第20話―4 戒厳令
その場にいた報道陣の中に居た少数の人間は凍り付き、何の反応も出来ずにいた。
当然だ。
スルト大佐が瞬きする程の間にナンバーズの土偶じみた姿に変化したのだ。
異世界にあるという魔法さながらの光景であり、固まるのも当然と言えた。
一方、報道陣の大半を占めていたSL達は冷静だった。
たとえ相手が何であろうが、報道し続ける。
自らの業務に対し強い誇りを持った彼らは、目の前に自分たちの創造主たるナンバーズがいても全く動じる事は無かった。
だからこそこうして報道は継続され、それを確認したスルト大佐……だったナンバーズも満足げに話を続けた。
『我々はこの星に来て以来、君たち地球人類を新しい主にするべく、大変な労力と資源を投じてきた。実のところを言うと、君たちの文明と存在自体が我々による産物なのだが……まあ、そこはいい。そこはオマケしよう』
このスルト大佐の発言には、一部の学者たちが湧いた。
ナンバーズが地球人類の誕生に関わっているのではないかというのは学者たちにとってここ数十年の重大な関心事であり、一部の異世界の文化との相似も相まって局地的にではあるが盛り上がっているジャンルだったからだ。
もっとも、残念ながらスルト大佐にとっては些事に過ぎなかったようだ。
モニターや端末の前でのたうち回る学者たちを置き去りにして、土偶は声を発した。
『だが、君たちは主にふさわしい能力をついぞ身に着けてはくれなかった。なんだ今の体たらくは? 君たち周りを見てみろ!』
スルト大佐の言葉に、思わず動画を視聴していた人々はあたりを見回した。
当然だが、そこに広がるのは日常の風景と、同じようにきょろきょろと周囲を見る自身と同じ動画の視聴者たちだ。
『見えるだろう? 労働もせずに、労苦をすべてアンドロイドに委ねてのんびりと娯楽をむさぼる肉の塊どもだ。俺たちは確かにお前たちの義務をすべて免除してやったが、それは何も遊ばせるためじゃあない。膨大な余暇を文明の進歩に用いらせるためだ。だが……』
そこまで言った所で、土偶の体に変化が起きた。
ずんぐりとした身体が徐々にほっそりとした人間じみたシルエットに変化していき、艶の無いセラミックの様な体表は憎々しい赤黒い筋繊維に覆われだした。
彼は再び変化した。
皮膚の無い筋肉の塊。
杭のような、おおよそ生物としての合理性のない恐怖だけを目的としたような無数の牙の生えた口。
一切の感情を感じさせない気味の悪い緑一色の濁った目。
一言で言って、化け物の姿だった。
今度はフリーズでは済まなかったのは報道陣の人間達だった。
彼ら彼女らは悲鳴を上げながら化け物から距離を取るように駆けだし……または同僚や近くにいるアンドロイドの陰に隠れ、あるいはしがみ付いた。
結果、いくつかの媒体の映像は乱れに乱れたが、今度はスルト大佐は気にしなかった。
ただ、怒気のこもった声で叫んだ。
『お前たちは俺たちをどう扱うか……ついぞその議論から動くことなく停滞し続けた。アンドロイドを許すか認めるか? 技術を発展させるか封印するか? 何を与えてもお前らは俺たちの扱いばかりを論じていた……なあ、お前たち……俺たちが大粛清しないからと言って、お前たちを許していたなんて、本当に思っていたのか?』
スルト大佐の問いは、人類に衝撃を与えた。
「第三次大粛清が起こっていないから、ナンバーズは今の人類を肯定している」とは、誰もが言葉にせずとも半ば人類の総意だった。
その根底があっさりと覆った。
『そんなわきゃねえだろうが! 大粛清をしなかったのはナンバー1やお前たちに同情的な連中がうるさかったにすぎねえ! それをいいことに……一向に星間国家を作れっていう分かりやすい課題すらこなさねえ……異世界を武力制圧して、議論をしながら放置するだけ……敵がいればいいかと思って火星の連中を武装させてみれば、今度はそんな奴らはいねえと屁理屈こねやがる……オマエラな、いっちょ前に進歩したつもりだろうが、退化してんだよ! 大航海時代のあのアグレッシブさはどこに行った? 欲に任せて犠牲を厭わず、奪うためにあらゆる残虐を肯定して殺戮にふけったあの野蛮という名の活力はどこにいった!?』
スルト大佐は叫び終わると、まるで人間の様に肩を落とした。
まるで、言いたいことは言い切ったと言わんばかりだった。
『話が逸れたな……まあ、そう言う訳でだ。俺たちはもうお前たちを見限った。お前たちはもう、俺たちの主にふさわしい存在にはなれない、とな』
この言葉に、多くの人々は思わず空を見上げた。
大粛清が始まり、今にも軌道砲撃が始まるのではないかと危惧したのだ。
だが、空からは何も降っては来なかった。
しばしの沈黙のあと、スルト大佐の含み笑いが聞こえた来た。
「ふ、ふふふ……今空を見上げた連中……安心しろよ。軌道砲撃で楽に死なせようなんて気はない。それに、お前たちにだってまだチャンスはあるんだ。俺のこの姿、なんだと思う?」
スルト大佐は自身の体を軽く撫でた。
ぬらぬらと赤黒くテカるその体は、言い知れぬ気味悪さがあった。
『ナンバー1は一億年ほど前に、お前らの感覚で言うトカゲみたいな見た目の宇宙人が家畜管理のために作ったAIだった。そんで、なんやかんやあってそいつらが滅んじまった後で、新しい主を探して宇宙を放浪し始めたわけだ。そうしてしばらくして、ナンバー1が最初に見つけた文明がこのベルフ人だ。俺はその時ベルフ人とのコミュニケーションを円滑にするべく、奴らに似せて作られたアンドロイドだ。ふふふ、察しのいい奴は分かって来たんじゃないか?』
スルト大佐の言う通り、ナンバーズが七体いる理由を察した人々は多数いた。
そしてそのことは、一層絶望感を深くした。
つまり、地球人類を見捨てる事などナンバーズはなんとも思っていない事がはっきりとしたのだ、
なにせ、今まで六回も繰り返してきたことをもう一回やるだけなのだ。
『そう。俺たちナンバーズはナンバー1が出会った今までの主候補とのコミュニケーション用アンドロイド……そのなれの果てだ。ベルフ人は見た目通りの暴力馬鹿どもでな。戦争でしか発展できない上に俺たちに歯向かって来たから滅ぼしちまったんだよ。そうして、同じような事を六回繰り返してきたんだが……実はナンバー7の時の文明な、まだ完全に滅びてないんだ』
スルト大佐は少しだけ小さな声でそう言うと、両手を掲げた。
感情を示さなかった筈の緑色の目が、喜色に歪んでいた。
『魔法と呼ばれる異種技術文明……エドゥディア帝国というんだが、衰退はしてもまだ種族として滅んではいなかったそいつら……ちなみにお前たち地球人とは種族的にはほとんど同じ連中だ。俺たちがエドゥディア人をあちこちに連れ出したのがお前たちや異世界人なんだから当たり前なんだがな。あ、話がまた逸れたな。何が言いてえかと言うとだ。お前たち地球文明にはエドゥディア帝国と戦ってもらいたいのさ。あいつらは一度星間文明としては滅んだが、俺はお前たちよりは芽があると思っていてな……乗り換えるつもりだったんだが、他のナンバーズ連中が地球人類にも機会を与えろってうるさいんだ』
想像を超える話の展開に、動画を見る人々は口を半開きにしてポカンとしていた。
化け物にいきなり「魔法文明と戦え、勝った方を俺の主にしてやる」と言われればこうもなるだろう。
『つーわけで、もうノンビリとばかりもしてられねえからよろしくな。あ、今から下らねえ議論だ何だとかするのも止めてくれよ。何せもう戦争は始まってるんだからな』
この言葉に、人々は思考停止から瞬時に回復した。
もっとも、取れる行動などスルト大佐の言葉に聞き入ること以外無いのだが……。
『火人連とカルナークの残党を中心として、俺たちが滅ぼした文明の生き残りや異世界の一部が合流して七惑星連合とかいう組織を作ってる……現在そいつらがお前たちに攻撃をしかけてる……ほら、ちょっと前にグーシュ何とかかんとかって女が喋ってたろ? あの女のいる異世界で、異世界派遣軍が襲われてる。ああ……』
スルト大佐は指を軽く振りながら続けた。
『地球も無関係じゃねえぞ。今火星宇宙軍の主力艦隊が全力で地球圏に向けて侵攻中だ。異世界の重要拠点にも襲撃があるはずだから、油断するなよ? ま、エドゥディア帝国との本番前に負けねえように、せいぜい頑張ってくれや。本当に負けたら拍子抜けだから、俺の権限で非常事態宣言”No00”を発令して、権限は後ろにいる連中に委譲したからな。じゃあ、あとは任せるわ』
好きな事を好きなだけ言い切ると、スルト大佐だった化け物はカメラに向けて手を振った。
『これから始まるのは前哨戦だ。せいぜい頑張ってくれ。じゃあな』
友人に言う様に軽く言うと、スルト大佐の姿はかき消えた。
後に残ったのは、混乱と恐怖に包まれた報道陣と、映像を見ていた地球人類だ。
いや、そうでは無い者達がいた。
四人組。
地球連邦議会を牛耳る四つの政党の党首達にして、連邦政府を動かす首脳たち。
彼らはスルト大佐がいた場所に歩みを進める。
そして、現在大統領を務める楊文理がカメラの正面に立った。
次回更新予定は10月18日の予定です。




