジーク大佐の説明だった。
一通り説明を終えると、シャルル大佐がジト目でジーク大佐を見ながら口を開いた。
「大層な事言った割には意外と普通の作戦じゃないですか。これなら私が考えていた案とあんまり変わりませんね……」
これは一木も思っていた事だった。
ジーク大佐の案は手堅い……悪く言えばありきたりな作戦案で「これしかないだろう」という行動のみで構成されたものだった。
それに対してジーク大佐は少し嬉しそうに解説を始めた。
『危機的状況であればあるほど、基本骨子はしっかりとした手堅い物が望ましいのさ。芸術的な作戦案と言うのは、あくまで余裕があるときか、もしくは相手の事を十全に把握てきている時だけ。今回の場合敵が未知過ぎる。それとシャルル。自分にもできるって言ったけれど、君にこれが作れるかい?』
そういってジーク大佐がモニターに映し出したのは、膨大な非常時における対処マニュアルだった。
一木には読み切れない程膨大なそれらは、おおよそ想定できるトラブルや不運、奇襲強襲増援……ありとあらゆる状況を想定した非常事態マニュアルだ。
『いくつかは異世界派遣軍の基本作戦骨子に反するけれど、僕の経験上間違いはないはずだよ。非常時はこれに従って行動してくれれば、自動的に作戦案を修正して各部隊に通知と新規作戦概要を送付するようにしてある。一木はそれらに決済と、必要なら修正を……出来れば僕らに相談してからしてくれればいいよ』
「すまないジーク大佐……これなら宇宙艦隊について門外漢の俺でもどうにかなりそうだ……あれ……」
と、ここで作戦概要を見ていた一木は気がついた。
細かに記載された作戦にあって、白紙になっている項目があるのだ。
……と言うか、一木ももっと早く気がついて然るべき項目だった。
アセナ大佐とダグラス大佐の任務が空欄になっていた。
「……ジーク大佐、この……アセナ大佐とダグラス大佐の役割が未定になってるのは……なんでだ? ていうか……アセナ大佐達ってどこにいるんだ!? てっきりサーレハ司令と一緒に脱出したのかと……」
「それに関しては私が……」
一木の疑問に対して反応したのはクラレッタ大佐だった。
「アセナ大佐は惑星降下直後より警護課と共に極秘任務についていたそうです。現在その任務は完了し、ダグラス大佐はその迎えのためにカタクラフトで中央山脈に赴いています」
「中央山脈!? 間に合うのか?」
一木は不安に思った。
中央山脈から帝都までは3000キロ程もある。
平時なら問題ない距離だが、敵艦隊やジンライ少佐のようなコマンドが潜む可能性がある中では危険性が高いように感じたのだ。
「軽量化した特殊部隊仕様のカタクラフトを用いるようですから、そのまま軌道空母に帰還するようです。ジーク、別に作戦を空欄にしないで、二人にはこのまま艦隊と合流してもらえばいいのでは?」
『それは思ったけど……せっかくアセナ大佐とダグ姉が地上にいるんだから、一木司令に許可を取って帝都部隊に合流してもらえば心強いんじゃないかな、と……』
そう言ってジーク大佐は黙った。
声だけなのだが、どことなく一木は視線を感じた。
どうも、カメラで凝視しているようだ。
「……心強いのは分かるが……状況が状況だからな。ここは安全策を取ろう。二人には宇宙に戻ってもらって……せっかくだから軌道部隊と脱出部隊の指揮を執ってもらえばいいんじゃないかな? 旗艦が無いのもあれだろうし」
一木の言う通り、今の049艦隊には旗艦が無かった。
シャフリヤールが撃沈され、サーレハが脱出し、一木が地上にいるのだから当然と言えば当然だ。
とはいえ、やはり明確に旗頭になる艦がいた方がSA達も士気が上がるだろう。
そう考えたのだ。
だが、ジーク大佐は少し不満そうに小さな声で唸った。
『うー……』
「どうした……問題があるか?」
一木が尋ねると、ジーク大佐は唸るのをすぐに止めた。
『いや、大丈夫。ならダグ姉に軌道部隊を。アセナ大佐に脱出部隊の指揮を任せよう』
なおも不満げなジーク大佐の声に、一木は隣にいた殺大佐に理由を尋ねた。
「ジーク大佐どうしたんだ? ダグラス大佐達が帝都にいると何かいいことがあるのか?」
殺大佐は一木の首筋にある収音マイクに口を近づけて囁いた。
「いや確かに二人は強いし、いればジンライ少佐対策になるが……理由は単純に会いたいからだよ」
「ジーク大佐って二人の事がそんなに?」
一木は何の気は無しに尋ねた。
「アセナ大佐は別として……姉妹の顔を見られるの……最期かもしれないからな。あいつも、不安なんだよ」
そして、殺大佐のいつも通りの口調の返事で、押し黙ってしまった。
アンドロイド達がおぜん立てしてくれて、自分は一番安全な後方にいるのですっかり安心しきっていると言う事実を直視したからだ。
そう。
自分も、仲間たちも。
今から、死ぬかもしれないのだ。
「そうだな……そうだよな。すまなかった、つまらない事を聞いたな」
殺大佐に礼を言うと、一木はジーク大佐に作戦について二、三質問をした。
だが、決してダグラス大佐達を帝都に呼ぼうとは言わなかった。
今はそう言った配慮より、目的のために邁進することが一番だと判断したからだ。
そうしてこれからの行動を詰めている最中、イセクト中佐から通信が入った。
『こちらイセクト戦闘団。降下予定ポイントまであと15。降下指揮を求む、送れ』
一木達は急ぎ降下時の指揮を行うべく準備に入った。
この降下時の状況把握と周辺状況、そして部隊の展開速度などによって一木が戦闘団の進撃進路や攻撃目標を指示するのだ。責任重大と言えた。
効果から撤収まで、全てをイセクト中佐に丸投げすることも無論出来るのだが、感情制御型アンドロイドの特性上、ある程度具体的な指示と「指揮下にある」という意識づけを行った方がモチベーションが高くなる、と言うのが異世界派遣軍における将官教育だった。
だからこ、イセクト中佐も降下時だけ指揮を求めたのだ。
しかし、この通信こそが……後の世に「ダーガ草原の虐殺」と呼ばれ、ワーヒド星域会戦と呼ばれる戦いの第二幕となるルーリアト地上戦のきっかけになるのだった。
降下開始まで、あと十五分……。
次回更新予定は10月29日の予定です。




