第20話―1 戒厳令
シャフリヤールとミユキ大佐の喪失は地球連邦軍全体へと即座に共有された。
ルーリアトの宿営地ではクラレッタ大佐たちが悲嘆に暮れ、一木は思わず膝を付いた。
だが、彼らには悲しみに暮れる程の余裕は無かった。
後数十分もすればイセクト戦闘団を搭載した強襲揚陸艦三隻が北方攻撃の起点となるダーガ草原上空へと到着するのだ。
そうなれば戦闘指揮を行わなければならないし、その上彼らは宿営地から帝都への移動とルニ子爵領の領民の避難も行わなければならなかった。
対する七惑星連合の方も敵旗艦撃沈を以って即座に反撃……とはいかなかった。
艦隊の主力は戦列艦の攻撃と重巡洋艦部隊の突撃によって大打撃を受けており、大掛かりな再編成を行わなければ戦力として稼働することは困難だった。
月方面に回り月面施設とゲートの確保に向かった別動隊も、艦影が無いと油断したところをポリーナ大佐に襲撃を受けた事により壊乱。
最新鋭の標準艦12隻を失い月軌道の小惑星帯から一時撤退していた。
主力艦隊がこの状態な上、旗艦ハストゥールとアウリン隊も混乱状態にあった。
アウリン隊はハストゥールの危機に際してそれまでの行程を引き返し、異世界派遣軍艦隊の襲撃を行うには微妙な位置へと移動してしまっていた。
ハストゥール自体も拘束外装を解除したことにより、航宙艦としての機能を失いトカゲの様な不気味な肉塊になり果てていた。
「駄目です、センサー類含む全外装が肉塊に包まれました!」
「生体眼球との接続は? どうにか外部状況を見れませんか?」
その肉塊の中ではクク艦長を始めとする乗員たちが決死の思いで復旧作業に勤しんでいた。
しかし、状況は芳しくない。
シャフリヤールを捕食した際に大量の反物質を取り込んだことで、肉艦の生命活動がさらに活性化していたのだ。
余談ではあるが、この『肉艦の生体部分は反物質を栄養源にする』と言う情報はベルフ人も知らない画期的な情報だった。
この情報は後に改ハストゥール級の建造という七惑星連合宇宙軍栄光の始まりと、そして暴走による人類社会への大きな損失へとつながる事となる……。
「無理です! 無理に接続すれば精神介入されて発狂してしまいます……」
クク艦長からの問いに、アイオイ人観測員の一人が弱弱しく答えた。
活性した肉艦の生命力は生体眼球と接続していたアイオイ人すら汚染する程だった。
クク艦長は確かに賭けに勝った。
シャフリヤールという強敵を確かに葬ったのだから。
しかし、その対価に肉艦の体内に取り込まれると言う最悪の代償を払う事となったのだ。
だが、彼らは七惑星連合だ。
種族も技術も違う、七つの文明の連合体。
科学技術で解決できない難問に対しても、対抗可能な技があった。
「クク艦長……やはりこれしかありません……」
厳かな声が艦橋に響き渡る。
クク艦長の後ろに立っていたニュウ神官長だ。
彼女は風の杖を頭上で数回振り回すと、詠唱を始めた。
その詠唱は長く、そして風の杖から膨大なエネルギーが込められていた。
「ニュウさん!? そんなにエネルギーを使用しては騎士長への援護が……」
それを見たクク艦長が慌てたように制止するが、ニュウ神官長の詠唱は止まらなかった。
「さきほどククさんもおっしゃったではないですか。ここで我々が散っては使い手のいない剣も同然です」
そう言い切ると同時に、ニュウ神官長は杖の柄を床へと力強く叩きつけた。
硬い音とともに、球形の魔法陣がニュウの全身を包み込む。
「偉大なる肉の蜥蜴よ、安らかに……強大なる魔よ、彼の者に眠りを!」
唱えられた呪文の効果は見た目には分からないものだった。
ただ、詠唱が終わると同時に魔法陣が急速に拡大していき、艦橋を飛び越え艦内を飛び越え、そしてハストゥールの肉塊全体を覆うほどに巨大になり、そして雪が舞う様に光の粒となって消えていった。
それと同時に、シャフリヤールを食べきり触手を到着したアウリン隊にまで向けようとしていたハストゥールの動きがだんだんと鈍くなり、やがて制止した。
さらに止まったハストゥールはゆっくりとだが縮んでいく。
蜥蜴の様な形はだんだんと航宙艦の流線形に近い形状になり、まるで貝が殻に籠るように拘束外装である銀色の船体へと収まっていく。
「ハストゥールの本体沈黙! 急速に拘束外装へと収まっていきます……」
オペレーターが感極まった様子で叫ぶと、艦橋中で歓声が巻き起こった。
クク艦長もほっと胸を撫で下ろしたが、そんな彼女の肩に軍師長が手を置いた。
そう、まだ終わってはいないのだ。
「艦の機能を急ぎ復旧させます! 主力艦隊に合流を打電! こちらに向かわせてください。別動隊とも連絡を取って状況の確認急いで。 アウリン隊は周辺警戒をさせて……さあ、主力艦隊が来るまでに航行可能にしますよ!」
「「「了解!!!」」」
クク艦長の命令に皆が生き生きと答えた。
誰もが異世界派遣軍に一息吹かせ、そして捨て身の作戦から生還した高揚感に包まれていた。
しかし、クク艦長と軍師長。そしてニュウ神官長にはその高揚感は無かった。
ここからが本番であると、痛いほど実感していたからだ。
だからこそ、クク艦長は小声で軍師長に命じた。
勝利のための、再びの賭けを。
「……軍師長は降下部隊の準備にかかってください……それとは別に……アウリン隊で一番本艦から遠い部隊に…………という命令を」
クク艦長の言葉に、軍師長は驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべた。
「アウリン達にここまで残酷な事を命じるのか」という驚愕。
そして「そのような残酷さ」を許容できるクク艦長の成長への喜び。
それらが入り混じった複雑な表情だった。
「了解しました、我が代表」
軍師長の静かな、しかし誇らしげな返答の数分後。
ハストゥールに向かって引き返していたアウリン隊の内、最も惑星ワーヒドに近い位置にいたアウリン1率いる第一中隊十機が進路を変更。
撤退する異世界派遣軍艦隊を迂回する軌道を取り、一路惑星ワーヒドへと向かった。
次回更新予定は10月2日の予定です。




