第21話―1 風の騎士
地球でも事態が動き始めた頃、宿営地では慌ただしさがピークを迎えていた。
シャフリヤールが沈み、主力艦隊がワーヒド軌道に撤退してくるのだ。
その後の動きに関しては大まかな方向性だけは決まっていたが、サーレハ司令から一木へと急遽指揮権が移譲された関係上、細かな計画の策定自体は後回しになっていた。
そのため、一木達はシャフリヤールとミユキ大佐の喪失を嘆く暇もなく、撤退計画の策定をルニ子爵領領民の収容準備、イセクト戦闘団の指揮、宿営地から帝都への移動準備と並行して行うという過密スケジュールをこなす必要があったのだ。
これはいくら演算能力に優れたアンドロイド達と言えども厳しい物があった。
とくにマンパワーの必要な領民の収容と移動準備を主力をイセクト戦闘団と帝都に取られている状態で行う事が困難を極めた。
領民の収容と一言に言っても、何分家財道具や財産を捨てさせてから揚陸艦に載せなくてはならないのだ。
いくら皇女と子爵が言っているからと言って、はいそうですかと納得できるわけも無い。
当然ながら、それならば自分は残ると言って聞かない者達が続出した。
通常こういった場合は地球での過去の立ち退き問題からの教訓を踏まえ、時間をかけた慎重な交渉説得を行うのが常なのだが、何分この非常事態だ。
家に火をかけてでも連れ出せ、という表現を地で行く過激な方法で抵抗する領民を文字通り縛り付けて連行することになった。
この辺り、後々問題となる事を危惧する者も連邦、子爵領側双方にいたのだが、下手に残留者を出して後で虐殺や拷問が発覚した方が問題になると、一木が許可を出したのだ。
宿営地からの移動準備の方は、抵抗する者こそいないもののさらに困難を極めた。
部隊の移動自体は完全に機械化された異世界派遣軍の編成上問題ない物の、何分宿営地の放棄作業を並行すると言う点が問題だった。
持っていけないコンピューターや端末類の破棄作業に加え、作りかけの滑走路の破壊、残存する大気圏内用航空機の離陸、組み立て途中の機体や航空関連施設の破壊、離陸した航空機を帝都周辺で整備できるようにするための機材の積み込み……歩兵型が少ないためこれらは困難を極め、事務作業に従事するSLや医療系SL、憲兵まで駆り出される事となった。
この辺り、緊急時用に用意されている反物質爆弾で事が済んだ後に自爆させれば手間いらずなのだが、反物質による対消滅後は放射能によって土地が汚染され、また巨大なクレーターが出来て土地の再利用が困難となるからと一木が許可しなかったのだ。
「甘い」とは皆思ったものの、すっかり馴染んだルニ半島を消し飛ばすのも気が引けるので、結局一木の命令は実行され、手動での宿営地破棄作業が行わることとなった。
こうして宿営地とルニ子爵領全体がバタつく中、師団への命令を一通り終えた一木と参謀たちは司令部へと集まり、今後の事を話し合う事となった。
集まったのは一木、マナ大尉、クラレッタ大佐、殺大佐、シャルル大佐、憲兵連隊隊長のジユル中佐。そして軌道空母で修復作業中のジーク大佐が通信で参加していた。
「領民の揚陸艦への搭乗は予定通り進んでいるよ。保衛部仕込みのやり口は現地人によく効くよ」
ジユル中佐が機嫌よさそうに言った。
製造30年以上と言うベテランで、北朝鮮の国軍出身という異色の経歴のSSだ。
一木としてはあまりいい印象の国ではないが、140年以上前の事を言っても仕方がない。
なにより、その経歴と経験が今生きているのならば、と細かい点は一木はスルーした(家に火を掛けて住民を追い出す経験とは何か……なんで国軍のアンドロイドが異世界派遣軍にいるのか、など聞きたいことは山ほどあったが、この状況では憚られた)。
「……よし。憲兵隊は引き続き領民の収容と揚陸艦の出航準備にかかってくれ。終わったら宿営地の作業に合流だ」
「了解するよ。じゃ、私仕事あるから失礼するよ。見つかるとまずい物と者、色々まだあるからね」
そう言って軽く敬礼すると、ジユル中佐は司令部を後にした。
「よし。これで作業指示はひと段落だ。ジーク、もう大丈夫なのか?」
一木が尋ねると、司令部のメインモニターの一画に黒い枠が現れた。
通常ならば通信相手の映像などが表示されるのだが、枠内も真っ黒なままだ。
しばらく待っていると、sound only という文字が表示される。
『やあ一木司令。僕なら大丈夫だよ。仮のいいボディがあったから、今そっちにコアユニットを搭載している所なのさ。気分は上々だよ♪』
どことなく弾んだ声でジーク大佐は答えた。
その言い方に、クラレッタ大佐たちは何か思う所があるのか怪訝な表情を浮かべたが、何も言わなかった。
言っても無駄だと思ったのか、この状況で時間を無駄にするべきではないと思ったのかは、定かではない。
「それならよかった。コアユニットにヒビが入ってた時はどうなる事かと……もう、これ以上君たちがいなくなるのは……嫌だよ」
一木が酷く疲れ切った言葉を、絞り出した。
その場にいるアンドロイド達は、少し頬を赤くながら、それでいて悲しそうな表情を浮かべた。
「それで……ジーク大佐。撤退に関する作戦案があるんだって?」
『あ、ああ。コアユニットの応急処置やらで僕自身は手隙だったからね。作戦参謀の仕事をしなくちゃ、てね。シャルルの退屈な作戦じゃあやっぱり駄目さ』
一木の背後から激しいブーイングが聞こえてきたが、それは無視した。
「正直助かる。この後イセクト戦闘団の降下作業の指揮があるのに、まだ何の作戦案も無かったから……本当に助かる」
おまけに、当然ながら一木は宇宙艦隊の指揮経験など無い。
本職の作戦参謀抜きで撤退案を策定となると、かなり厳しかったのだ。
「じゃあ、説明しよう。僕のルーリアト転身作戦……オペレーション・ラストダンスを!」
「ちょっと待った」
自信満々のジーク大佐に、一木の食い気味のダメ出しが入った。
「え、何?」
「作戦名……ラストってなんか、縁起が悪い。変えよう」
固い意思を感じさせる、はっきりとした物言いだった。
実のところ、一木としても確固たる理由があったわけでは無い。
ジーク大佐が……恐らく一木も知っている(この時代としては)かなりレトロなシューティングゲームから作戦名を付けた事も察しがついた。
しかし、日本人特有の感覚とでもいうか、こういうときにやはり、源を担ぎたいのだ。
「えー、Rタイプ……まあ、いいさ。それで、一木には案があるの?」
少し不貞腐れた声のジーク大佐に少しドギマギしながら、一木は頭を巡らせた、
半ば反射的に言ってしまっただけに、腹案があるわけでも無い。
とはいえ、作戦名に時間をかける余裕などない。すぐに決めなければ。
「ラスト……じゃあれだからニュー……いや、ネクスト……ダンス……違うな………………うん。オペレーション・ネクストステージ……これでいこう」
なんとなくの思い付きだったが、モノアイで見回すと特に反論も悪い反応もないようだった。
『ネクストステージ……まあ、確かに次が……未来がある感じだね。じゃあ、それでいこうか』
ジーク大佐も納得したようで、一木は思わずうれしくなってモノアイをくるりと一回転させた。
ただ、背後で。
「中身も聞かずに……」
「作戦名で盛り上がっちゃって……」
「弘和くん……」
多少非難がましい呟きが聞こえたが、またもや一木は無視した。
次回更新予定は10月25日の予定です。




