第20話―6 戒厳令
動画の奥側から、人影が一つ大統領の元にやってきた。地球の人々が見慣れた陸軍や連邦構成国の地方軍の制服ではない。
黒色とベレー帽が特徴的な異世界派遣軍のSS。第011艦隊傘下の師団に所属する大隊参謀だ。
少し地味だが整った顔立ちの黒人女性型で、最近流行の防御力重視タイプお馴染みの豊満な体つきをしていた。
異世界派遣軍ではよく見られるタイプだが、性的なものに色々とうるさい地球ではほとんど見られないタイプだ。
そのSSは記者たちの方をチラリと流し見た後、楊大統領に敬礼した後近づき、何事か耳打ちした。
楊大統領はそれを聞くと頷き、背後を振り向いて他の三人と顔を見合わせて頷きあった。
『さてみなさん。という訳で……我々はなんとしても勝利を掴まなければなりません。それは先ほどまで語った通りです。ですので、やれることをすべてやる事に、我々は決めました。幸い今の政府にはナンバー2からもらった非常事態宣言”No00”がありますので、全ての権限があります』
この段階で多くの……その大半が野党支持者や反アンドロイド主義、または親火星派の人々、は強烈に嫌な感覚を本能的に覚えた。
それは反対する者としてのある種の本能のなせる業か……もしくは全ての人間が高等教育を受けられるこの時代ならではの、歴史上繰り返されてきた光景に対するある種のデジャヴか……。
だが、今感じた所で遅かった。
『つい先ほど、準備が整いましたので言ってしまいましょう。今現在を以って地球全土に戒厳令を布告いたします。また、現在地球軌道艦隊及び宇宙軍主力は火星艦隊迎撃に出撃しているため、戒厳令下の治安維持及び地球防衛には異世界派遣軍の第001から第013の機動艦隊13個及びその指揮下の91個師団を用います。よって通常の指揮命令系統は戒厳令下の地球絶対防衛圏内の防衛行動には用いず、異世界派遣軍本部がその任に当たります』
大統領の言葉は人々に衝撃をもたらした。
異世界派遣軍はエデン星系の向こう側がその任地であり、決して地球周辺……とくに月の周回軌道内に設定された地球絶対防衛圏内には立ち入らないと言うのが、関係法令にも記された絶対的な規則だったのだ。
それをあっさりと破ったばかりか、異世界派遣軍本部にその指揮を委ねると言うのは、あまりにも異常だった。
そんな疑念を知ってか知らずか、楊大統領は説明を続けた。
『異世界派遣軍を防衛圏内部で活動させ、さらに国防総省内の通常の司令部を用いず異世界派遣軍本部に指揮権を委ねる事に異論があるかと思いますが……これは内通者による妨害行動を予防するためです』
始まった。
この瞬間、地球の人々は悟った。
ナンバーズによる大粛清は確かに行われなかった。
だが……。
『ナンバー2が語った通り、我々はあまりにも未来へ進もうとしませんでした。しかしそれは本当に人類の総意でしたでしょうか? ごくごく一部の反ナンバーズ集団が各所……主に野党や反政府官僚として暗躍し、あまつさえ火星をその旗頭として持ち出し、支援した事がその原因であった事は明らかです』
すでに大半の地球市民は楊大統領の言葉を聞いてはいなかった。
それどころでは無かったからだ。
夜空を埋め尽くす異世界派遣軍の航宙艦の群れと、低空飛行するそれら艦艇の発する轟音によって動画を見聞きする事など出来なかったからだ。
しかも通常の護衛艦、駆逐艦、軽巡洋艦だけではない。
異世界では宇宙に戻る際マスドライバーが必要になるからと大気圏内に降下しない重巡洋艦までが降下して、威圧するように低空から砲塔や銃座を地上に向けている。
誰も聞いていない動画内で、尚も楊大統領は語り続ける。
『我々はだからこそ、今回の事態を招く前に改革を行い、地球人類を停滞から救いたかったのですが……残念ながらナンバー2の寛容が続きませんでした。ですが何事も遅すぎると言う事はありません。いい機会ですので、権限がある現在の状況を用いて、地球連邦政府の大改革を行おうと思います』
空を埋め尽くす大艦隊に人々が目を奪われる一方で、強襲揚陸艦や艦艇から発艦したヘリや航空機から大都市周辺に向けて地上部隊が展開し始めていた。
彼女たちは随所で警察や地元の軍ともめつつも大都市を中心に要所を制圧。
外出禁止令を発令して都市封鎖を始めた。
「さて、君たちには別の任務についてもらう」
楊大統領の話を誰も聞かなくなったころ、デービッキ司令は唐突に告げた。
ポカンとしている前潟代将達の携帯端末に、デービッキ司令はとあるデータを送付した。
四人は疑問を浮かべつつ端末を操作し、そのデータを見た。
「なんだこれ……人名?」
「住所も載ってますね。職業……官僚、政治家、企業経営者……あっ」
津志田代将が声を上げる。
何事かと思い彼女の端末を覗き込んだ他の面々も、思わず息を呑んだ。
その人名リストの中に、見覚えのある苗字の人物も載っていたからだ。
前潟 一郎 職業 地球連邦上院議員
「前潟代将には気の毒だが、それは逮捕者の一覧だ。君たち四人と指揮下の師団の任務は先発した先行師団制圧下の地球において、そのリストの人物を捕縛する事だ……が、前潟代将どうする? 今ならまだ拒否しても構わないが……」
「いや、そもそもなんで親父さんを逮捕する任務に前潟を……」
「彼女のためになるからだよ」
上田代将が激昂するが、デービッキ司令は事も無げに言った。
その言葉に上田代将は押し黙ってしまう。
「大統領の言った通り、これからの地球において反ナンバーズ主義者の居場所はなくなる……残念ながらその身内もね。だが、率先してその捕縛に赴いたのならば……というわけだが、どうする代将?」
デービッキ司令の問いに対し、前潟代将の返事は素早かった。
かかとを鳴らし一歩前に出ると、ピシリと敬礼をしてみせる。
「やります……やらせてください司令!」
「前潟はん……」
王が心配げに名前を呼ぶが、前潟代将は反応しなかった。
無理をしているのか、本心なのか。
それは彼女にしか分からない。
「こんな日が来るのを待っていました。私の第73師団の配置はぜひ、前潟一郎の潜伏場所の日本にしてください!」
デービッキ司令は頷き、第73空挺師団は一路日本を中心とする東アジア地域へと向かう事となった。
「……しかしよぉ……一木さん大丈夫なのかよ?」
自分たちの師団と合流するためランスロットの格納庫に向かう中、上田代将が呟いた。
それには全員が同意だった。
大統領が言及した最前線にいるのだ。
その上、デグチャレフ大佐から得た情報によれば旗艦のシャフリヤールが撃沈され、艦隊参謀が二名破壊されるなどすでに大きな損害を受けていると言う。
「宇宙艦隊がダメージを受けた上に奇習で参謀型がやられるとなると……脱出するのも並大抵やあらへんやろ……」
王代将がため息をついた。状況は絶望的と言えた。
「でも僕たちに何が出来るのさ? 任務を放り出してワーヒド星系に行ったとしても……あそこ遠いよ?」
津志田代将の言う通り、ワーヒド星系は最果ての異世界だ。
地球から向かってどうにかる場所ではない。
「……一応、手は打ったわ」
そんな重苦しい空気をかき消したのは前潟代将だった。
他の三人が驚きを浮かべる。
「手……って、何をしたんですかお姉さま?」
「……私、打撃艦隊司令候補生試験に合格したじゃない?」
「あ、ああ」
実は前潟代将は第013艦隊に配属された直後、打撃艦隊の司令官を育成する候補生枠に応募し、試験に合格していたのだ。
そのため、ここしばらくは師団長業務に加え打撃艦隊司令としての事前教育プログラムにも参加し、多忙な生活を送っていた。
「その伝手を使って、どうにかワーヒド星系に支援を送れないかあちこち掛け合ってみたのよ……」
「打撃艦隊……近くに手隙の艦隊がいたのか?」
上田代将が嬉しそうに言ったが、前潟代将の表情は険しかった。
「手隙の打撃艦隊なんて都合のいいものは無かったわ。けれども……一発逆転とはいかなくても、戦力になりそうな部隊は近くにいたわ。後は現地指揮官がどう判断するか、ね」
四人は無言で顔を見合わせた。
今すぐにでも師団を輸送艦に載せてワーヒド星系に向かいたい気持ちは全員同じだったが、他軍から馬鹿にされる即席育成の将官とは言え自分たちは軍人なのだ。
任務を放棄するわけにはいかない。
「前潟はん……一木はんを信じて、今はワイらのやれることを精一杯やろうや」
「そうですよお姉さま。それにあの人、前だって敵のサイボーグぶっ殺してますから、案外敵を撃滅して普通に帰ってきますって」
「……うん……」
王代将と津志田代将の励ましに、前潟代将は一筋の涙を流した。
一方、上田代将は自分なりのやり方で、前潟代将を励ますことにした。
「いやいや……泣くなよ前潟……お前が泣いたらちょっと気持ち悪いよ……自分のクールの皮を被ったショタコンっていうキャラをもう少し理解してリアクションしろよ」
「…………………………しね」
上田代将の策は功を奏し、多少いつもの調子を取り戻した前潟代将の膝蹴りが彼のみぞおちに叩き込まれた。
今回で第20話 戒厳令 は終わりです。
次回 第21話 風の騎士 お楽しみに。
更新予定は10月21日の予定です。
追伸
しかし……気が付いたら最終章だけで一年以上も書いているとは……。
もう少し描写控えめにしてテンポよく進めた方がいいでしょうか?
現状頭の中のストーリーをガムシャラに形にして進める事を優先にしており、あまり構成に時間をかけていません。
その辺りご意見やご感想あればお気軽にどうぞ(ちょっと本業等でメンタルが弱っているのでお手柔らかに……)。




